見えない相手


髪を下ろしたナマエはいつ見ても不思議な感じがする。常にきっちりと団子に結んでいるからだろうか。
肩に流れた黒髪は艶やかで夜に見る静かな川のようだ。真っ直ぐに伸びたそれはクセなどなく、指を入れたらきっと絡むことなどなく落ちていくのだろう。


「なぁに?ユーリ」

「…ん?」

「ん、って…。なんかずっと私見てたから。」


何か付いてる?と小首を傾げながら湯上がりで血色の良くなった頬に小さな手をあてるナマエに(可愛いコトするじゃねぇか…)とユーリは目を細めながら滑らかな黒髪を指差した。


「糸屑、ついてる。」

「え?あ、タオルのかな…。ん?…どこどこ?」

「そこ…、取ってやるよ」


机を挟んで身を乗り出したユーリの目に糸屑など入っていない。そもそも流れる黒髪に糸屑どころか塵もついていない。ユーリはナマエの髪に手を伸ばし、一房取って触れた。


(あぁ…、)


なんて、細く、柔らかな髪なのだろう。

湿った黒髪は微かな温かさを残しつつ毛先は冷たい。思った通り絡むことを知らない黒髪に指が吸い付くようだ。指に絡めてくるりと毛先を遊べば髪はユーリの手から逃げるようにすり抜けた。
もっと、触っていたかった。許されるなら、その黒髪に唇を埋めて、口付けて、ここからでも香る彼女の甘い香りを直に嗅いでいたい。


「取れた?」

「取れた」

「ありがとう、ユーリ」


ここで、まだ、まだ取れない、と言えばまた彼女の髪に触れられただろう。だが、どうしてか、机の上に置かれてる深紅の髪紐がやけに目に入って、触れることを躊躇わせた。





(確かな、存在感。)


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