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銀色の盆にコーヒーを乗せて科学班フロアに行くと想像していた以上にひどい光景だった。科学班全員に無線機が装着されていて、急かす声やら怒号ではなく、書類までもが飛び交っていた。ナマエはそれを器用に避けて個々のデスクに空になったマグカップと新しくいれたマグカップを交換する。ミランダもそれにならい、どこかぎこちないが確実にデスクにコーヒーを置いた。昔の自分はこんな事もできなかったな、とミランダは心の隅で思う。これも全てナマエのイノセンス指導に繋がる。ナマエはイノセンスの発動から軽い護身術まで教えてくれた。イノセンスについては本当に自分よりシンクロ率が低いのかと疑うほど丁寧でわかりやすく、護身術に関してはできるまでとことん付き合ってくれたのを覚えている。そのおかげか、前よりかは体が軽い。


「あぁ、ありがとう、ミランダ。」


最後のカップはリーバー班長に渡した。たくさんの書類に囲まれているのに辛そうな顔一つもしないのは流石というかなんというか。26歳という若さで科学班班長を務めているだけある。一歳しか違わないのに、とミランダは心の中で苦笑する。ふとナマエの方を見れば白い毛布をソファにかけていた。ここからでは見えないが、あのソファには室長が寝ているのだろう。ナマエの表情が柔らかい。


「ナマエちゃん、さっきリナリーちゃんから連絡があったみたいよ。これから日本に行くみたい。」

「日本?」


散らばった書類を拾うナマエを手伝いながらミランダは先程リーバーと一言二言会話した事を伝えた。


「クロス元帥が日本にいるみたい。」

「日本って…、…遠いですね。あんな小さな島国に何かあるのかな。」

「どうかしら…。私、よく知らないの。日本。」

「そうですよね、私も本でしか…。」


と言いつつ、確か彼は日本人だった、とナマエは小さく微笑んだ。彼は大丈夫だろうか、と思う反面、デイシャの事もあってナマエはすぐに笑みを引っ込めた。

―私がもう少し早く新しいゴーレムを飛ばしていたら、デイシャは助かった―

その時、ジリリリ、とコムイの机の電話が鳴った。


「あ、私が出ます。」


リーバーが出ようと無線機に手を添えるがナマエがそれを制して、受話器を取った。リナリーだろうか。黒い電話機に手を添えて電話に出た。


「もしもし、こちら本部…、」

『ニーハオ。』

「…………………………。」


聞こえてきたのは、聞いたこともない声だった。完全な中国語とは言えない、不完全な発音。おそらく自分よりも年下の女の子の声。後ろではミランダが引き続き書類を拾っていてリーバー班長は仕事を進めている。


『あれ?だんまりなの?』


くすくすと、楽しそうな声にナマエは眉を寄せた。


「いいえ、聞こえています。」


――敵か、味方か。おそらく、敵。でもどうして敵が?しかもこの無線。どうやってこの本部まで繋いだか。管理班は何を?いや、管理班を吹っ飛ばしての無線ぐらい、あちら側はどうにでもできるだろう。あちら側というのはおそらく、千年伯爵側。
私にとっては、初めてのコンタクトだ――
ナマエの頭の中で色々な考えが飛び交う。


『ナマエ・リーだよね。リナリーと双子の。っていうかリナリー双子いたんだね。』


ナマエもリナリーに似て可愛いの?と楽しそうな声が耳を通り、全身に駆け巡った。


「…リナリーを知ってるの?あなた、何?」


ついつい受話器を持つ手に力がこもってしまう。相手のペースに流されてはいけない。そうわかっていても愛しい片割れの名前を出されると獣のように毛という毛が逆立ってしまう。


『前、一度だけ会ったんだぁ。ドイツで。』


ドイツ、という言葉にナマエはミランダの背中を見つめた。確か彼女がいた地がドイツ。アレンとリナリーが任務に出掛けた地。そしてロードというノアに出会った地。


「あなた…ロード?」

『ピンポーン。大正解。お互いに自己紹介はいらないみたいだね。』


ナマエと話せて嬉しくてたまらない、というところか。自惚れたくはないが、受話器越しのロードの声はとても楽しそうだ。その分、恐ろしく思った。なぜノアから直接自分にコンタクトを…


『咎落ち、なんだって?ナマエ。』

「っ!」


どくん、と視界が一瞬だけ白黒になった。それから机の上に置いてある空のマグカップが音を立ててヒビを入れたがナマエはそれに気付かなかった。ばくばくと鳴り続ける自分の心臓を聞きながらナマエは自分のゴーレムを目で確認する。ゴーレムはナマエの意思を読み取ったかのように体から細長い電線を出し、電話機へと繋ごうとするが、


『録音しようとしても無駄だよ、ナマエ。この回線は特別回線だから。』

「!?」

(こちらの行動が見られている!?…ううん、読み取られているんだ…!)

『ふふ、ナマエって頭いいんだぁ〜。さすが室長の妹?僕、ナマエみたいな頭のいい人好きだよ。』


女の子なのに一人称が「僕」らしい。一瞬男の子かと考えたが、やはり声が少女だ。


『僕、ナマエに興味あるんだぁ。咎落ちなのに生きてたなんてすごいねぇ、本当に選ばれたんだね?ううん、それともマグレ?ははっ、どっちでもいいや。僕が興味持ったことは変わりないから。』


普通に聞いていれば無邪気な少女の声なのだが、この状況は普通ではない。だから異様に背筋が凍る。電話で話しているからか、耳に直接ロードの声が響いてまるでロードと自分だけしかいない異空間にいるような気分だ。


『ナマエみたいな変種な子、好き。』


足がぐらぐらする。(落ち、着け)


『すごい殺気。電話越しでもビンビン伝わってくるよ。』


なぜ自分とコンタクトを取ってきたのだ?(落ち着け)


『本当いいよ、ナマエ。早くナマエに会いたい。ナマエの夢が見たい。きっとぐちゃぐちゃなんだろうね。』


咎落ちだから?(落ち着け落ち着け)


『僕ね、』


咎落ちだからコンタクトを取ってきたの?(落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け)


『ナマエみたいな不完全なおもちゃ、だぁいすき。』




パリン…


マグカップが割れた。
刺さる視線と視線、あと視線。


『ナマエ、僕と遊ぼう?』


ミランダ、リーバー、コムイが自分の背中を見ているのが気配でわかった。それから最後の言葉であろうロードの言葉にナマエは薄く笑う。


「…"不行"」


両手で押さえ込むように受話器を置いた。心臓が汗ばんだような気がした。(気持ち悪い。)


「…ナマエ?」


いつの間にか起きたコムイがナマエの細い肩に手を置いた。


「どうか、したのかい?」


寝起きの擦れた声が、耳に優しかった。


「…ううん、なんでもないっ」


うまく、笑えていただろうか。(最近は表情を出すのにも難しいと感じる。)






ぱっちりと金色の瞳が開眼した。


「おかえりなさイ。ロード。」


開いた目を隣に向ければロッキングチェアで編み物をしている伯爵がいた。ゆらゆらと前後に優しく揺れるその椅子は伯爵のお気に入りだ。ロードは伯爵の一定なリズムをしばらく見つめてから思い出したかのように歯を出して笑い、伯爵の膝へと飛び込んだ。


「千年公ー"ブーシン"って何ー!?」


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