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我が師、クロス・マリアン元帥の護衛、または発見、または確保の任に就いてから何日がたっただろうか。アレンは隣でずっと東を見つめるティムキャンピーを見て、これから日本へと向かう船のメインマストに腰掛けた。潮気を含んだ風が彼の銀髪を揺らして同色の瞳を切なく細めさせた。


(日本…、江戸に師匠が…。)


母の代より教団の協力者《サポーター》である妓楼の女主人から『クロスを乗せた船が海上にて撃沈した。』という話を聞いて、まさか日本に行くとは思っていなかった。クロスの行方に涙を一筋流した美しい女主人、アニタが出してくれた船にはたくさんの船員と荷物が行き来し、長旅になるのが一目でわかる。準備が整い次第発つこの船はクロスの生死を確認しに行くのではない。今回の任である元帥の護衛を続行するためである。


(師匠が死んでいるはずが、ない。)


クロスと過ごした日々の記憶がアレンの目を東の海の先へと向かわせていた。そう、師匠が船と一緒に撃沈するわけがない。例え、撃沈した海上に不気味な残骸と毒の海が広がっていたとしても、彼が死んでいるわけがない、とアレンは確証がなくも言い張れる自信があった。なぜかはわからない。しかし、はっきりとクロスが生きているとアレンは言い張れる事ができた。

ことん、とメインマストにアレンは頭を預けた。その時、頭に澄んだ金属音を響かせアレンの左目が反応した。自分の意思に反して勝手に発動する呪われた左目にアレンは立ち上がり海の先を見つめる。


(アクマ!?)


だが気配を探ろうにも反応は今一薄く、まだ遠いのがわかる。アレンはどこからかやってくるアクマに、広がる海を見渡した。日が傾きかけている空はもう暫くすれば綺麗な夕空を広げるだろう。しかしまだ青い空にアレン目を凝らし、空のずっと先に黒い塊を見る。一瞬、鳥の大群かと見間違うようなそれは鳥よりも早く、鳥と比べる以上に悍いものだった。


(海鳥……?違う…あれは……。)


だんだんと、あちらが近付いてくるにつれてはっきりとわかるその大群にアレンは目を疑った。なんだ…、あの量は。物凄い速さで近付いてくる不気味な大群に、アレンは船にいる全ての人間に聞こえるように声を上げた。


「みんな!!アクマが来ます!!」


物凄い大群にも関わらず個々の魂を識別しようとする左目に恐れを感じつつもアレンは叫ぶ。いや、声を上げずにいられなかった。


「アクマが来る!」


空を覆い尽くす量のアクマに船にいる仲間達が言葉を失った。なんて数だ。大量のアクマが船の前に現れて、一番に声を上げたのは船を出してくれたアニタだった。綺麗な衣装を脱ぎ捨てて軽装で船に乗る彼女は格好はどうであれ、やはり妓楼の主人であった。数に言葉を無くした船員達を掻き分けて甲板の先に立つ姿にこの状況でなければ舌を巻いただろう。


「なんて数なの!!!」

「迎撃用意!総員武器を持て!!」


アニタの声に脇に控えていた部下のマホジャが声を上げる。筋骨隆々な体に誰もが男性かと思うようなマホジャだが上げた声は反するように女性だ。マホジャはすぐに主であるアニタを護るように後ろに下がらせた。それに入れ代わるようにして来たのはアクマの大群に口端を上げたラビだった。額のバンダナを確認するように抑えて太股にあるホルダーに手をかけた。


「オレらの足止めか!?」


恐怖に似た興奮を圧し殺したラビの隣である男の血と、歯が疼いた。短い黒髪をオールバックにし、一房伸ばした白い前髪を垂らした男、アレイスター・クロウリーだ。尖った耳に鋭利な八重歯。まるで吸血鬼のような彼はルーマニアで出逢えた、ミランダに次ぐ新しいエクソシストだった。彼はざわざわと疼く血と歯に呻きに似た声を上げ全身を奮わせた。


「歯が疼く…!!」


そして纏う空気を険悪にしたクロウリーの歯は獣のように歯を牙に変えて黒髪と一房の白髪を逆立てた。まるでそれが合図のように、続くラビ、ブックマンそしてアレンがイノセンスを発動させた。船を貫くようなアクマの大群にアレンは大砲のようなイノセンスをアクマに向けて放つ。イノセンスは光の砲弾を放ってアクマを破壊するが…、


「!?」


アレンは向かってくるアクマに攻撃を止めた。


「何だ…?」


しかし向かってくるアクマはアレン達を攻撃するでもなく、むしろアレン達の頭の上を次々と通過していき、下でアクマ一色の空を見上げるラビは眉を寄せた。


「何やってんだこいつら…。船を通り越してくさ…!?」

「どうして…。」


自分の頭を通過していくアクマ達にアレンはそれしか言えなかった。風と呼ぶには悍いアクマの通りすぎる音にアレンがうろたえていると、


「うあっ」


足を持ち上げられ急な浮遊感にアレンの視界が反転した。空が下で山が上から聳え立っている。見える景色が上と下、逆だ。まさか、と思った時、自分の足元から楽しそうな声がした。


