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スーマンはイノセンスを裏切った


死ぬのが怖くなって

戦場から

逃げ出してしまったんだ




どくん、と胸を突き上げられたような感覚にアレンは目を見開いた。


(この感じ………!!)


彼の体内にいてもわかる、いや、彼の体内だからこそわかる、空気が震えるような感覚にアレンは周りを見渡した。


(またあのエネルギー波でアクマを破壊したんだ!!)


途端、背景が切り替わったように耳を裂くような叫び声がそこ等に響き渡り、亡霊のような顔、顔、顔がアレンの周りに浮かび出た。泣き叫ぶようなこの声は苦しんでいるようにも聞こえ、悲痛なその声にアレンは気が付いた。これは、彼の、…スーマンの悲鳴…?


「スーマンが悲鳴をあげてるのか…!?」


その亡霊のような顔がある分だけ、低い男性の悲鳴が泣き叫ぶように響き渡る。スーマンが苦しんでいるのだ。この巨大なエネルギー波にスーマンが苦しんでいる。なぜだ。確かにあのエネルギー波は尋常ではない。そして無尽蔵に出せるものでもない。なのになぜあんなに乱射できるのか、なぜスーマンは苦しんでいるのか。


(まさか…、イノセンスが彼の命を蝕んで撃ち出してるとでもいうのか!?)


彼の命を代価にしてあのエネルギー波を撃ち出しているとすれば、撃ち出す方は簡単だ。彼の命が尽きるまで乱発でもなんでもできる。だけどその媒介は?そしてスーマンは?スーマンを代価にしてあれを撃ち出しているのならば、スーマンの命は、


「わからない…」


アレンの頭にリナリーの泣き顔が過ぎる。咎落ちの実験をさせられた子供がその後どうなったか知らないと泣いていたリナリー。


「イノセンスは…?」


そうだ、彼のイノセンスはどうしているのだ。自分と同じ寄生型のイノセンス。自分の肉体の一部となって一緒に戦ってきた大切な…、


「っ!」


どくん、とアレンの心臓が跳ねた。

いや、まさか、そんな、

アレンの心臓が嫌な鼓動で打ち続ける。

だけどそうだとすれば全部辻褄が合う。なぜスーマンがいきなり咎落ちになったのか、エネルギー波を出している媒介、スーマンの命を吸い取れるほどの、存在。でもまさか。しかしそれしか考えられない。咎落ちも、エネルギー波も、スーマンの命も全部…、


イノセンスが…?


イノセンスが彼を殺そうとしている!?


───罪人を裁く


────神のように。



「そんなこと、やめろ…。」



ぶるりとアレンの左手が震えた。いや、自分の左手がただ震えたのか、イノセンスが震えたのか、それとも自分の感情が震えたのかわからなかったが、アレンの左手は手の甲に刻み込まれた十字架に光を集束させ、アレンの叫びに応えようとしている。


「やめるんだイノセンス…!!」


この空間はスーマンの感情だ。スーマンの有りの儘の感情がある空間。そしてこの空間を造り出し、具現化させたのはスーマンのイノセンス。喜怒哀楽全てをここに詰めて、スーマンを苦しめさせる程スーマンの近くにいて、一部だったものなのに。供に生きていたのに。仲間、なのに。


「仲間を…っ」


込み上がる感情をイノセンスの力として左手に集束させて、アレンはこの空間を破壊しようと足元に手を、イノセンスを突き付けた。


「殺すなぁあああぁあ──っ!!」


アレンの叫びにイノセンスが大きく脈打った瞬間、空間がまるで窓を割ったかのように飛び散り、暗かった視界に目が眩む程の光が飛び込む。手を翳して光を遮ると、その先に、光の中に腕が見えた。まるで鎧を着たような右腕だった。しかし、鎧というにはどこか生物的で、手の甲あたりには通風孔のようなものがある。あれは…、


(スーマンのイノセンス…!?)


そうその物体を認識した刹那、体が強くどこかに引っ張られた。逆らおうとしてもその前に体が何かを突き破り、体が軽くなった。耳にひゅうひゅうと風の音が聞こえてアレンは目を開けた。目の前には青白い斑尾模様に半身を覗かせたスーマン。そして外の景色。


(外…!?吐き出されたのか!!)


下へ下へと落ちていく体にアレンは左手のイノセンスを伸ばし、もう一度咎落ちの胸元に掴まった。その心の臓で意識なくぐったりと首を落としているスーマンに呼び掛けた。


「スーマン!!死んじゃダメだ!がんばって!!今そこから出しますから……………」


このままではスーマンは自分のイノセンスに命を喰われながら街を破壊し続ける。左手でぶら下がりながらアレンはスーマンの体に手を置いて引っ張り出そうと力を入れた。


「!?」

「ぎゃぁああ!!」


しかしこちらに引き寄せた瞬間、体に走る、痺れるというよりも突き刺すような電流がアレンとスーマンの体に襲った。咎落ちと繋がっているため痛みが尋常じゃないからか、スーマンは悲鳴と一緒に血をアレンの顔に吐き出した。びちっ、とスーマンの吐血が顔全部にかかり、アレンの銀髪が赤黒く染まる。


「だれだ…」


スーマンの吐血に顔を拭う前に声が聞こえた。


「そこにいるのは、だれだ…」


低い苦しげな声だったが、それは間違いなく血で赤黒くなったスーマンの口から漏れた声だった。歯まで黒く染めたスーマンの口から確かに呼吸がひゅうひゅうと聞こえてアレンは口を緩めた。


「スーマン…………!!」


彼の意識が戻った!あんなに呼び掛けても返ってこなかった返事が…、


「呪われろ…」


暗闇という名の沼に体を埋めるようにして返ってきた。


「呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ」


何を言われたか、


「神も使徒も何もかも呪われてしまえ…!!」


理解できない程の禍言、


「すべて…」


まるで


「壊 れ て し ま え」









堕天使の呪詛のよう。


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