オオカミ青年と魔女の泣き顔


このまま眠ってしまえたら最高に幸せだなと思える草原で、背中にナマエの体温を感じながら俺はこくりこくりと微睡んでいたのだが、風と一緒に運ばれた声にすっかり目が覚めてしまった。


「ユーリ」


花びらみたいな唇から紡がれた単語に俺の時という時全てが止まった気がした。


「って、綺麗な響きよね。」

「な、…にが言いたいんだよ。」

「んー?いい名前ねってコト。」


ナマエの口から俺の名前が出てきた事に声を無くしそうになったが、ナマエは変わらず楽しそうに草をぷちぷちむしっていたから(いい草が見付かったらしい)(っと、草って言うと怒られるんだよな。薬草薬草っと。)なんとか姿勢を保ちつつ動揺を隠した。


「いつでも呼んでくれて構わないんだぜ。」

「そうねぇ…。」


でもナマエの声が少し笑っているような気がするから、今、俺が目を大きく見開いてるのはバレているのかもしれない。


「…呼ぶたびにそんな動揺されちゃ、気を使ってしまうわ。」


撤回。バレてた。
くすくすと耳を擽るような笑い声についつい口先が尖ってしまうのは許して欲しい。


「ユーリ・ローウェルなんて、狼のクセに随分素敵な名前よね。」

「…名前はあれだが、苗字はやってもいいんぞ。」

「はいどうも。」

「あ、テメッ」


さらっと頬を撫でた風と一緒に流されて思わずナマエを方向に振り向くがナマエはまだ草に夢中だった。ナマエは薬作ってる時と草むしってる時が一番楽しそうだ。
…その表情に少しだけ安心した。
最近は元気が無いように見えたから。いや、元気がないっていうより、悩み事がある、みたいな。しかもそれを俺に勘付かせないように隠すから余計に。………おっさんが言っていたことに関係あるのは間違いないんだろうな。あと、フレンが言ってたフォン・キュモールというナマエの苗字。


「なぁナマエ。ナマエの苗字って……聞いていいか。」


地雷覚悟。で、聞いてみた。許可を得るような言い方になったのは、俺なりにすごい気を使ったせいだ。
ぷつんと音をたててナマエのむしる手が止まった。次のむしる音がなかなか聞こえなくておそるおそる顔を見上げてナマエの顔を覗き込めば、覗いて見える前にナマエの唇から息が漏れた。困ったように笑う時の、息の漏れ方だった。


「ひ・み・つ」


人差し指を唇にあてて言うナマエはこんな気持ちじゃなかったら多分、本っ当可愛いなこの魔女はっ、と心の中で悶えていたと思う。ナマエは持ってきた籠に摘んだ草を入れて立ち上がった。


「と言いたいところだけど、本当は知ってるんでしょう?」

「………は……」

「私の苗字。」


腰に当てながら籠を持ち上げたその姿を見上げながら、俺はナマエに振り向いたまま固まりかけた姿勢を慌てて直す。


「知ってたら聞かねぇよ。」

「どうかしら。」


ナマエはまた困ったように笑った。
(ああ、そんな顔させたいワケじゃないのに。)(…させたの俺だけど。)


「ねぇローウェル。」


髪をふわりと靡かせて先に歩きだしたナマエの背中をばたばたと追いかけ、その隣を歩く前にナマエが立ち止まったので、思わず俺もそこで足を止めた。


「もう…こういう事はやめて欲しいの。」


ぴん、と。

俺とナマエの間に見えない線がはっきりと引かれた気がした。この一瞬で。


「あ?」

「最近、貴方縄張りを広げてるらしいじゃないの。レイヴンから聞いたわ。」

「(あんのおっさんカラス…)…それが何か問題でも?」

「レイヴンから言われた事は気にしなくていいわ。貴方には関係ないことだもの。」

「関係…ない、か。」

「ええ、関係ないでしょ?わざわざ人間の世界に首を突っ込むなんて、愚かなことよ。」


貴方は狼なんだから、と呟いたナマエの背中を睨むようにして腰に手をあてながら深く深く息を吐いた。落ち着け。イライラするな。ナマエのこういう言い方は今に始まったことじゃない。ここで俺が喧嘩腰になったら………とは思えるんだがナマエの言葉言葉がいい感じに俺を突き刺す。


「これ以上魔女にわざわざ近付く必要もないわ。」

「それはアンタも一緒だ。狼の俺に近付く必要はない。だけど、追い払わないのは俺が好きだからだろ?俺もアンタが好きだから、一緒にいる。」

「どうかしら。」

「ナマエ」

「ねぇ、狼さん。」

「ナマエ、」

「私、貴方の事好きなんて一言もいってないわ。」

「ナマエッ!」

「…………もう、」



「私に関わらないで。」



視界に、ビリバリハの粉が舞って俺の体はすぐに痺れに縛られた。最後に、ナマエの歪んだ顔を見ながら。



オオカミ青年と魔女の泣き顔


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