オオカミ青年の救出


ある日、森の中。一人の魔女に出会った。

息を呑むほどの美人でもなく、ついつい守ってあげたくなるほど可愛い女でもない、ただの普通の女。そう、普通の女。ただ、『普通の女』というよりも少しばかりパンチがききすぎてて一瞬顔を顰めてしまうのだが、慣れるとその味がクセになってくる。そしてその味でさえ味わい深いものになっていく。噛めば噛むほどって感じだ。そうだな、ナマエが作ったグミみたいだ。放り込むと唾を誘うような酸味が広がり、ぐにぐにとした変な食感を楽しむと、いつの間にか口の中に甘さが広がって、あともう一個。そんなおねだりをしてしまう。


「ナマエ!」


再度、この階の奥の部屋から鈍い音がし、間違いないナマエはここにいる、という根拠のない謎の勢いで扉を蹴破った。
いつの間にか日は暮れていて、辺りは暗くなり始めたにも関わらずこの部屋は明かりがついていなかった。だが、俺は夜目がきく。毛の長い絨毯の上に探していた女がぐったりと倒れ、見知らぬ男がその上に圧し掛かっている光景を見つけるに時間はいらなかった。


「ロー…ウェル…?」


ただ、自分の目に何が映っているのかしばらく理解できていなくて、男の下で衣服を乱したナマエがうっすらと目を開け、か細くも驚いたような声を出した。
瞬間、頭がぐらりとする程熱くなったにも関わらず、心臓あたりの胸が氷水にさらしたかのように冷えた。そしてナマエに馬乗りになっているやたら派手な色合いの服を着た男を、「ああコイツ殺さないとな」と思えた。


「ひ、ぃっ、狼…!?」


なんて、人間らしい驚き方をしてくれた男はナマエの上から飛び退いた、というよりも俺(狼)に腰を抜かしたかのようだ。勿忘草色の長い髪の男はたっぷりと口紅が塗られた唇を引き攣らせ、いかにもヒステリックそうな細い声を出した。こいつが…キュモール。


「ち、ちっ近付くな狼…!!み、見張り…見張りは!?」

「持ち場でぐっすり寝てるよ。」


ゴツ、ゴツ、とブーツを鳴らしながらゆっくりと男へと近付き、男は尻をつきながら距離を取ろうとする。残念だが、俺がこの部屋の扉から出てきた時点で、お前の逃げの選択肢は窓から飛び降りるしかない。貴族の坊ちゃんにそれができるか?いや、俺に腰抜かしてる男にできるわけがない。ついでに言うと、ナマエの上に乗った時点で逃がす気もない。


「う゛っ…!」


往生際悪く俺から逃げようとするキュモールの首を片手で掴んだ。掴んだ首に指を食いこませ、喉仏を潰すだけでなく首の骨をも軋ませる。そのまま俺の目線上に持ち上げると、キュモールの足は宙ぶらりになるもバタつかせた。頭の端っこでおっさんの言葉が反復するも、まぁいいかと流れてしまうのは、ナマエの腕が後ろに縛られていたからだ。ああ、こいつ本当生かす価値がないな。どう殺してやろうか。


「…た、ぉ、…む…、だ、すけ…」

「あ?聞えねぇよ。もっとはっきり喋れ。」


キュモールに言った言葉とは裏腹に、俺の手はキュモールの首を締めあげ更に喋りづらくさせている。いや、これだけ締めてれば呼吸もできてないだろう。
俺からナマエを奪った罪は重い。そして俺の獲物に傷つけようとした罪も重い。何をしていた…?ナニを、しようとしていた?


「ロー、ウェル…!」


あと少し力を加えれば、骨くらい折れるんじゃないか。そう親指に力をいれた時だ、ナマエが床に寝たまま声をあげた。待ってろ、これが終わったらすぐ手ほどいてやるからな。髪もくしゃくしゃで、服と一緒に整えてやりたい。


「だめ…。アレクサンダーを離して。殺しちゃ、だめ。」

「……なんで。」

「…そんな男、殺してあげる価値もないからよ。」


そう言い放ったナマエの胸元は少し肌蹴ていた。それを見るとキュモールには殺意しか芽生えなくて、いや今殺そう、こいつは俺からナマエを奪ったしナマエにナニかしようとしていたわけだし。そう思うんだが、ナマエがそう言ってしまったらこいつを殺すことに価値が生まれてしまった。どうして止めるのか、殺してやりたい、ナマエをこんな目に。色んな感情が渦巻くも、舌打ちと一緒にキュモールを床に投げ捨てた。キュモールは潰れた金魚みたいな声を出して床に転がり、俺はそれに目もくれずナマエに駆け寄った。


「ナマエ…!」


ぐったりと倒れているナマエを抱き締め、首筋に鼻を埋めた。時間にすれば少ししか離れていなかったのに、ふわりと香ったナマエの匂いを久々に嗅いだ気がして、俺をひどく安心させられた。ああ変だ。狼の俺が、一人の人間の女に、こんな思いをするのは。でも…、でもそんな思いが、怖いほどに心地いい。
ナマエを抱いたまま、雁字搦めに縛られた手首を解く。


「ローウェル…」


すると、俺の肩に額を預けていたナマエが少し顔を上げた。どうした?と一秒ほど目が合えば、泣きそうな顔をしたナマエがするりと頬を俺の首に擦り寄せた。


「…馬鹿ね…。なんで助けに来てくれたの。」


吐息と一緒に吐かれた言葉は、何処か嬉しそうにも聞えた。



オオカミ青年の救出


[*prev] [next#]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -