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「マリ、」

「あぁ、すまない神田。」


野宿用の焚き火を前に、いい具合に焼きあがった魚をマリに渡して神田は自分の魚にかじり付いた。一応、教団から支給された乾パンや缶詰め、干肉もあるのだが先が見えない旅の途中、それに頼るのは危ない。食料が採れる場所ならそちらから採ろうという事でマリと神田の二人…いや、三人は魚を食べている。


「私の分はとってくれないのかい?」


少し寂しげな声を出した焚き火の向こう側にいる優しそうな表情をした男性に神田は魚から口を離した。40代ぐらいの少し大きめの黒縁眼鏡をかけた男性だ。少しくすんだ茶髪は手入れという手入れは何もしていないのか、ぼさぼさで、不揃いに伸ばされた髪は適当な紐で結ばれているだけ。お世辞にも身なりを気にしているという風には見えない。だが眼鏡奥から見える垂れた目は神田を優しく見つめていた。神田はその瞳に口端を下へ下へと下げる。


「目の前にあるんですから、取れるでしょう。」


先程は盲目のマリのために取ってあげたのだ。目の前にいる男性は眼鏡をかけてはいるが見えないわけではない。しかも本日の夕食の焼き魚は彼の目の前に堂々と存在している。自分で取れ、という話だ。しかし神田がいくら目でそれを訴えても男性はびくともしない。神田の睨みに怖がっている様子もない。(むしろマリやデイシャ、そしてナマエのように受け止めている。)神田は小さく舌を打ち、こんがりと焼きあがった魚を取って男性に突き出した。


「これでいいんですか、元帥。」

「ありがとう、ユーくん。」


ぴくぴくと神田の頬の筋肉が細かく痙攣し、元帥と呼ばれた男は満足そうに微笑んで魚にかじり付いた。神田に睨まれても怯える様子もない、そして神田の事を「ユーくん」と呼び、あの神田に敬語を使わせるこの男、彼こそが神田、マリ、そしてデイシャの師匠、フロワ・ティエドール元帥である。


「その呼び名はやめてくださいと何度も言いました。」

「せっかくの師弟そろっての食事くらいいいじゃないか。」

「食事っつってもたかが魚一匹だろ。」


神田、とマリが苛立った様子の神田を抑える。返ってきたのは舌打ちとまた魚にかじり付いた音。マリは小さく溜め息を吐き、神田はそんなマリに不満そうに鼻息を出し、ティエドールはそんな神田に優しく微笑む。


「ユーくんは随分と表情が柔らかくなったね。」


まぁ、相変わらずツンツンしてるけど。と魚を一口頬張ったティエドールにマリが言う。


「…元帥、本部にナマエという女の子が新しく入団しました。」

「マリ。」


今度は神田がマリを抑える番だった。余計な事は言うな、という意味を含めて言ったがマリの表情は笑顔だ。堪らずまた舌打ちをして、元帥を一瞥したが、元帥の表情は驚く事に固まっていた。


「ナマエ…って…、リナリー・リーの…かい?」

「は、はぁ。」


ナマエがリナリーと双子ということを知っている?神田は元帥を見つめた。いや、睨んだの方が正しい。すると元帥は一呼吸間を置いて「そうか…アジア支部からやっと…。」と小さく言って神田に微笑んだ。


「元帥は皆、知っているよ。」


何を、とは言わなかったが元帥の瞳で言いたい事がわかった。それと同時に少しの嫉妬に似た感情。彼女の機密を知っているのは自分とコムイ、それとリーバーだけだと思っていたが…。


「で、ユーくんとその子がどうしたの?」

「元帥…!」

「実は神田とそのナマエは…」

「マリッ…!!!!」

「うんうん。」

「…ッチ!」


神田は自分とナマエを話題にした元帥とマリの楽しそうな雰囲気に大人しく座っていられず六幻を掴んで立ち上がった。残りの魚をがつがつと食べて残った棒を焚き火へと放り込み二人に背中を向ける。「どこへ行くんだい?」というティエドールの言葉は聞こえたが無視をした。なんだか嫌だ。自分とナマエの関係が元帥に聞かれるのは。と、鬱塞とした茂みへ足を進めたが神田だが、それはティエドールの言葉によって止められた。


「ユーくん。その子にはキミの事をちゃんと言ったのかい?」

「…っ」


かちゃり、元帥の使い古された眼鏡が掛け直された音がした。


「その様子だと言ってないみたいだね。」

「……………………………。」

「似たような立場だから、その子には告げていいと思うんだけど。」

「………周辺を見てきます。」


元帥はまだ何か言いたげだったが今度こそ無視をして茂みの中へ足を入れた。動揺した顔を見られたくなったという事もあるし、何よりも元帥の言葉が深く刺さった気がした。心臓に。


(俺とナマエが似たような立場、だと?)


馬鹿を言うな。

ナマエは、ナマエは、


「…ナマエ…。」


突き刺すような胸の痛み。(左胸。)

目を閉じれば浮かぶ顔。(愛おしい。)

思い出せば蘇る。(真っ白な存在。)


俺が黒で彼女は白。


あんなに美しくも儚い彼女を、自分と一緒にしてはいけない。



−46終−


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