魔女の正体


これだから人間は嫌いだ。
なんでつまらない事をぐちゃぐちゃと考える。自分はこうしたい、と結論は出ているのにどうして自分を殺して周りを優先する。もっと自分がやりたいようにすればいいのに。もっとこうしたいとかああしたいとか、簡単なことだ。そうなるよう、自分がそうでありたいと口にすればいいのに。


「くそ…っ」


小屋に広がる土の匂いと泥を含んだ足跡に壁を思いっきり殴った。小屋の外は踏み荒らされた足跡と一緒に、小さな足跡が混ざっていた。その足跡は森の向こうの村へと向かっているようだった。ナマエが小屋の前で育てていたハーブ達が、まるで道に生えている雑草のように踏まれていて、それを見たナマエの顔を想像して喉が焼けたように痛くなった。


「アレクサンダー、…フォン・キュモール」


呟いた名前は、自分でも驚くぐらい、冷静な声だった。



魔女の正体



母は体が弱かった。
弟も、母ほどじゃないけど体は強くはなかった。父は娼婦を追っかけて家から消えた。私がその家を支えることになるのは、必然だった。幸い母の看病をすることで薬草の知識があったし、母を病院に連れて行くまでのお金は無かったので薬草を加工して値打ちのある薬にすることも可能だった。私はそれで母の看病をし、薬を売って生活費にあてていた。薬を作ることが殊の外大好きだったので色々作りすぎて村の人達からは少し(いやかなり)気味悪がられ、その時から魔女ではないかと囁かれていたけど、なんだかんだ薬は買ってくれるし、そんなことよりも母と弟がいるなら私は何も要らなかった。それなりに幸せだったんじゃないだろうか。

アレクサンダー・フォン・キュモール
この村の領主の馬鹿息子に会うまでは。

キュモール家はここ近くの土地全体を治める貴族だった。アレクサンダー・フォン・キュモールは次期領主として父親にこの村を任されたのか、突然村に来てから「今日からこの村は僕のものだ!」と鼻高々に宣言し、暇じゃなくとも村に顔を出すようになった。
それから、アレクサンダーは税金を上げた。
不作だって言ってるのにどうして税金を上げたのかまったくわからないのだけど、とにかく、村の人達…もちろん私の家もだけど、悲鳴を上げたくなるような毎日に母の病状は悪化していった。そして、母がとうとうベッドから起き上がれなくなった。そんな時だった。


『ナマエ、困ってるのかい?ボクが助けてあげよう。』

『は?』


アレクサンダーは何かと私に話しかけてくる男だった。口紅を塗った唇に鳥肌がちょっと立つ。勿忘草色の長髪を後ろに撫でつけ、さっきも言ったが男のクセに化粧を施したにやにやと厭らしい顔、極めつけは紫と桃色を基調とした服装が私はどうも嫌いだった。何かと近付くなオーラを出していたのだけど、今思えばそんな態度の私を服従させたかっただけなのかもしれない。


『ナマエが僕と結婚したら、母親の面倒、みてあげるよ。』

『冗談。母は私がみてるから平気よ。貴方と結婚をする暇なんて無いわ。』


つん、と顔をそらした私の後ろでアレクサンダーがどんな顔をしていたのか私は知らない。

ただ、また税金が上がった。

満足な食事が出来なくなって、母はどんどん弱っていった。村の人達の態度は前から冷たいものだったけど、もっと冷たくなった。私のアレクサンダーに対する不遜な態度がいけないと言われた。でも、改めるつもりもなかったし、(とてつもなく上からだけど)求婚された事を知っている母と弟はそんな事しなくていいと言ってくれた。心が温かかった。母と弟がいれば生活が苦しくなっても大丈夫。自分の食事を減らそう。そしたら二人の食事が増える。新しい服はいらない。母に温かい毛布を買ってあげたいし、少し大きくなった弟に新しい靴を買ってあげたい。薬をたくさん作って売りに出よう。寝る時間を削ればもっとたくさん作れる。遠くに行けば新しく薬を買ってくれる人がいるかもしれない。お金になる。

けれど、成長期にさしかかる弟に「おかわり」を言わせてあげれない事に私の心は焦っていた。どんどん痩せていく母に私の心は追い詰められていた。前まで気にしていなかった村人達からの視線が、急に苦しくなった。毎日ひそひそ、ひそひそと囁かれた。アレクサンダーの求婚を断って税金が高くなった、もう人を売るしか税金を納められない、そこまでして結婚したくないのか、村がこんなに飢えているのに、冷たい女だ、村を殺す女だ、恐ろしい女だ、あれは、



魔女だ!



そして、私は地獄の底に突き落とされた。


『ナマエ、結婚しよう。僕と一緒になったらキミの母親と弟の面倒をみよう。税金も、以前のように戻してあげる。』


助けてなんて、言えなかった。村の人達も私がアレクサンダーとの結婚を望んでいた。言えなかった。

そんな言葉。




「久しいね、ナマエ。僕の花嫁。」


ねっとりと全身にへばりつくような声に、私はゆっくりと声の主を見上げた。


「久しぶりね、アレク。会いたくなかったけど、会いたかったわ。」

「その首をへし折りたくなるようなキミの言い方、あの夜以来だよ。」

「そうね、この屋敷も久しぶりだわ。」

「ボクとキミのスウィートホームだろ?」

「ふふっ、ヘドが出るわ。」

「奇遇だね、僕もだよ。」


相も変わらず悪趣味な格好。長く伸ばした長髪、女顔、胸が空いた衣装。………あら。ローウェルと一緒。でも、全然違うわ。全然、違う。


(ああ…、ローウェル。わたし、私………)


胸から込み上げたある感情に、泣いてしまいたかった。


(貴方に、いっぱい嘘をついた。)


[*prev] [next#]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -