意地の悪い男


蹴られた腹が地味に痛くて神田は舌を打った。彼女は怒らすと手ではなく足が出る。あんな細い足でなぜこうなるのか、それは小さい体なりに体全体を動かし、かつ人体の急所を然り気無く狙うからだ。


「神田?何してんだ。」

「………。」


追い出されたナマエの部屋の前で溜め息と一緒に小さく肩を落とせば階段を上がってきたユーリに鉢合わせる。手には何やら白い箱がある。…ケーキだろうか。


「テメェこそ何してんだ。」


今日は宿が決まったから夜まで自由行動ではなかったのか。エステルはリタと一緒に本屋へ出掛け、カロルはラピードと街の探索、レイヴンはすれ違った女性に目を奪われ、ジュディスは知らないが、彼女は大丈夫だろう。そんな中ユーリもふらりと出掛けていて、残ったナマエと神田は宿でゆっくりしていたのだ。


「ん?あぁ、ジュディと一緒に茶飲んでた。あと美味そうだったからナマエに土産。」


と白い箱片手にこちらへとやってきたユーリと一緒に甘ったるい匂いがして神田は眉を寄せる。


「……茶を飲むのと土産、どっちが本当だか。」


そう神田が言えばユーリは口端を上げて「やっぱバレたか。」と笑った。


「…いや、でもジュディと茶を飲んだのはホント。ケーキはナマエと一緒に食おうかと。」


最後に軽く「お前も食うか」なんて笑われて神田は小さくこめかみが引き攣った。ここが宿でなければ、ナマエの部屋の前でなければ、箱ごと斬り捨てていた。しかしそんな事、今さっきナマエに腹を蹴られた神田にはできなかった。


「神田は?」

「あ?」

「ナマエの部屋の前で何してんだよ。」


皮肉たっぷりのユーリの笑みにまさか追い出されただなんて言えない。でも目の前の男は気付いている。自分が追い出された事を知ってわざと聞いている。意地の悪い男だ。


「ナマエが…、」

「ナマエが?」

「…………………。」

「何だよ。」

「…何でもない。今部屋入っても蹴られるだけだぞ。」

「何したんだよお前…。」


本当、意地の悪い男だ。



ナマエがお前の話ばっかりする、なんて絶対言うものか。


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