人類最強のおさなづま一日目(3/4)

家が貧乏で良かったと今思った。
貴族の娘であるのなら、本来台所なんて立たずにのんびりと茶を飲んでいるところであろう。しかし今の私には代わりに食事を作ってくれる召使いはいない。むしろ召使いなんて実家に帰っても片手で足りるくらいの人数だった。それくらい我が家の暮らしは貧乏だった。おかげで炊事洗濯はある程度できる、はず。


「さて。」


結婚生活一日目。
流石の兵長殿も一日目はこちらに帰ってきてくれるそうなので、夕食は豪勢にしよう。もちろん、今の時代豪勢なんてたかが知れているけど、今日は記念日となる日なのだ。それくらいの華やかさは必要だと思う。


「片付けも終わったし、夕飯の準備に取り掛かりましょうか。」


元々嫁入りのための持ってきた荷物は少ない。そもそも家が貧乏だったから売れるものは売ってしまっているため手持ちのものが少ない。なので持ってきたトランク一つで片付けは終わってしまう。ありがたい事に必要な家具達は、あの人が揃えてくれているみたいだ。


「あっちからベーコンをもらってきたし、お野菜もあるから……。」


ベーコンを厚く切ったミネストローネを今夜のメインにしよう。それからカリカリに焼いたベーコンをのせたサラダに、バゲットと豆をすり潰したソース。魚にチーズをのせて焼いたものもプラスしてしまおうか。甘いものは平気みたいだし、食後に何か口直しも作っておこう。


「兵長の妻だもの。記念日でもバランスのいい食事を心がけなくちゃ。」


兵として体を鍛えているのは間違いない。体は小さい方みたいだが、先程頬に触れた手は固く大きかった。
ふと、彼が触れた頬に手をあてる。調査兵団のことは良く知らないが、剣を扱う指は皮が厚く、太い。撫でられた顎は簡単に持ち上がってしまった。
………って、思い出して微かに頬が熱くなる。


「夕飯の準備しなくちゃ…!」


彼の指先の感覚を振り払い、前掛けをして夕飯の支度に取り掛かる。
私の料理がそのままあの人の体を造ることになる。口に合えば良いのだが………。



***


座った席から窓を見ると、暗闇の中、月が煌々と光っていた。星も散らばり、見事な夜空だと思えるのは、もう辺りは明かりを消して就寝しているからだろう。目の前で揺れる蝋燭が眩しい。


「遅い…な。」


彼はまだ帰宅していなかった。
夕飯は彼が戻ったらよそろうと思って、白い皿だけが寂しく並んでいる。もしかすると今日は戻ってこないのかもしれない。急な用ができてしまったとか、急にあちらで泊まりになってしまったとか。…もうご飯は、あちらで済ましてしまったとか。元々ここにはあまり帰ってこれないとも言っていたし、そもそも、ここはあの人にとって『帰る』場所ではないのかも……しれない。
それはそれで、寂しい。
…なんて、リヴァイ兵長を怖がってた女の言う言葉じゃないな。そう苦笑している自分が映るグラスを指で弾いた時だ。遅い時間を憚った扉の押し開かれる音がした。はっと顔をあげて音のした方へ向けば、そこには待ちに待った少し驚いた様子の旦那様がいた。


「おかえりなさいっ」


まさかこんな時間に帰ってきてくれるとは思ってなくて、思わず嬉しくなって声をあげてしまった。少し張ってしまった声に慌てて口を抑えて誤魔化すように笑う。


「こんな遅くまでお疲れ様です。夕飯はどうしますか?もう済ましてしまいましたか?」

「いや……、それよりも、こんな時間まで…。ずっと待ってたのか…。」

「はい。お帰りになると聞いていたので。では、夕飯の準備をしてもよろしいですか?」

「……頼む。」

「はい。」


良かった、帰ってきてくれた。
こんな時間まで夕飯も食べずに、帰ってきてくれた。そんな当たり前のことがすごく嬉しくて、顔がだらしなくにやけてしまう。彼に背を向け台所の前で緩む頬をぺちりと叩いて鍋を温め直す。サラダを盛り付け、バゲットとソースを机に並べると、ぽんっと何かが抜けた音がした。その音の正体は、彼が持ってるワインだった。


「エルヴィンから、結婚祝いにもらった。飲めるか?」

「まぁ……ありがとうございます。それでは…、少しだけ頂きます。」

「なら、一杯だけ付き合え。」

「はい。」


深紅の液体が透明のグラスを満たす。
そこには、目を細めた私と旦那様が映っていた。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -