張り裂ける心臓


歴然とした力の差を見せ付けられた気がした。


先程まで斬っても斬ってもキリがないと思っていた魔物が一瞬で、突然現れた長い髪の男の一振りで消え去った。男が持つその銀色に輝く美しい剣には魔物の血は一滴も付いていない。鋭利な光が刀身を輝かせているだけだ。残っていた魔物を跡形もなく全滅させた男はユーリ達を一瞥した後、剣を背中に納めた。そして意識を手離し、ぐったりとその場に倒れたナマエの半身をゆっくりと抱き上げて、抱えようとした所でユーリは我に帰った。


「ちょ、お前…」


ナマエをどうする気だ、と足を進めた瞬間、黒髪の男はその背中の剣のように鋭い瞳をユーリに向けた。そして、唸るように低い声を小さく、しかししっかりと発した。


「近付くな。」

「…っ」


両足を杭で打たれたように、足が動かなくなった。

その男の声に、

言葉に、

瞳に、

気迫に。


意識がなく、なんとか浅い呼吸を繰り返しているナマエを抱き上げている腕はとても優しく感じる。なのに、自分に向けられている全ては、まるで刃物のように、鋭い。ユーリは唾を飲み込む。


「ま、待ってください…!」


ユーリと男が自然と、互いに剣を構えた時エステルが間に入るようにして男の前に立った。エステルは両手を握って、まるで祈るかのようにして男を見上げた。


「私、エステリーゼと申します。ナマエと一緒に旅をしていた、仲間です。貴方は…、」

「仲間…?」


仲間、というエステルの言葉に男は不快そうに目を細めた。そしてナマエを一瞥した後、背中の剣をするりと抜刀し、その切っ先をエステルに向けた。


「エステル…!」


それを見たリタが身を乗り出したが、エステルはそれを目で制した。緊迫した空気をエステルは呑み込み、ここは任せて欲しい、とリタに頷いた。


「仲間…です。一緒に旅をして、一緒に戦って、互いに助け合った、大切な仲間…です。」

「黙れ。それ以上言ったら殺す。」

「黙りませんっ…!ナマエを返して頂くまで私はっ…」

「エステル…!」


エステルの言葉に男の空気が凍り付いたのがわかってユーリはエステルの腕を引き、後ろに投げた。案の定、エステルがそのまま後ろによろめいた瞬間に男の切っ先がユーリの頬を掠め赤い線を真っ直ぐに引いた。


「ッ、」

「ユーリ!」

「返して…だと?…ふざけんのも大概にしろ。」


男がナマエを抱き寄せて、剣を構え直した。氷柱のような男の殺気が、痛くて苦しい。


「コイツは元々俺のもんだ。勝手にかっさらって、こんなになるまで衰弱させたのは、テメェらだ。」

「…っ、さっきからテメーは…!!」


ナマエの細い首筋に男が顔を寄せた瞬間、ユーリの頭が沸騰したかのように熱くなった。気が付いた時には自分は剣を男に向けて斬りかかろうとしていた。瞬間、エステルに「ユーリ!駄目…!」と聞こえたが止まらなかった。男の息が、ナマエの首筋にかかったように見えて、全身がカッと熱くなった。


しかし、


ぎぃんっ、と鈍い鉄の音と一緒にユーリは男の一太刀に弾き飛ばされた。どさり、と全身を地面に強く打ち、エステルがすぐに駆け寄って男の次の太刀を盾で防いだ。


「…貴方の…!貴方のお名前は…!」

「…聞いてどうする。」

「よくナマエが、ナマエの世界の人達の話をしてくれました。…貴方は、ナマエの何です?」

「…………。」


小さな火花を散らして、男はエステルの盾を弾いた。しかし先程のユーリを弾き飛ばした程の力はない。少しの間合いができるくらいに、エステルを弾いた。

男は切っ先を下げ、エステルの後ろにいるユーリを、強く睨み、短く答えた。





「神田だ。」






ユーリの中で、

何かが悲鳴を上げた。


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