オオカミ青年の牙


解いたナマエの腕が俺の背中に回され、ナマエの柔らかな頬が首筋に擦り付けられる。まるで仔猫が甘えてくるような仕草に腹の底から熱いのが沸き上がる。なんだ、この魔女は。可愛すぎて頭からがぶりと喰らい付いてやりたい。……初めてだ。ナマエから抱き締められたのは。いや、むしろこうしてちゃんと抱き締めたこと自体これが初めてだ。後ろからとかじゃなく、お互いの存在を確かめるような、目と目が合う正面からのは。


「ナマエ…」


無意識に腕の中の魔女の名前を口にし、鼻腔一杯に広がるナマエの香りに誘われ、頭を撫で抱いた。
しかし、抱き寄せ耳の上辺りに指をいれた瞬間、ナマエの顔が顰められたのを俺は見逃さなかった。


「ナマエ…?どこか痛むのか。」

「…たいしたこと、ないわ。」

「ナマエ。」


確かに痛そうな顔をしたクセに強がるナマエを軽く睨むと、今までなら「本当に問題ない」とでも言うようにツンとそらされる目が、ゆらゆらと揺れて伏せられ、額が俺の肩に落ちた。


「抵抗して、そこのベッドから落ちたの。頭の横が少し…痛いわ。」


するりと擦りついているナマエに、いやまさか、でもまさか、そんなまさか…そんなたくさんのまさかが泡のように浮かび上がっては俺の心臓を躍らせる。


(ナマエが、俺に甘えてる…?)


もしくは、頼ってくれている。でも甘えている、頼っているという答えより一歩足りない気がする。けれど今までのナマエを思えばこの行為と弱弱しい声は、そう捉えても間違いではないと思う。先程から胸いっぱいに香るナマエの匂いにくらくらしているのか、それともナマエにくらくらしているのか、目の奥がぐらつきそうになる。多分、どっちもだ。


「ここ?」

「もう少し、そう、そこ。」

「ああ…、少し腫れてる。痛い?」

「ええ。」


なんか、素直、だ。
ナマエがなんかすごくすなおだ(あ、あまりの動揺にカタコトになる…!)。しかもさっきから俺の背中んとこきゅって握ってて、どうする、すごく可愛いんだが。…あ、いや、そ、その前にぶつけたとこだ。ベッドから落ちたって、このベッドか?(あーもーキュモール殺せば良かった。言うこと聞かずに殺せば良かった。)


「っ…」

「ちょっと我慢な。」


ちゅ、とぶつけたところに唇を押し付ける。手当て、とは言わないが口当て?唇当て?まぁ、どっちでもいい。そんなつもりで腫れたところにキスをした。ナマエはそれでさえぴくりと目を細めたが嫌がりはしなかった(どーすんの、これすっごい可愛いんデスケド)。可愛くない(いや俺からすると可愛いんだけど)(むしろナマエだから可愛く思えてきたんだけど)生意気な返事もしない、普段と違って大人しいナマエに俺の欲がむくむくと湧き上がる。変な気分に、乾いた自分の唇を舐めた。


「ロ、ローウェル…」

「ん、まだ大人しくな。」


ナマエが強い抵抗を示さないのをいいことに、ちゅ、ちゅ、と本能の赴くままナマエの色んなとこに口付けた。

ぶつけたところ、

こめかみ、

髪、

耳、

頬、

目尻。


そして…。
息が触れ合う距離に、視線が絡む距離に、心臓が今だとばかりに止まった気がした。一呼吸置いて静かに伏せられた睫毛を合図に、ナマエと俺の唇が重なる。

はずだった。


「死ねよ狼ぃっ!」


つんざくような声と一緒にギラついた剣が振り下ろされた。あと1秒…いや30秒くらい大人しく空気読めねぇのかと舌打ちし、ナマエを抱きかかえ、振り下ろされたところから飛び退いた。


「…なぁナマエ、殺していいよな殺していいと思うんだが。あとちょっとだったよな。」

「………き、聞かないで。」


抱いたナマエを下ろし、後ろに下がらせる。いつの間にか立ち上がっていたキュモールは腰の剣を抜き、貴族らしい型通りの美しい構えで俺に剣先を向けていた、震えてはいるがな。やや逃げ腰気味のキュモールに口端がつり上がる。


「へぇ…狼の俺とやろうっての?」


久々の『狩り』以外の戦闘に腕が鳴る。屋敷侵入した時は全部急所一撃で遊ぶ間もなかったし、早く思いっきり体を動かしたい。そう肩を回すと、それにさえびくりと震えあがったキュモールが誤魔化すように上擦った声をあげた。


「狼風情が…、ぼ、僕を襲った罪は重いよ…!」


声でさえ情けなくも震えているキュモールの言葉に俺は目を細めた。
…お前を襲った罪?は?何を言ってんだこの男は。
俺からナマエを奪い、さらにナマエを襲おうとしたお前がどうして俺に罪を訴える?馬鹿いうな。お前は加害者であり被害者ではない。お前が被害者面する権利など一つもない。例えナマエの夫だろうが領主だろうが、俺の獲物に手を出す権利なんてお前には、1ミリもないんだよ。


「はしゃぎすぎたな、キュモール。」


そろそろ舞台から降りてくんねぇかな。



オオカミ青年の牙


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