オオカミ青年と魔女



人里から遠く離れた、森の奥深くに魔女の小屋はあった。そこに住む魔女の名前はナマエ。一見、ただの普通の村娘にしか見えないが、その手から作り出す薬や滋養剤、魔物よけの薬は効果抜群、人から重宝…されるようになった。


「ローウェル、邪魔」

「…む。なら何処なら邪魔じゃないんだよ。」

「……外?」

「そっ…!」


小さな小屋ん中で忙しなく動き回り、鍋をかき回したり調合したり袋詰めをするナマエは納品日が近いからか、それとも新しい取引先が増えたからか朝から俺に構ってくれてない。おまけに邪魔と言われ外にまで追い出されそうになったが、そこは俺の我儘で居座る。壁際に椅子を置いてそこに腰掛けるようにした。
以前よりももっとナマエの薬が知られ、ナマエの懐が潤うのは、こんな慎ましい生活を送っていたのを見てた俺としてはすごく嬉しい。実家の方にも前よりもいくらか送れるようになったと嬉しそうに話していたし(可愛かった)。


「…お袋さん、具合だいぶ良くなったんだって?」

「ええ、どっかの狼さんが食べ物をこっそり送ってるらしいからね。」

「……………。」


…レイヴンか。あのおっさん、黙ってろって言ったのに…。
キュモールの件が片付き、ナマエはこの小屋を捨て実家に暮らすと思っていた。母親も弟もいるし。しかしまだあの小屋に居続けると言った理由が、薬を作るのにこの小屋は最適な場所だから、だった。なんともナマエらしい回答に、レイヴンが「それなら俺様もまたちょびちょび見にくるよ」と言い、それにつられ俺もナマエの家に何回かこっそり遊びにきている。バレてしまったが、狩りで狩った肉とか、俺でもわかるくらいの木の実とか。
それとレイヴンのもう一人のご主人様とやらだが…、残念ながらわかってはいないものの、なぜナマエを気にかけていたか、の理由をこの間教えてもらった。
レイヴンが言っていた『ちょっとした経由』、それはナマエの親父さんだった。娼婦を追っかけて消えたというナマエの親父さんは、実は娼婦に仕事の話を持ちかけられ追いかけたところを身ぐるみ剥がされ帰れなくなったという。そしてそこを偶然通りかかったレイヴンのご主人様が拾ったらしい。
その事は、ナマエのお袋さんは知っていた。テッドはわかってなさそうだが、ナマエはどうだろう。ちゃんとわかっているような気がする。


「なぁに、じっと見詰めちゃって。」

「いーや、今日も俺の魔女さんは可愛いなって。」

「…ばーか。暇なら庭に干してる薬草取ってきてくれる?」

「へいへい。」


照れた顔は本当に可愛いな、なんて思いつつ狼を顎で使う人間もなかなか居ないぞ…って魔女だった。ブーツの踵を鳴らしながら小屋を出て、庭先に広げてある薬草を回収。未だに何が何の薬草なのかサッパリわからないが、こうして一緒にいれば何種類かは覚えられるだろうか。…いや、一緒にいるなら覚えなくてもいいか。


「ほらよ。」

「ありがとう、そこに置いといて。」


そこって…と隙間なく机には器材やら材料やらが所狭しと置かれているのに何処に置けばいいんだろうな、と肩を落とし、仕方ないので今しがた座っていた椅子に籠ごと薬草を置いた。
これじゃぁナマエが俺に構ってくれるのは(正しくは俺が一方的にナマエに絡んでいる、というのは都合よく解釈しておく)夕方過ぎた頃か…?いやもしかすると納品日過ぎるまで…?おいおい待てよ、キュモールの件が片付いて、お袋さんも良くなって、問題らしい問題が片付いたらまたナマエとゆっくりできると思ったのに。


「なーナマエ。いつになったら手があくんだよ。」


そう拗ねてみせると、ナマエはきょとりと目を丸くさせた後、また何でもなかったかのように作業に戻った。


「窓辺にグミあるから食べていいわよ。」


おやつじゃねーよ!(あとで頂くけどな!)と言うのをグッと堪えて、俺はもう我慢ならんと薬造りに勤しむナマエの背後に立ち、その腰に腕を回した。


「ちょっとローウェル…、」

「俺はグミよりもナマエが食べたいんだけど。」


抱いた腕を引き寄せ、隙間なくナマエにくっ付く。


「…『待て』ぐらいはできないの?」

「俺、犬じゃないし。オオカミだから。だからいい加減アンタを食べたくて仕方ないんだけど。」

「…あら怖い。」


細められた目は何処か挑発的で、俺の獣の部分をじりじりと焚き付ける。この魔女さんは俺を煽るのがお上手だ。でも食べさしてくれないし味見さえもさせてくれない。けれど、そこがいいなんて言ってしまえばきっとフレンあたりにまた嫌な顔をされそうだ。


「ローウェル。」

「ん?って、あ、おい!」

「そんなことよりも、夕飯を何か調達してきてくれるかしら。」


名前を呼ばれた一瞬の隙にナマエが俺の腕からするりと抜けた。あーくそっ、食べさせもしないし味見もさせてくれないし黙って掴まっててもくれない。しかもそんなことって言われた!そんなこと!


「夕飯ー?」

「そ。今日はここで食べて行かないの?食べないなら別にいいけど。」

「冗談、ここで食べてくに決まってるだろ。」


なんでナマエに構ってもらってないのに食事もしないで帰るんだよ。別に構ってもらっても夕飯食ってから帰るけどな!


「なるべく毒のないものにしてね。あとが大変だから。」

「一応気をつけとくよ。」


あー、締まらない、締まんねぇな…。今までも何度かナマエと良い感じになって何度もそういう機会があったというのに、何故かタイミングよく邪魔が入る。そして今度こそ邪魔がなくイケると思ってもナマエにひらりとかわされちまう。なんだ、これ、俺の一方的な片想いなのか(別にその内落とせばいいからそれはそれで問題はないんだが)、ナマエもまんざらじゃない顔するから妙に期待してしまう。しかし、それなのに…、というところだ。


(まったくガードの固い魔女さんだぜ…)


なんて頭の裏を掻きながら嘆息し、再び小屋の外に出たその時だ。


「ユーリ」

「…え?」


スカートを翻したナマエが俺の肩に手をついて踵をあげた。そして、柔らかい何かが唇に押し付けられる。
一瞬、ナマエの顔がものすごく近くにあったような気がした。


「いってらっしゃい、気を付けてね。」


自分に一体何が起きたのかわからなくて、にっこりと微笑むナマエにぽかりと口を開けていると、何事もなかったかのように小屋へと戻っていくナマエの後ろ姿があって…いや…、待て。いやいやいや待て待て待て!


「おい!ナマエ!待て!今のっ、なにっ!もう一回!」

「あらやだ、怖ぁい狼さんに食べられちゃう。」


捕まえようとした腕さえもするりと抜けて行ってしまうナマエに頬が緩む。
ナマエ、知ってるよな?オオカミって、逃げる獲物を追い掛ける習性があるって。

例えそれが、魔女であろうとも。



オオカミ青年と魔女ナマエ

 


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