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真っ白な壁で出来た部屋でナマエは目を覚ました。
爽やかな風がナマエの髪をさらさらと撫でて知らないベッドから起きてすぐに窓に目を向けた。外を見ても同じように真っ白な壁で出来た家が建ち並び、真っ青な空に飛び込みたくなる程美しい海が見える。
(ここは…、)
起き抜けの割りにはやけにすっきりした頭をフル回転させナマエは首を傾げる。ここはどこだ。私は確かに自室のベッドに寝てたはずなのに。夢、なのだろうか。
「ザオシャンハオ、ナマエ。」
「!?」
空に飛ぶ白い鳥を見送った時、後ろから掛けられた声にナマエは太ももに隠し付けているイノセンスに手をかけた。しかしその手は掴むはずのイノセンスをするりと滑ってイノセンスの存在がないことに気付かせる。イノセンスが、ない!しかも今自分が着ている服は団服ではなく、壁と同色の真っ白なワンピース。
「リナリーには黒のドレスが似合ってたけど、ナマエは白がよく似合うね。」
「お前は…、」
武器も何もない無防備な状態でナマエは掛けられた声に振り返った。
濃いアメジストをそのまま入れたかのような大きな瞳にツンツンと大きく跳ねた髪。小柄な少女が、ナマエと同じようなワンピースを着て目の前に立っていた。くすくすと笑う声には聞き覚えがある。それに先程の中国語。
「ロード…。」
そう名前を言えばロードは嬉しそうにアメジストを細めた。
「安心して、ナマエ。今日は何もしない。直接会って話がしたかっただけなんだ。」
…なら次会った時は何かされるのだろうか、とナマエは警戒しながらロードを見下ろした。アレンとリナリーからロードというノアは小柄な少女だと聞いていたが、まさかこんな子供だとは思わなかった。ロードは警戒するナマエの脇をするりと抜けて先程までナマエが寝ていたベッドに腰を下ろした。ぶらぶらと足を遊ばせる姿は、普通の子供だ。
「座って、ナマエ。」
「ここはどこなの…。」
とベッドを叩き隣に座ることを促したロードに首を振ってナマエはロードを睨んだ。しかしロードは隣に座らなかったことに唇を尖らせるだけだった。
「ナマエが僕の隣に座らなきゃ教えてあげない。」
ぷう、と頬を膨らませる顔はノアと知らなければ可愛らしい女の子の仕草なのに。ナマエはもう一度ロードを睨み、ロードはそんなナマエに目を細めるだけだった。今の自分には武器も何もない、状況はどう転んでも不利だ。どうせ何もできないなら…、ナマエは小さく吸った息を飲み込んで、恐る恐るロードの隣へと座った。
「ここはナマエの夢だよ。」
「夢…?」
「そ、夢。」
ロードはぴたりとナマエの腕にくっつきアメジストの瞳で見上げた。幻想的なアメジストについ見惚れてしまう。なんて深くて、美しい水晶のような瞳。吸い込まれそうだ。
「ナマエの夢に僕が介入してここに連れてきたんだ。だからここはナマエの夢。だけど半分は僕の夢でもある。だからナマエの夢と僕の現実、僕の夢とナマエの現実が交差した空間。」
「…異、空間…?」
「んー、及第点かな。あっ!でもナマエをここに引き摺り込むの大変だったんだからねぇ!」
ナマエの言葉に小さく首を傾げたロードは思い出したかのように声をあげて勢いよく体を離した。
「ナマエのイノセンスがいちいち邪魔してくるんだもん!夢ぐらい介入させてよねっ」
「え…?」
(私の、イノセンス…が…?)