「あ。ホレやっぱしだ!!」


反転した視界に微かな吐き気を感じつつもアレンは足先を見上げる。そこには自分の足を銜えるようにして飛んでいるアクマがいた。アクマはまるで木の上に林檎をなっているのを見つけたかのように明るい声を上げた。いや、実際、自分は船の上にいた食い物でしかないのかもしれない。


「エクソシストだよ!!黒いからもしかしてって思ったんだ!」

「ホントだぁ。お前目ェいいなぁー。」


ボール型ではないこのアクマはまるで蜂のようなアクマだったが生憎アレンにはこのアクマのどれが目なのかがわからなかった。対する反対側のアクマも目と呼ぶには多すぎるものが付いていてどれが何だかわからない。しかしアレンを銜えているアクマより口が大きく、何よりクロウリーのような牙が多く生えている。アレンの足を銜えているアクマの口からはアレンの血が滴っていて突き刺すような痛さに顔を歪めたアレンだったが反対側のアクマに噛み殺されるよりはマシだったかもしれない。


「でもお前それ捕まえんのがオレらの仕事じゃねェぞ。捨てろよ。」

「ヒヒヒ、カタイ事言うなよ。お前オレがこいつ殺せるからうらやましーんだろ?」

「右半分くれよ。」

「ダァーメ!」


まるで子供の菓子の取り合いだ。ぎち、とアレンの足を銜えている力が強くなってアレンの血がぼたぼたと下へと落ちていく。喰い千切られるとまでは行かないがこのままでは足が使い物にならなくなってしまう。最悪だ。アクマが頭上をただ通りすぎるからといって油断していた自分に舌を打ちたくなる。


「くっそ…」


ここでアクマなんぞにやられてたまるか。やっと手に入れた師匠の居所へと行くというのに。アレンは頭に血が上る感覚に歯を喰い縛りながらイノセンスを構え、光と一緒にそれを放った。


「ギャン!!」


胴体から顔へと連射し、自分を銜えている顎を狙った。崩れるアクマのボディと一緒に自分の血が落ちる。痛さとアクマを振りきるようにアレンはアクマを蹴った。


「このクソエクソシスト!暴れんじゃ…っ!あっ」


するとアクマの顎が崩れ、足の喰い込むような痛さがなくなり体が浮いた。解放された傷みとアクマにアレンが短く息を吐いた。しかし解放されたのも束の間、


「おっとぉ!」


次は全身に圧迫感と傷みが襲った。自分の骨が軋む音が聞こえて喉奥から吐き出た血が口端から流れた。


「へへへへ!落とすもんかよ。オメーはオレんだ。」


下品な笑い声は反対側にいたアクマだった。ということは自分はあの鋭い歯を持ったアクマに捕まったのか。どうりで全身に走る傷みと圧迫感が桁違いなわけだ。しかしこのままでは骨と一緒に内臓、自分が駄目になってしまう。


(こんな所で…!)


ぎりぎりと締め付けられる体にここまでなのかっ…!と言える隙間と余裕さえもない。自爆覚悟でイノセンスを使うか、そうアレンが歯を噛み締めた時、どん、と音と一緒に上から押し出されるような衝撃が今度こそアレンの体を解放した。新手か、と思い落ちていく体をそのままに見上げるとそこには、


「!」


漆黒の艶やかな髪を空に広げてこちらに手を伸ばすリナリーがいた。


「アレンくん…っ」


まるで絹糸のような綺麗な黒髪を散らして手を伸ばすリナリーにアレンも誘われるように手を伸ばした。そして、そんな状況ではないとちゃんと理解していたのに、こちらに手を伸ばすリナリーが、とても美しいと感じた。

落ちていく体をそのままに、まるで飛んでいるような彼女の手を取ったその時、今まで背景として確認さえもできなかった山が割れた。いや、山から何かが出てきたと言った方が正しい。


「!?」


激しい地響きが揺れる空気でわかる。リナリーの手を握ったまま、下へ下へと落ちる体を余所に二人はそれを見た。アクマの笑い声が聞こえた。


「出たぞぉ!!」

「ギャハハハハ!」


最初に見えたのは、自分達の象徴でもある、十字架だった。次に見えたのは、視界に収まりきれない、白い、大きな、白だった。


「何だあれ…!?」


大きな、男の上半身のような青白く光る大きな白い物体にアレンが言えば、微かにリナリーの手が震え、耳を貫くような咆哮を巨大な白が叫んだ。

リナリーの脳裏に常闇の記憶が蘇る。





『マタ咎落チダ』




もう、骨と皮のような姿で性別がわからないあの子。


頬は痩せこけ、目の下にくっきりと影を落とし、


どこか目が虚ろで自分の死に際をわかっていた。




見知らぬ私に小さく手を振り、その後イノセンスを入れられた。

ナマエもあんな実験を───────


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