影、反撃
ユーリは初めて見るナマエの寝顔に静かに身を屈めた。艶々した漆黒の髪に白皙の肌。花弁を散らしたかのような頬にふっくらとした可愛らしい唇。その小さな唇からはすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえる。
初めてナマエの寝顔を見た。今まで幾度も野宿や雑魚寝をしてきたが、こんな安心しきったナマエの寝顔は初めてだ。
ユーリはナマエに引き寄せられるように白皙の顔に触れた。最初は何かの硝子細工に触れるかのように、次はナマエの体温を計るように手の甲で輪郭を撫でる。次は手のひらでその小さな顔を包んだ。
(…ちっさ……。)
そしてなんて柔らかい肌なのだろう。この感触を自分より前に知っていた奴がいると思うだけで苛立ちと嫉妬が同時に沸き上がる。いや、やめよう。今は、今だけは神田の事を考えるのは。やっとナマエに会えたのだ。起きているナマエに会えなかったのは残念だが、神田に初めて会った時からだいぶ会っていないし声も聞いていなかった。今はこの静かな寝息を聞くだけでも十分満たされる。もう少し、神田が部屋に帰ってくるこの間だけでも、
ユーリはナマエの唇を親指でゆっくり撫で、その小さな唇に触れるようなキスを落とした。
なんて一瞬。
なんて甘さ。
なんて、愛しさ。
「ユ、ウ…。」
しかし小さな唇から零れるのは残酷にも自分ではなく、彼女が愛しい者と想う名前。それにユーリは薄く笑い、優しくナマエの頬をつねった。
「俺はユーリだっつーの。」
ひやり、と
「……死にたいようだな。」
殺気と剣先がうなじに突き付けられた。
ユーリはそれに目を細め、神田を鼻で笑った。
「お前って意外と余裕ないんだな。」
「…何の話だ。」
「まるでナマエを閉じ込めてるように見えるぜ。」
「…コイツは脱走が趣味みたいなもんだからな。」
「見張り、手伝うぜ。」
「断る。羊の番を狼に任せるつもりはない。」
「『待て』ぐらいはできる。『ゴチソウサマ』は我慢できないけどな。」
そう口端を上げたユーリに、神田は眉を寄せた。
我慢は、もうやめた。
[*prev] [next#]