夢だからこそ介入してくるな、という言葉より、捉え方によれば、まるでイノセンスが自分を守ってくれたようなロードの口振りにナマエは目を丸くした。
自分のイノセンスが…ロードを邪魔した…?この異空間に引き摺り込まれるのをイノセンスが守ったというのか。何なんだそれは。イノセンスが装備者を守る…?今までそんな事、況してや事例など聞いたことがない。イノセンスとのシンクロ率が悪い自分にそんな能力あるはずがない。…だいたい自分は……
「あの実験で半分咎落ちだからぁ…?」
「!」
言葉の先をロードに言われた。まるですぐそこで聞かれていたかのように。ナマエはすぐにロードから体を離したが、ロードの手がナマエの腕を掴んでいてそれは叶わなかった。綺麗に塗られた黒いマニュキアの爪がナマエの白い肌に一つ一つ食い込んでいく。肌の中の神経と神経との間に爪を埋め込まれているようで、肌が、痛い。
「ヒドイことされたよねぇ。無理矢理シンクロさせられて。もしあのイノセンスじゃなかったらナマエは死んでたんだよね。しかもイノセンスにシンクロしても使い物にならないし、ずっと苦しいままだし。」
──挑発、だ。
「可哀想なナマエ。」
この間と一緒だ。
ロードは自分を挑発している。
ここは耳を傾けては駄目だ。
ナマエはロードのアメジストの瞳に映る自分を見つめた。痩せっぽっちの、小さな自分が映っていた。ひ弱な自分の姿がやけに滑稽だ。
「どんなに頑張っても苦しいだけ。」
駄目だ。
ロードの、ノアの、敵の言葉に耳を傾けるな。
「命懸けでシンクロしたのに弱いまま。誰にも認められない。ただ守られているだけの存在。」
駄目。
「本当、」
ダメだ、とわかっているのに、
「役立たず、だね。」
アメジストが、惨めな私を映す。
「可哀想なナマエ。何も知らないで今も惨めに生きているんだね。」
誰か、助けて
「中途半端に教団の実態を知って、本当は何も知らない。教団が何をやっているのか、やっていたのか。」
兄さん、
リナリー、
ユウ…、
「あぁ、そうだね。ナマエ、キミは…」
抉られて、しまう、
只でさえ、あなたが居なくて今にも消えてしまいそうなのに、
「恋人の神田ユウの事でさえ何も知らない。」
細められたロードの瞳に神田の名前が聞こえてナマエは目が覚めたように黒い爪先が食い込んだ腕を振り払った。焼け付くような痛みが白い腕に赤い線を残して皮を少し剥けさせた。じわりと血が滲む。ナマエはアメジストの瞳に悪い意味で魅入っていたが、神田の名前が出された途端に頭がカッと熱くなって徐々に我が戻っていくのを感じた。
(駄目だ、自分を見失ったら駄目…!敵に呑まれる!)
「無駄だよナマエ。僕にはナマエの心なんて手に取るようにわかる。ナマエは神田ユウのことが大好きなんだよね。だから僕が神田ユウの名前を出した途端に我に帰った。僕が神田ユウに何かするとでも思ったんだね。大丈夫、まだ何もしないよ。」
黒い爪先に付いたナマエの薄皮をロードは舐めるように口に入れた。小さな舌が爪を、唇を舐めてもう一度神田の名前を出した瞬間、ナマエはロードの首を絞めて押し倒していた。しかしロードは表情を変えずに自分の首を絞めるナマエに薄く笑っていた。
「ねぇ、ナマエ。」
ナマエの長い黒髪がまるでカーテンのように流れてロードはそれを掴んだ。
「無理矢理イノセンスとシンクロさせられて生き残っているのは自分だけとか、思ってる?」
どくん、と心臓が跳ねた。
「どういう…こと……?」
髪を掴まれて近付くロードの顔が恐ろしくて、でも逃げられなくて、逃げたくなくて、
「例えば、すごい再生能力を持っているヒトが造られたとしたら、あの実験はどうなっていたかなぁ?」
心臓が変に乱れ鳴って呼吸が上がっているナマエにロードは肩を震わして笑っていた。細い首に渾身の力を入れて絞めているのに、喋りづらそうにも苦しそうにもしていない。ただ、八重歯を光らしてロードは楽しそうに「ねぇ、ナマエ。」と笑うだけだった。
「神田ユウが何者か知ってる?」
やめて。
「神田ユウの胸のタトゥー、何か知ってる?」
やめてやめて。
「『あの人』の話、聞いたことある?」
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて
「神田ユウが探してる『あの人』のこと、知ってる?」
あえて開けなかったものを、
「『あの人』が女だってこと知ってる?」
あ け な い で 。
「神田ユウが『あの人』を一日たりとも忘れたことがないのを知ってる?」
「神田ユウと『あの人』が、」
「っはあ…!!」
世界から切り離されたようにしてナマエは目を開けた。
飛び起きるようにして半身を起こして、見慣れた自室の風景に胸元を抑えて荒い呼吸を整えた。自分のベッド、ドレッサー、クローゼット、天井を確認してナマエは浅い呼吸から深く息を吸って、深く吐いた。呼吸が震える。
夢、
夢だったのだ。
先程のは、自分が見た、ただの、
「…痛、」
赤い線が見えた。
胸元を抑えている自分の腕に、抉るような爪痕がくっきりと、微かに血を滲ませて入っていた。そしてそれは思い出したかのようにちりちりと焼けるような痛みでナマエの白い腕を襲った。
痛いからか、
それとも怖い夢を見たからか、
それとも一人だからか、
「………ふ、……ぅっ…」
涙が溢れて止まらなかった。
「ユウ…っ」
ロードの笑い声が
頭にこびりついて離れない。
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