咎落2(2/2)

食堂を出ればナマエは進んで図書室へと向かった。人気のない図書室はいつもナマエの隠れ場所のようなもので、バクが仕事に追われている時のナマエの行き付く先は大抵自分の部屋かこの図書室だった。人の出入りは数時間に一人来ればいい図書室でナマエは、その腕で抱えたら折れるのではないかと思うほどの本を抱えて、図書室の隅、気を付けて探さないと見失うような場所に座った。柔らかいソファがあるというのに床に座り込んだナマエをフォーは遠目に見ながら欠伸を噛み殺した。

最初、ナマエはフォーを気にしながら読んでいたがその内数分もすれば、呼吸をしているのかと思うほど静かに本を読み始めた。何をそんな集中して読んでいるのか、フォーは本棚を背もたれに立ち、ナマエの本を覗き込んだ。見えた文字はその年では理解できないであろう文章の羅列で、見ただけで気が遠くなりそうになった。


「…お前それ読めるのかよ。」

「…え?」

「それ。その本。イノセンスの論文なんて、一般人でも理解できないだろ。」


科学班見習いだって厳しいかもしれない。訳のわからない単語に、説明すれば早いことをいちいち難しく書かれている文章。こんな本、わかるわけがないだろうと言ったフォーの言葉にナマエはこくんと頷いた。


「…理解、してないよ。」

「は…?」

「バクさんが、何回も読めばわかるって言ってたから。」


だからずっと読んでる、とナマエは言った。


(あんのバカバク。そしたら何百回読ませる気だ…!)


何回も読めばわかるだなんてこんな子供に読ませたら理解するのに何年かかるだろうか。理解するよりも早く暗唱できてしまうだろう。大体、この手の本自体子供には難しすぎるだろうとフォーは思ったが、それでもナマエはバクの言われた通り本を読み続けている。


「お前、これ読んで退屈じゃないのかよ。」


フォーに言わせれば退屈というかある意味拷問だ。なぜ好き好んでもないのにこんな本を読まされなきゃならんのだ。ナマエはフォーの言葉にぱちぱちとアーモンドの形をした目を瞬きさせ、少しの間を空けた後、小さく頷いた。そして本に顔を埋めるようにして腕を組んでこちらを見下ろすフォーを見上げた。


「…ちょっとだけ退屈だよ。でも、頑張ってエクソシストにならなきゃだから、私。」

「……………………。」


そう小さく言ったナマエはまるで本を壁に隠れているようだったが、その目が少し涙で揺れているのにフォーは気が付いた。強制的に連れてこられた教団に対して恐怖の感情を感じているのか、兄と片割れに会えなくて寂しいのか、追い出されて着いた場所がまったく知らない人間達ばかりで怯えているのか、将又エクソシストにならなきゃいけないという重圧に苦しんでいるのか、フォーにはわからなかったが、ナマエの瞳は子供の瞳と呼ぶには悲しいくらい暗い色をしていた。とてもガキのする目じゃないな、と心の中で小さく呟けば、次にフォーはナマエにこう言っていた。


「…駄目だ。」


腕を組んだまま本棚から体を離したフォーにナマエは顔を上げた。


「え?」

「今日は中止、それ。」


と指されたのは手元の本で、本を読むのが中止なのだろうか、とナマエが首を傾げればフォーはナマエの持っていた本を取り上げた。そして適当に床に放り投げるとナマエが小さく「あ」と言ったが気にしない。


「本を読んでてもエクソシストにはなれないぜ。」

「え、…!」


大方、あの頭でっかち(バク)はイノセンスの理論を理解すればシンクロ率が上がるとでも思っているのだろう。フォーは首を振った。確かにそれも必要かもしれない。しっかりとイノセンスを理解すれば、シンクロ率も上がるかもしれない。しかしエクソシストは戦場の第一線を駆け抜ける、そのためには理論以上に必要なものがあるだろう。


「本の代わりに、今日はあたしがお前に体術教えてやるよ。」

「たい、じゅつ…?」

「本ばっか読んでたら頭腐るぜ?」


そう言って少女の小さな手を引っ張り半ば無理矢理に立たせたが、細くて小さな頼りない体は引っ張った勢いでフォーの胸に顔をぶつけ「うっ」と痛そうな声を出して鼻を抑えた。そんなナマエにフォーは、組み手の前にまずは準備体操から入った方がよさそうだな、と小さく苦笑した。


「あたしに着いてきな、ナマエ。あたしが、お前を強くしてやるよ。」



***



早朝。
本部に書類を提出して報告を終えたバクは特に寄り道もせず、同僚への挨拶もそこそこにアジア支部へと帰ってきていた。書類提出の他に用事がなかったのもあるが、それよりもアジア支部に残したナマエが心配だった。最近自分に心を開き始めた幼い少女はまだ人に対して恐怖の念を抱いている。自分がいない間、少女をフォーに任せたが、果たして大丈夫だったであろうか。バクはナマエの部屋をノックした。


(……ん…?)


しかし返ってくるはずの返事がない。まだ寝ているのだろうか、いや、それはないだろう。ナマエはなかなかの早起きで、朝食を食べに迎えに行けば、いつもきちんと着替えて髪を整え終わっている。どうしたのだろう、とバクは静かにドアを開ける。すると、ナマエのベッドに意外な人物がナマエと一緒に寝ていてバクは目を丸くした。


「フォー…、お前何して…。」


ナマエと一緒に寝ていたのはフォーで、「何をしているんだ」とバクは言いかけたが、二人のすやすやとよく眠っている寝顔にバクは小さく微笑んでから静かにドアを閉めた。その時、静か閉じられたドアの音にキャラメル色の瞳が薄っすらと開かれたが、キャラメル色の瞳は、目の前でよく眠っている少女を見ると優しげに細められた。


「…バカバク、…あたしにガキのお守りなんかさせやがって。」


覚えてろよ、と欠伸混じりに言ったフォーの顔は寝起きだからだろうか、台詞の割にはそれ程嫌そうには見えなかった。


−咎落2終−


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