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黒い靴─ダークブーツ─の力を借りてリナリーとアレンは炎上のスーマンの胸へと飛び込んだ。巨大な咎落ちの姿をした白い巨体の左胸、ちょうど心臓あたりにスーマンはいた。心臓あたりをくり貫いた穴には上半身だけを覗かせたスーマンがいて、二人は適当な足場を見つけてそこに降り立った。
「スーマン!」
「待ってリナリー!この穴には踏み込まないほうがいい!」
身を乗り出しスーマンの名を呼んだリナリーをアレンは制した。スーマンがいるその穴には青白い斑模様の何かが薄く光っていて、簡単に身を出すには危険なのが見てとれる。リナリーはアレンの言葉に小さく頷いてスーマンに話しかけた。
「スーマン!私だよ!リナリー!わかる!?今助けるから!」
目と口から血を流す痛々しい姿のスーマンにリナリーは必死に呼びかけたが、スーマンからの返事は返ってこなかった。聞こえなかったのだろうか?リナリーはもう一度スーマンの名前を呼んだが、彼の反応はない。おそらく意識がないのだろう。アレンは彼に向かって腕を伸ばした。
「引きずり出そう!」
それしかない。彼の意識がないまま語りかけても無駄だ。そしてこの状況だ、何が起こるかわからない。またあのエネルギー波を出されても困る。そうアレンが腕を伸ばした瞬間、アレンとスーマンの間、青白く光る斑模様の穴から息を精一杯吸い込んだ音がした。
「!?」
苦しげに酸素を吸い込んで現れたのは一人の少女。一瞬見えた服装と顔立ちで現地の村人なのがわかる。少女は焦点の合っていない目でアレンを見つけ、呼吸の足りていない声と一緒に涙を零した。
「……たすけて……おかあさん…」
今にも消えてしまいそうな苦しそうな声で少女はもう一度「たすけて」と言って穴へと吸い込まれていった。ずぶずぶと飲み込まれていった少女にアレンとリナリーは一瞬言葉を失ったが、アレンはすぐさま少女に腕を伸ばし、迷わず斑模様の穴に腕を突っ込み、確かな感触を掴んでそれを引っ張り上げた。
「うおおおおおおおおっ!!」
少女を放さないとばかりに絡んでくる斑模様のそれをアレンは振り切り、少女を穴から引き摺り出した。既に意識を手放したのか、少女はぐったりしていてアレンの腕にぶら下がっていたが見る限り目立った外傷はない。その事にアレンはほっと息を吐いたがそれも一瞬、今度は穴から斑模様のそれがアレンに向かって伸び、アレンの首筋を捕らえた。文字通り息つく暇もなくアレンはずぶずぶと呑み込まれていき、リナリーは手を伸ばした。
「アレンくん!!」
アレンは手を伸ばしたリナリーを見ると、その手を取らずに少女をリナリーに手渡し、「この子を…」と苦しげに残してから銀灰色の瞳を光らして穴の中へと完全に呑み込まれた。
「アレンくん!!」
―――ここは…、
リナリーが自分を呼んだ声をどこか遠くに聞きながら、アレンは温かくも冷たくもない水の中に身を放り出された。ただ、自分の吐いた息が泡となって自分が落ちてきた上へと上がっていく。ここはどこだ。確か自分はスーマンの…、とアレンが銀灰色の瞳を廻らせたその時、一筋の光がアレンの額を貫いた。
「うっ…!」
しかしそれは一本だけではなく、何本も次々とアレンの体を貫き通っていく。そして貫かれた瞬間に訪れる、頭をかち割るような痛み。
「なんだ…頭が…!!」
その痛みに頭を抑えたが、次の瞬間、アレンの体に光が雨のように降り注ぎ、金槌で頭を殴られるような衝撃が襲った。……いや違う。殴られているのではない、頭に何かが入ってくる。これは、これは、
『死にタくなイヨ…』
助けてくれ
頼む…
殺さないで…
私にできることなら何でもするから
何をしたって構わない
死にたくない
『死にタくなイヨ…』
家族へ
『ジェイミー』
帰りたい
(これは、…スーマンの感情…。)
「うあああああ!!」
頭が潰れてしまうのではないかと思うほどのスーマンの感情が否応なしにアレンの脳内に入り込んでくる。
たくさんの感情、
負
怒
苦
恨
悲
悔
痛
恐
『パパ…』
愛
コポ、と、
自分の息がまた一つ上に上がり、
スーマンの感情を通してアレンは涙を流した。
「スーマン…あなたは…」
―本当は教団になんか行きたくなかった
―誰が好き好んでアクマのような化け物と命のやり取りなどするものか
―こんなものがくっ付いたばかりに
頭に流れ込んだスーマンの感情と記憶に、アレンは涙を流した。味方の、仲間の屍に眼もくれず、誰かの足に縋り付いている彼の愚かな姿。仲間を殺した敵の足に縋り付いて、しがみ付いて、命乞いをしているスーマンの姿。飴色のお下げをした少女を、幸せそうに抱き上げるスーマンの姿。
「あなたは…戦いをやめて
悪魔に…命乞いをした…………。」
アレンの左手の手袋が溶ける様に破れ、布切れが涙と一緒に上へと上がっていく。
「イノセンスを裏切ったんですね……………。」
露になったアレンの左手は、十字架が薄く光っていた。
−49終−
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