人類最強のおさなづま一日目(4/4)

彼との初対面は、既に婚約が決まった後だった。女ながらも家の傾き具合を気にしていた私は、親の持ってきた縁談話の内容を深く聞かずに首を縦に振っていた。とにかく、両親と弟を養う金が欲しい。切実な願いだった。そんな浅ましい思いを抱きながら結婚相手の名前を聞いた時は目の前が真っ白になった。よく本でそんな表現が使われるが、そういう立場に陥った時、人は本当に真っ白になるのだと身を持って知った。
そして彼と初対面となる当日、あのリヴァイ兵士長と直接会うことに限界まで緊張した私は、また頭を真っ白にしてしまった、彼の目の前で。しかも眩暈付きで。その時、彼はくらりと立ち眩んだ私を抱きとめてくれた。人類最強に抱きとめられ、しかも目の前にある凶悪そうな顔に私は更にがっちがちに緊張してしまった。そしてそんな私を知ってか知らずか、人類最強はこう言ってのけたのだ。


『軽いな、ちゃんと内臓入ってんのか?』


入ってます。

―そんな苦々しい初対面を思い出しながら、私は皿を片付けた。その後は何回か会い、少しだけ会話してなんとなく会話らしい会話ができるようになったところで結婚という流れになった。
いまいち恋人期間というものがなく結婚を迎えたのだが大丈夫か…?と思っていたが、そんな結婚一日目も、もう終わろうとしている。


「寝るか。」

「っ、はい…」


片付けが終わり、後はもう就寝するだけになると彼がそう言い、私の心臓はばくりと大きく鳴った。
か、考えないようにしていたことが、間近に迫ってしまった。というよりもそれが目前だ。むしろそれを終えないと今日が終わらない。私は、いや私達は今、とてつもない大きな壁にぶちあたっている。すたすたと寝室へと向かう彼の後ろ姿はなんてこともないように感じるが、むしろそんな背中が私の緊張を更に高めていた。ああ、眩暈しそう。
初夜が、きた。


「おやすみ」

「はい、おやすみなさいませ。」


………。

………………。

………………ん?


寝室に入って、私を待ち構えていた二人用のベッドに私が躊躇していると、隣の彼がすたすたとベッドに入り短くそう告げるものだから反射で返す。
…返したはいいが、あ、あれ…となる私は異常だろうか…。一応、一般知識として結婚初夜がどういうものか大まかな知識を入れているはずだが、これは、この場合は…。


「どうした、寝ないのか。」

「いえ、ね、寝ます…!」


寝ます!寝ますとも!
でもしかし、こ、こんな感じで初夜というものが終わっていいのでしょうか。いえむしろそんな感じなのでしょうか。ウチはウチ、ヨソはヨソ。というものなの…?そうぐるぐる考えていた私に、先にベッドに入っていた彼が起き上がる。起き上がって、私の元へとやってくる。


「何してんだ。」

「はっ、い、いえ、とくに、あの、…っ!」


ふと、伸ばされた手に強張った私の体がびくりと跳ねる。しかしその手は何をすることもなく、ただ、あの出掛けた時のように私の頬に触れた。つい閉じた目をおそるおそる開くと、すぐそこに、私の顔を覗き込むようにして彼の顔があった。


「触るだけでこんなになってる女、すぐに抱かねぇよ。」

「………っ、」


あまりの距離の近さに、喉が引き攣る。
どくどくと心臓が鳴って、頭が白くなっていく。だ、だめ…、ここで白くなっては…。


「相変わらず仔犬みたいにビクビクしやがって。」


こ、いぬ…?
言葉のわりには、彼の声音は優しく聞えた。ただ、近すぎる距離に、私はまた目を強く瞑ってしまう。すると膝裏に固いものが回って、きゃぁと声をあげる前に、私の体はまるで幼子を抱くように彼に持ち上げられてしまう。


「ひぁっ…、あ、あの、っ」

「大人しくもう寝ろ。俺は眠い。」


そう言ってぐんっと体を横にされ、ベッドに落とされる感覚に思わず彼の首に抱き付く。


「………」


しかし私は落ちることなく、ゆっくり、ぽすんとベッドに落とされた。あまりにも勢いのあった振りに、すぐからかわれたのだと気付く。


「〜〜〜っ!び、びっくりしました…!!」

「びっくりさせようとしたからな。」

「っ、ひ、ひどいです…!ずるいです…!こ、怖かったです…!」

「そりゃぁ………悪かったな。」


私をベッドにおろした腕が離れ、その腕が、手が、私の額を撫でた。
そして。


「おやすみ、なまえ。」


とびきり甘い声と、触れるだけの口付けが、私の額に落ちた。



人類最強のおさなづま

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