止まない雨
さらり、と流れた黒髪にナマエは微笑んだ。ここのところ毎日降る雨に鬱陶しくなって払っただけの動作というのに。ユーリは自分にあまりにも優しい笑みを向けたナマエに首を傾げた。
「何だよ。なんか付いてたか?」
「あ、ううん。あまり気を使ってないわりには綺麗な黒髪だなぁ、と。」
「悪かったな。どうせ何もしてねぇよ。」
そうユーリが言えばナマエがまた笑った。先程の微笑みではない。今度は、いつも自分が見ている笑顔だ。少し勝ち気な目を細めて笑う顔だ。しかし、先程の笑みは違った。あれには、思わずドキリとさせられてしまった。女性の微笑みと言えばいいのだろうか。見たことのない柔らかい表情をして、まるで表情全てから愛を囁かれているような…、
「ユーリ、鬱陶しいなら髪結んであげる。」
「お、悪いな。頼む。」
すぅ、とナマエの細い指が自分の髪に通ったのがわかった。櫛を入れて髪を一つに結い上げてくれるその流れは慣れたものだった。ナマエはいつも綺麗な団子を自身に結い上げている。他人の髪を結ぶなんてきっと雑作もないことなのだろう。
(…いや、違う。)
ユーリはナマエの指先を感じながら、目を伏せた。
「ユーリ、キツくない?」
「……………。」
「ユーリ…?」
彼女はきっと、誰かの髪を毎日結っていたのだ。きっと、自分と同じ黒髪の長髪を。
ユーリはじりっとした胸の燻りを感じながらも、ナマエに少しだけ振り返って、溜め息混じりに笑った。
「『ユウ』にも毎日結んでやってたのか?」
そうユーリが言えば、ナマエはまた見たこともない顔で優しく微笑んだ。
窓から見える雨はまだ止みそうもなかった。(その微笑みは、俺に向けられることはない。)
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