オオカミ青年のお迎え


誰かと言わず、『誰かさん』に名前を呼ばれた気がして俺は振り返った。…って、そいつがいるわけじゃぁないんだけどな。


「どーしたの、青年。」

「いや…、何でもない。」


草木の合間をするすると進んでいくレイヴンに小さく首を振った。…実はナマエの声が聞こえましたなんて言ったらフレンじゃなくても気持ち悪がられそうだ。このおっさんの反応なんて目に見えている(きっと「熱でもあるのかしら」と額に手をあててきそうだ)。


「見えてきた…。あれだね。」


腰を低くし、草木に身を隠したレイヴンに倣って俺も身を屈めた。木々の合間から見えた先にあるのはいかにも、という貴族の屋敷。ただ植えればいいってもんじゃないだろう、と思える程の薔薇園と水瓶を抱えた天使の噴水、あと品種改良された派手な色の花とか、大理石の敷石、馬鹿でかい門塀。豪華絢爛…というより派手。あれだ、ああ、品が無い。


「あれが…、キュモールの屋敷?」

「そ。こっからは気配殺してね。一応見張りとかいるから。」

「面倒だな。正面突破は?」

「面倒な戦闘を増やしたいのであればどーぞ。おっさんそうなったら手伝わないわよ。」

「…わかった。」


屋敷に何人の見張りがいるかはわからない。多分、全員来ても勝てる自信はあるが、騒ぎを聞いたキュモールがナマエに何するかわからない。ていうか何してるのかもわからない。


(…ナマエ……。)


最後の最後まで、俺に助けを求めなかったナマエを思い浮かべ、ナマエがくれた金色のバンクルに目を落とした。このバンクルをくれた時のナマエ、最強に可愛かったな。俺も嬉しかったし、多分、ナマエも嬉しかったんだろう。そんな事を思いながら、先程ナマエの家で聞いた話が脳裏によぎった。




『……は…?』


弟と母親、それからレイヴンが付け足すようにしてナマエのことを話してくれた。(…本当はのん気に茶ァなんて飲んでる暇はないのだが、よっこいしょと座ったレイヴンを睨んだ端でナマエの母親と目が合い、ふわりと微笑まれてつい、すとんと座ってしまった。)
父親が女を追っかけて消えたこと、ナマエは昔から薬を作っていたこと、それを稼ぎに家族を支えていたこと、アレクサンダー・フォン・キュモールと無理矢理結婚させられたこと。


『ちょ…、青年その気抑えてくれる?おっさんにその気は厳しい…。てか子供も女性もいるからね。』

『…悪い…。』

『ねーレイヴン。『目ガスワッテル』ってこういうこと?』

『子供は見ちゃダメッ』


レイヴンに言われてなんとか迫り上がってくる気を抑えた。それでも舌打ちを打たずにはいられない。


『なんで誰も助けに行かなかったんだよ。』

『青年、だからこの人達は昔から体弱くって、』

『違う、そんなんわかってる。他の奴らだよ。こんなの…、生贄捧げたみたいなモンじゃねぇか…!』


ナマエは自分が犠牲になって税金が上がりまくってる村を助けた。助けたのに、どうしてこの村の奴らはナマエに対して何もしない。何も思わない。どうして、魔女だと罵れる。


(ナマエは助けを求めないんじゃない……、求められなかったのか…。)


いつかナマエは言っていた。
―…心配してくれる人も頼っていい人も居なかったから。
その言葉、通りだった。誰も居なかったのだ、ナマエの周りには。頼っていいやつも、助けを求められる人も。自分一人で、母親と弟を守るために生きてきたのだ。



木漏れ日に光るバンクルにそっと口付け、目を伏せた。

(ナマエが求めないのなら…、俺が勝手にする。)

そう、今までだってそうだった。ナマエに対し、俺が全て勝手にやった。ナマエの小屋に毎日通うのも、怪我した時だって出掛けた時の迎えだってガットゥーゾの時だって。
―今だって、俺が勝手にやることだ。ナマエが欲しいから、ナマエは俺の獲物だから、ナマエから俺に助けを求めて欲しいから。
全てはナマエのためであって、俺のため。俺のためであって、ナマエのため。


「んじゃ、さくっとナマエを迎えに行くか。」



オオカミ青年のお迎え


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