オオカミ青年の人妻


あのおっさんが来てから、ナマエはふと手を止める。今まで薬品を作ってる時に手を止めるなんてこと滅多になかったのに、あのおっさんがあの事を言ってから、ふと思い出したようにナマエは手を止める。どうしたって聞けば何でもないって言われる。苦笑で誤魔化すナマエのその顔は正直見たくない。今まで見た事が無い表情だからっていうよりも、俺以外の誰かを思ってる表情にしか見えない。その誰かとは、誰か、なんだろうな。言ってくれないのかな、とナマエがくれた金色のバンクルを空に掲げる。バンクルと一緒に見上げた空は分厚い雲に覆われていて、雨が降りそうだ。雨の匂いがする。


「フォン・キュモール。」

「…は?」

「ナマエさんの名前。ナマエ・フォン・キュモールって言うんだね。」


ラピードの腹を枕に群れの外れで寝ていたら分厚い雲の前にフレンの顔が出てきた。ラピードは枕にされることを最初は嫌がって俺の耳をかじかじとかじっていたが俺がめげずにその体勢でいたら諦めてくれた。何だかんだ優しいやつだ、俺の相棒は。


「フォンって…、貴族じゃねぇか。」

「そうだね。」

「貴族って柄かぁ?」

「僕に聞かれても。お会いしたことがないから。」


誰かさんのおかげで、と付け足されて俺は眉を寄せる。ラピードの腹から頭を上げれば、今だとばかりにラピードがするりと抜けてフレンの元へと顔をすり寄せる。おいこら、相棒。


「名前、初めて知ったのかい?」

「あまり自分の事ぺらぺら話す女じゃないんだよ。」

「そう、じゃぁこれも知らない?彼女、結婚してるって。」

「!?」


フレンから出た言葉に思わず上体を起こす。けっこん!?ナマエが!?まさか、いや、だって指輪なんてしてなかったし、夫がいるなんて聞いたこともない、もっと言えば夫がいる身でキスとか、頬にだけど、してくるか?夫以外の男に。自分で言うのもなんだが、もっと言えば狼に。貴族の娘とか嫁とかって慎み深いもんじゃないのか?と一瞬で色んなことを考えてから思いつく。


「例の野郎って…、まさか旦那じゃないだろうな…。」

「そのまさかだ。彼女を探してる誰かの名前、『アレクサンダー・フォン・キュモール』という男らしい。」

「…たった今、アレクサンダーって名前が嫌いになった。」

「そう。で、どうするんだ。」

「何が。」

「だって、既婚者なんだろう?」

「夫婦喧嘩は犬も食わない、か?」

「だってそういうことになるだろう。」


今更キミが入ってどうこうする問題じゃないだろ、と言うフレンの顔には何処か含みがあった。


(実は結婚していたナマエ、その旦那がナマエを探している、そして逃げるようにして小屋に住んでいるナマエ、思い詰めた表情。)


その表情の裏にどんな感情があって、どんな思いがあって、どんな野郎がいるのか。…なんていうのは残念ながら俺には関係ない。むしろ結婚してるって聞いて少し燃えてしまっている自分がいた。そうか、俺の魔女さんは人妻なのか。そしてその旦那から逃げてるって事は、俺の入る余地、あるんじゃないの。


「冗談。俺、犬じゃなくてオオカミだから。」


人間の教訓なんて知らない。だって俺、狼だから。


「俺、しばらく戻んないからヨロシク。」

「キミが群れに居ないのはしょっちゅうだ。」


ナマエの旦那がナマエを探して連れ戻したいのは一目瞭然だ。連れ戻したくなくとも、ナマエに用事があるのは間違いない。ま、連れ戻したくないなら俺にくれて全然構わないんだけど、縄張りに踏み込んだ足跡の数に穏やかな問題じゃないことはわかる。その穏やかじゃない足跡がナマエに近付いている。ナマエの旦那が。でも、もう遅いぜ旦那様。お前の嫁さんは、俺の獲物だから。


「人妻かぁ…、なんか更に美味そうになったな。」

「食べるの?」

「もちろん。俺はいつもナマエを食べたくて食べたくて仕方ないぞ。」


あんな可愛い魔女さん、喰わずにどうする。



オオカミ青年の人妻


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