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暗い、暗い、闇の中。どこかの異空間。二つの大きな光りがぱっちりと灯った。

灯った、というのはこちらの表現で、それは明かりではないことを訂正しよう。では何なのだ、というとそれは瞳。大きな瞳。子供独特の大きな瞳。瞳は楽しそうに細められ、次に小さな唇からくすくすと笑みを零した。少し厚底のローファー、紫とピンクのニーソックスを履いた少女は黒いプリーツスカートとびらびらとふんだんにフリルがついたブラウスを揺らし、それと一緒に元気よく跳ねた髪も揺らす。


「おやおや、楽しそうですね。ロード。」


少女の名はロード。金色の大きな瞳をした少女。ロードは丁寧に塗られた黒いマニキュアの指で口を抑えた。


「だって千年公、ティッキーんところのエクソシストがなんか化け物になってるよ。」

「これは…、随分と醜いですネ。」


と、言葉のわりには楽しそうに嬉しそうに言ったのは小さな丸眼鏡に兎のようにピンと張らした耳を横に生やす男。いや、この時点で「男」という言葉を形容していいのかわからない彼は千年公。またの名を千年伯爵。ふっくらとした体に花の蕾を逆さにしたようなコートを着て、頭には大きなシルクハットを被っている。


「ねぇ千年公、これ…何?」

「これはですね、奴らの言う『咎落ち』でス。」

「咎落ち?」


千年伯爵の張り裂けたような耳の高さまである大きな口を見つめてロードを首を傾げる。


「咎落ちってシンクロ率ゼロの人間にイノセンスシンクロさせたらなるやつじゃないのぉ?」

「そうでス。ですがこの場合ティキぽんに殺される前に命乞いしたからじゃないですカ?」

「はぁ?何それ、イノセンスって裏切ったら身内殺すの?残っ酷〜。」


カラカラと笑うロード。その顔からは同情の欠片も感じられない。千年伯爵は…、常に笑みを浮かべている。むき出しにされている歯は白く、よく手入れされている。


「まぁ、そこら辺が偽者の神の使徒というところでしょウ。」

「こいつ、あと何分で死ぬかな。」


まるで料理が出来上がるのを待つようなロードに伯爵も「そういえば、」と思い出したかのように声を出した。


「ロードは咎落ちの生き残りがいるのを知っていますカ?」


伯爵から出た言葉にロードの笑みは止まった。金色の瞳は大きく見開いてそれから疑うように細め伯爵を見つめ、伯爵はその瞳を常に浮かべている笑みで返すのだった。そして、ロードはまた楽しそうに笑った。


「なぁに、それ。」








啜り泣くような声が大聖堂のあちこちから聞こえてくる。友、部下、上司、ここにはたくさんの死者達が十字架を彫られた白い柩の中に眠っている。その中でナマエはローズクロスが描かれた白い布が被されている黒い柩に顔を埋めていた。彼女の長い髪が白い布の上に散らばり、気持ち程度に灯る蝋燭の火がそれを美しく照らし、まるで彼女を女神か天使のように演出していた。


「…おかえり、デイシャ…。」


細く、震えるような声が苦しげに出され、白く小さな手がデイシャ眠る柩を撫でた。泣いているのか、と問われるとわからなかった。彼女の表情は下を向いているし、見えたとしても彼女の髪がまるでヴェールのように表情を隠すのだ。


「ごめんね、…ごめん……、ごめんなさい…。」


いや、やはり泣いている。柩を撫でていた手が拳へと変わり、ふるふると震えていた。そんなナマエをミランダは柱の影で見つめていた。ここの所の彼女はいつもこうだ。暇さえあればふらりと大聖堂へと足を運び、柩の上でか細く泣き、「大丈夫?」と声をかければ何もなかったかのように不完全な笑顔を浮かべて笑うのだ。「大丈夫ですよ」と。一度、彼女からのイノセンスの鍛錬を受けていた時、零したように言っていたのをミランダは覚えている。彼女が今にも消えてしまうそうに呟いたものだから鮮明に覚えている。自分を抱きしめるように、自分のせいだと強く戒めるように、今にも崩れてしまいそうに、


『私がもう少し早く新しいゴーレムを飛ばしていたら、デイシャは助かった。』


ガラス細工のような彼女は言ったのだった。ミランダはナマエの気持ちを汲み取るように胸に手を当てて、ナマエへと近付いた。


「ナマエちゃん…。」


彼女の体はぴくりと少し揺れてから、ゆっくりと顔を上げた。表情は、不細工な不完全の笑みだ。


「ミランダさん、どうかしましたか?」


ミランダはそんなナマエに声はかけられず、小さく首を振った。


「ご飯は…、お昼は食べたの?」

「食べました。サンドイッチを食べましたよ。」


嘘だ。先程食堂へ行ってジェリーに言われたのだ。「ナマエがまだ来ていない」と。だから自分がナマエを探しに来たのだ。(別にそうでなくとも今ミランダが気軽に話しかけられるのは彼女ぐらいだから理由がなくても彼女を探してしまうのだが)


「さて、科学班フロアにでも行きましょうか。」


乱れた髪を整えて、ナマエは立ち上がった。慣れた手つきで髪を結んでその頭に可愛らしい団子を作ったナマエにミランダは首を傾げる。


「今、とても忙しそうよ?」


そう。今科学班は死にそうな顔をして仕事をしている奴はいない。いるのはそんな顔をするほど余裕がない科学班の人達。あちこちに急かす声やら怒号などが飛び交っている。そんな中、ナマエは一体何をするのだろう。ナマエはにっこりと笑った。


「だからですよ。兄さん達きっと根詰めているはずだから。」


コーヒーをいれるのを、手伝ってくれませんか?と笑った顔はいつものナマエの笑顔で、ミランダは安心したように肩の力が抜けていくのがわかった。そして、ゆっくりと頷いた。


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