咎落2(1/2)





咎落2


10歳ぐらいの子供と変わらない身長に、キャラメル色の瞳。それと同色の髪が菫色の大きな帽子から輪郭をなぞって前髪だけ出ている。金色のチョーカーに袖口だけが少し開いた卵色の体の線にそった上半服、そして帽子と同じ色のブーツを履いたフォーは、人間と呼ぶには少し風変わりな格好だった。全体的に見れば水着のように見えなくもないその格好は、菫色の胸当てをぐるりと背中まで巻き、下は大胆に切れ込んでいる。しかしそれは彼女が人間ではなく、バクの曽祖父である魔術師が造った「守り神」から派生した結晶体だからこその格好だった。額には若草色の紐を垂らしたような線があり、それは胸当て下から太ももからもあった。しかし、その額にはくっきりと皺が不機嫌そうに寄り、キャラメル色の瞳ははっきりと嫌そうに細められていた。


「はぁ?バクが帰るまであたしがあのガキの面倒を見る…?」


フォーは冗談じゃないとばかりに言ったが目の前で本部行きの資料をかき集めるバクは仕方ないのだと言ってファイリングされた資料を次々と鞄の中に入れていった。どれも最近バクの後ろを子鴨のように着いていく子供の報告書だった。あの実験の生き残りの子供。病的な細い手足が印象的で、まるでゴボウにカブをぶっ挿したような体をしているとフォーは密かに思っていた。


「ウォンにまかせりゃいいじゃねぇか。」


ガキの面倒は管轄外だ、と言ったフォーにバクは手を止めて背を向けていた格好から向き直った。そして諭すような口調でこう言った。


「ナマエはあの実験のせいで軽い対人恐怖症なんだ。お前も見てるだろう?ナマエは自分から他人に近付く事ができないし、しようとしない。」

「それがわかってんならなんであたしに頼むんだよ。」

「……お前のそのざっくばらんな性格でなんとかなるかな、と。」

「喧嘩売ってんのかバカバク。」


バクはナマエのシンクロ率上昇と共にエクソシストとしての戦力を付ける任を本部から命じられている。そしてそれと同時に定期的にナマエの報告書を提出することも義務付けられている。明日がその報告書を届ける出立の日なのだが、どうやら快く出発できそうもない。


「あいつバクにべったりじゃん。居なくなったらマズイんじゃねぇのか。」

「だから世話をみてくれと言っている。」

「無茶言うなよ。あいつお前以外の誰かを見ると一目散に逃げるんだぜ。」


その快く出発できそうもない原因は報告書に書いてあるナマエの事。ナマエは先程バクが言った通り、あの実験のせいで軽い対人恐怖症の子供だった。しかし対人恐怖症と言っても以前からと言うものではなく、結構最近に出た症状でもあった。ナマエがここに来た当初は、何を見ても、誰を見ても、まるで死ぬ間際の犬のような目でどこかを意味なく見ていたが、バクと心を通わせ始めた最近、その瞳にあるひとつの感情がやっと灯った。今まで何も反応がなかった子供にやっと感情が現れたかと喜べば、その感情は残念な事に「恐怖」だった。バク以外の人間を見ると何か話しかける前に逃げるわ隠れるわ、バク以外の人間は完全にお手上げ状態だ。感情らしい感情に喜ぶべきなのだろうが…、バク以外の人間に恐怖を感じるのはあまり嬉しいことではなかった。


「それでもあたしに頼むのか?」

「…前ウォンと二人きりにさせたら呼吸困難になった。」

「……………………。」


…あんなでかい男と二人きりにされたら普通の子供でもビビるんじゃねぇのか。という言葉を飲み込んでフォーは肩を落とした。どうやら適任は自分しかいないようだ。適当なやつに任せても「咎落」や「あの実験」が表立って出てしまうのも困るだろう。バクはきっとそういうことも考えて自分に頼んでいるのだろう。現にこうやってしつこく頼まれているのだろうし…。


「…仕方ねぇな。」

「フォー…。」

「寄り道とかして遅くなったらぶっ殺すかんな。」


そうフォーが背中を向ければ、後ろでバクが「すまない、ありがとう。」と微笑んだのがなんとなくわかった。





朝早くバクは出掛けて、バクが居ないことはきっと本人から聞いているだろうナマエの部屋のドアをフォーは開けた。少し早かったかな、と思っていたがドアを開けた先にはちゃんと服も着て髪を整え終わったナマエがいた。若干既に涙目である。


「おい、」


と声をかければ大袈裟に肩をびくつかせたナマエに面倒くせぇと心の中で吐いたのは秘密だ。


「朝食、行くぞ。」


バクの一日はナマエを朝の食堂に連れて行く事から始まる。バクだけに心を許しているナマエはこの時間からバクにべったりだ。親鴨がいない寂しさなのか恐怖なのか、ナマエはフォーと一定の遠くもなければ近くもない距離を空けながら後ろについて行った。食堂に着けば早起きな科学班達がフォーとやってきたナマエを物珍しげに見ていて、フォーは一目散に逃げようとしたナマエの腕を掴んで食堂のカウンターへと並ばせた。朝メシを頼んで来いとだけ言って数分すれば朝食の包子を皿にのせたナマエがカウンターから逃げるようにして帰ってきた。やはり一人で人の中にいるのは嫌というよりも怖いのだろう。涙が零れそうである。


「それだけで足りるのか?」


他に粥か豆乳汁があれば調度いいのではと思う程少ない量だ。ナマエはフォーの言葉に小さくこくんと頷き、包子を食べ始めた。だがやはり少ない気がする。以前より体調が整っている今、もう少しぐらい食べてもいいだろうとフォーはナマエの前に野菜スープを置いて「これも食え」とだけ言って食わせた。ナマエは何も言わずにまたこくんとだけ頷いてスープに手をつけた。

朝食が終われば、ナマエはポケットから薬袋を取り出し、中から数種類の薬を出した。どれもフォーの知れない薬だ。それを見たフォーは少し、心が痛んだような気がした。こんな子供にこの量の薬を飲ませるほどのひどい実験を受けたナマエ。しかしこの子供は成功したにも関わらず特別扱いも受けず、普通のエクソシストとしての対応もない。シンクロ率が低いからという理由で一人外に放り出された。愛する兄と双子から強制的に離された結果がこれだ。子供の心と体はひどく傷付いている。

ナマエは苦そうな顔で粉薬と茶を一緒に流し込み、喉を上下させた。


「…薬は嫌か?」


あからさまに嫌そうな顔で薬を飲んだナマエにフォーは、やっと子供らしい反応を見れたことで一瞬だけ頬を緩くした。ナマエはそれに少し驚いた表情を見せ、すぐに顔を赤く染めて下に向けた。そしてふるふると小さく首を振り、口を開いた。


「嫌…だけど、……飲まないと、後が苦しいから。」


やっとナマエの声を聞けた気がする。予想していたよりもずっと可愛らしい声だ。フォーはそれ以上続けなかった少女に「そうか」とだけ言って食堂の席を立った。ナマエも慌ててその後を追った。


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