オオカミ青年と決着
興奮して動作がいちいち大振りになっているキュモールからの攻撃を避け、再度大きく振り上げられたのを見て俺はその懐へと飛び込んだ。
「腹ァ括れよ!」
キィンと小気味いい音を部屋に響かせ、キュモールの剣は弾き飛ばされた。鈍い音で絨毯を貫き床に突き刺さった剣と同時にキュモールが反動で尻持ちをついた。「ひっ」と喉を引き攣らせたキュモールは俺を怯えた目で見上げるが、悪いなキュモール。お前は俺を馬鹿にしすぎた。
「ローウェル!」
「…わかってる。」
俺らの(一方的な)攻防を見守っていたナマエから再度「殺すな」と言われる。わかってる、こんな男ナマエにとっては殺す価値もない。だが、俺からすれば十分にあるんだよ。俺の獲物に唾付けた代償はでかい。殺しはしない、しかし殺す前までは、する。
「た、頼む、やめろ…やめてくれ!」
床に刺さった剣を抜き取りゴツゴツとブーツを鳴らし、キュモールの前に立つ。そしておもむろに剣を持ち直し、その切っ先をキュモールの首に突き付けた。先程までぎらりと光り俺を映していた刀身は、今や持ち主の情けないの顔を映していた。
「キュモール、おいたが過ぎたな。」
「…やめて、くれ…!」
「ナマエに言われたし、そうしてやりたいのは山々だがな。俺、オオカミだから。」
そういう衝動って、なかなか抑えきれないんだよ。欲しいと思ったものは手に入れるまで欲しいし、気に入ったものは誰かへ触らせたくもないし見せたくもない。殺してやりたいと思ったら、殺したいんだよ。
自分でも、瞳が細く、縦長になっていくのがわかる。終わりだ、キュモール。
「はいはーい、そこまでー。」
刀身を返した瞬間、俺とキュモール以外の影が見え、間のびした声と共にそれが落ちてきた。
「レイヴン…!」
足音立てずに俺とキュモールの間に落ちてきた鴉は、やんわりと剣を掴み押し返す。
「青年、おっさんが言ってたこと忘れた?」
「……忘れてねーよ。レイヴンに言われてなくても、ナマエに言われてる。」
「そ。ならこんな物騒なもんはしまってしまって。」
一瞬、レイヴンの目が有無を言わさないものに光り、言葉に詰まったことを誤魔化すよう舌打ちしてみせた。剣を床に突き刺した俺にレイヴンはにんまりと笑ってみせ、キュモールの前に座り込んだ。
「アレクサンダー・フォン・キュモール。貴殿が領地で行った所業全部調べさせてもらったわ。書類も色々押収させてもらいマシタ。」
「……は、何を…言って、」
狼の次は鴉の登場、腰を抜かしたまま訳がわからないとばかりに声を震わすキュモールに、レイヴンが菖蒲色の外套を片翼だけ広げる。そこには先程レイヴンが言った押収したものがあるのだろう。キュモールは息を呑み、目をぐるりと丸くさせた。
「な、貴様っ、こんなことして許されるとでも!僕はキュモール家の次期当主だぞ!」
「次期当主だからでしょ。こんな無茶苦茶な増税繰り返してバレないとでも思ったの?ん?」
「ここっ、は!僕の領地だ!鴉ごときにとやかく言われも、狼に侵入される言われも、魔女がのうのうと暮らしていい権利も、ない!!」
一歩踏み出した俺の袖を、ナマエが小さく引っ張った。そして小さく首を振った。何もするな、ということではない。あの鴉に全て任せろ、ということだ。
「はー…っ、キュモール家も先が思いやられるねぇ。こんなのが次期当主なんて。」
「口を慎め!薄汚い鴉め!誰に口をきいているっ!!」
ヤケを起こしているのか、キュモールは焦点のあってない目で、唾が飛ぶのも気にせずレイヴンに声をあげていた。気持ち悪く化粧された顔が、さらに見苦しい。そんなキュモールにレイヴンが大きく肩を落としたと思ったら、背中からでもわかる……、レイヴンの纏う空気が変わった。
「その言葉、そのままそっくりお前に返す。」
一言。
低く、唸るような声が部屋に響いた。
およそレイヴンから発せられた声とは思えない。
その低い声に、心当たりがあるのかキュモールが瞳が小さく小さく縮こまっていく。
「…そ、んな……まさか……、おま、え…」
こちらに背中を向けるレイヴンが今、どんな顔をしているのかは見えない。しかしいつもの飄々とした顔ではないというのは一目瞭然だ。
「馬鹿な……、閣下が…こんなド田舎を、気にする…はずが、」
「どんな辺境の地でも、あの方の手の届く場所はあの方のものだ。勝手な振る舞いは許されない。」
「僕は……、ぼくは………あ、ああ……っ」
切り裂くような叫び声があがった。
「ッ!」
耳の奥を通って脳内に響くキュモールの声に思わず顔を顰める。
「ユーリ!」
レイヴンに名前を呼ばれた時にはもう、キュモールは頭を抱え髪を振り回しながら突き刺さった剣を抜き、その切っ先をナマエに向けていた。しまった。すぐにナマエを背に庇うも、何故かナマエが制した俺の腕をするりと抜けた。
「ナマエッ!」
馬鹿戻れ!そう掴もうとした袖はひらりとかわされる。そして剣を振り上げたキュモールに対峙するように、ナマエも大きく腕を振り上げた。
振り上げたと同時に視界に広がるのは、目を覆いたくなる程の黄色い粉……。
ああ、あれは―――
オオカミ青年と決着
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