オオカミ青年と魔女の家


「この村って………、」


ナマエの小屋から続く足跡と色んな匂いを辿るとあの村に着いた。
今となってはナマエと出会うきっかけとなった、俺に石をぶつけてきた村、だ。


「ナマエを追い出した村って…ここかよ。」


狼だ!食べられる!と石を投げられたのを思い出せば、ナマエが魔女だと追い出された光景が簡単に想像できる。そうか、ここか。ここだったのか。ふつふつと沸き上がってきた感情に力が入る。
ナマエを追って辿ってきた足跡と匂いがここでわかりにくくなっている。人里に近付けば近付くほど道は舗装されて足跡は辿りにくいし、匂いは生活臭に紛れてしまう。ここで一発暴れてナマエの居場所を吐かせるか…?と草場で腰を低く保ち小さく唸ると後ろからカラスの鳴き声が聞こえた。


「それはあまり得策じゃぁないんじゃない?」

「っ、おま……、レイヴン……」

「あら、名前覚えててくれたのね。」


嬉しいわ、と胡散臭く片頬だけ軽く持ち上げたカラスのレイヴンに、最近お前の名前を聞いたからなと心ん中で返す。レイヴンは菖蒲色の外套に手を隠すようにしてひょこひょこと俺の隣に身を屈めた。


「正面突破はあまりオススメしないわ。狼青年なら尚更。この村は閉鎖的だから。」

「俺がここに何しに来てるか知ってんのか…?」

「そりゃもちろん。おっさんはカラスだからね。」


不揃いな髭を撫でたおっさんに目を細める。喰えないヤツ。…ま、カラスなんて頼まれても喰わないけどな。しかもおっさんカラス。


「…先に言っとくが、ナマエは俺のだからな。」

「安心してチョーダイ。若人達の邪魔をする程おっさんは野暮じゃなくてよ。ナマエちゃんには色々貸しがあるのよ。」

「ああ…ご主人様?」

「そゆこと。」


以前、レイヴンはナマエから腰痛の薬をもらっていた。薬を実際に使うのはこいつのご主人様と言っていたが、姿存在が胡散臭いわりにはそのご主人様に忠誠心があるらしい。と言ってもそのご主人様も二人いるみたいだが。一瞬信用していいのか躊躇う。だが、ナマエへの手掛かりは知ってるようだ。


「何かアテがあんのか?」

「ちょっとね。ここで正面突破して暴れるよりはいい情報得られそうだけど。」

「…案内してくれ。」

「おまかせ♪」


あまり敵に回したくない男だと思った。もちろん、味方にもあまりしたくない。信用できるが、信用できない男だ。音もたてずに民家の間と間をすり抜けていくその後ろ姿を見ながらそう思った。
レイヴンの背中は村の奥へ奥へと進んでいく。森に近い村の外れの方だ。そして、まるで追いやられたようにぽつりと建っている民家の前で立ち止まった。


「ここ。」

「?ここにナマエがいるのか?」

「違う違う。ここはナマエちゃんの……あだっ!!」


レイヴンの立ち位置が悪かったのか、それとも俺らが前で立ってる扉が急に開いたのが悪かったのか、レイヴンの顔面に思いっきり、扉が開いて当たった。顔を抑えて蹲るおっさんに(ここに来るまでひょいひょい身軽にやってきたのに)何やってんだか…と見下ろすや否や。扉を開けた人物に俺は目を丸くした。


「あ。」

「レイヴン…!」

「よ、よぉ坊っちゃん…。元気だった…みたいね…。」

「元気だったじゃないよ!姉ちゃんが連れ戻されたって本当!?あのお屋敷にいるの!?」

「はいはい落ち着いて、また喘息でるよ。」

「喘息なんてとっくに治ってるよ!いつの話してんだよ、バカ!」

「ばっ…!!」


子供はまだ座りこんでるレイヴンの肩がぶんぶんと揺らし、おっさんの煙った髪がぼさぼさと揺れた。子供は、俺の腰くらいに頭があるオスのガキだ。いや、そんなこと今はどうでもいい補足で、今俺がそのガキを見て一番思ったことは……。


「…お前あん時のガキ、だよな。」


確か、ペットだったかテッドだったか。と言えば吠えるように「テッドだよ!」と言われた。あー、そうそう、テッド、ね。森で迷ってたのを村まで送った時の子供。その後、村人から石投げられたんだけど。


「おっさん、コイツがナマエの何なの?」

「ん?弟。」

「弟…!?」

「わっ、狼だ…!って、あれ?お兄ちゃんどっかで…?」

「はいはい、積もる話もあるでしょうし、取りあえずお家に入れてくれる?」

「何が積もる話だ。んな暇ないだろ。」

「そうだよ!姉ちゃん助けに行かないと!」


テッドの言葉に同意して頷くもおっさんにその気はなく、きゃんきゃんと吠えるテッドを余所におっさんは当たり前のように家に、ナマエの家(と言っても小屋に見慣れていたから違和感ありまくりだが)に入って行った。おいおい、と思いつつもテッドがそれを追っかけたので、俺もその後に仕方なく続いた。


(……あ…、ナマエの匂い…。)


家に入るとナマエの匂いに包まれた気がした。実際、この家はナマエの匂いでいっぱいだ。


「あー、いいっていいって。寝たまんまで。」

「そうだよ母さん、レイヴンごときで起きる必要ないって。」

「ちょっとテッド坊、あとで覚えてなさい。」

「でも………」


先に奥へと行ったレイヴンとテッドの賑やかな会話の間から、か細い声が聞こえた。テッドの「母さん」という単語に反応する。二人の元に近付きながら、間から見ようと覗き見たナマエの母親の顔に、ナマエが見えた気がした。当たり前だ。テッドが言ったように、彼女はナマエの母親だ。
ナマエを、儚く、細くしたような。


「あら、初めまして…ですね。」


ふわりと微笑まれた顔に、思わずどきりとした。それを誤魔化すように、優しく細められた目から顔をそらすとナマエの母親の枕元にある、紫のそれに目がいった。紫の小さな花びらをくっつけたそれが、小さなグラスの中で色付いていた。


「…ラベンダー…」

「ああ…。そう、ラベンダーです。リラックス効果があるって……。色と香りが素敵でしょう?」


ナマエの母親からは、ナマエ程じゃないが、薬品の匂いがした。



オオカミ青年と魔女の家


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