オオカミ青年と大っ嫌い
ラピードがやってきた方向に足を進めると、歩いて間もなく草花を黙々と採り漁ってる背中を見付けた。白い前掛けが土に汚れているのも構わず名前もわからない草花を摘んでいる後姿はなるほど魔女に見えなくもない。俺はナマエを驚かそうと足音を消して背後を取るが、ふと止まった手にありゃと首を傾げた。
「何の用かしら、狼さん。グミならもうないわよ、どっかの狼さんが納品分全て食べてしまったから。」
「気付いてたのかよ。」
「さっき親切な子が近くに危険な狼がいるから気を付けろって教えてくれたの。」
「…………」
ラピードか。アイツ俺の味方してんのかそうじゃないのかわかんねぇな。何がしたかったんだよ。ま、俺の狩り代わってくれてナマエがいるの教えてくれた分味方なんだろうけど。ナマエは一通り採り終わったのか、髪を耳にかけながら立ち上がり草が入った籠を腰に当てながら立ち上がった。
「言っとくけど、私許してなんかないから。」
「そうだな。俺の事『大っ嫌い』なんだもんな。」
言った本人もあれだと思っていたのかナマエは俺の事をムッと睨んできたが、やばい、笑ってしまいそうになる。それを何とか堪えて、せめて話題を切り替えてやらんと籠の草に目をやった。相変わらずただの草花にしか見えないそれら。それらがナマエの手にかかるとちゃんと薬になるんだよな。それは正直すごい。ま、グミ全部喰っちまった俺が言うのも何だが。
「それは?」
「もうグミは間に合わないから違うものを代わりに作るのよ。すぐに出来るもの。」
どうやら摘んだそれらはその籠一つだけでは無かったようで当たり前のようにその籠らを俺に押し付けてくるナマエに俺も当たり前のように持ってやった。目に痛いぐらい青々しい草花は何というかその存在自体がすごく澄んでいる感じがして少し体が仰け反る。
「なんか…この草、持つの嫌なんだけど。」
俺がそう言うと構わず前をすたすた歩くナマエが顔だけこっちに向けてニヤリと笑う。すっごく意地悪そうな顔だ。
「でしょうね。これから作るのはホーリィボトルだもの。」
「ホーリィボトル?」
「貴方みたいな狼や魔物から身を守るための聖水よ。」
「…………」
さっさと運んでくれる?とそっちは手ぶらのナマエがツンと顎を上げて先を歩いていて、こりゃ相当怒ってんな…。当然って言っちゃ当然だが。しかし聖水も作れんのかこの魔女さんは。その内逆効果のモノも作りそうだな。魔物が寄ってきそうな薬とか。
「手伝ってくれても構わないのよ?」
「それは勘弁。正直持つのも辛くなってきた。」
「そう、なら効果は期待できそうね。」
俺の返答にまるで鼻歌でも歌い出しそうな程機嫌が良くなったナマエにどうしようかと肩を竦める。あの毒の一件で少しは俺とナマエの距離がそれっぽくなったと思ったが距離はまだまだ遠いらしい。多分、今のこの距離分ある。ナマエが先に歩いて俺がその後ろをついてくくらいの距離。これがな、俺としては隣ぐらいに行きたいんだがそれは難しいのか?あの時はあれだけ近かったのに…。と腕に抱いた細くて柔らかい腰の感触を思い出してるとぼおっとしてる俺にナマエが首を傾げた。
「そんなに辛いの?」
「辛いっちゃー辛いな。」
この距離がもどかしくて仕方ねーよ。なんて心ん中で付け足して唇を少し尖らせばナマエがすたすたと俺の所に戻ってきて片方の籠を持った。そしてそれを右手に持ち直し、空いた左手を無言で俺に出してくる。
「何…」
「辛いんでしょ。やっぱり私が持つわ。」
「…………」
ずい、と再度出された左手の勢いに思わずそれを乗せてしまいそうになるが何とか引っ込める。俺の行動に怪訝そうな顔をしたナマエだが…、違う。違う違う。そういう意味の辛いじゃなくって。でも何だかんだ俺の心配してくれてる…ということにしておく、ナマエにちょっとテンション上がった俺がいたりして。
「無理しないで。大した量じゃないし、私が持つわ。」
「いや、小屋まで運ぶ。大丈夫。」
「…ほんとに?」
「まかせろって。」
ホントは少し体がだるくはなってるが、持たせた手前気まずそうにしてるナマエにやっぱ持てなんて言うわけがない。取られたもう片方の籠も持ち直して今度は俺が前を歩く。…嬉しい。そう、嬉しい。今日もナマエが可愛くって嬉しい。俺って案外単純なんだなーと思いつつ小屋に向かっていると、つん、とナマエが俺の腕を引っ張った。正確には服の端。
「どうした?」
「嘘よ。」
「何が。」
「嘘…。大嫌いなんて、嘘よ…。」
微かに頬を赤くするナマエの表情を楽しむ時さえも与えてくれず、ナマエは服の端を掴んだ手と一緒にふいと顔をそらしてしまった。だがそらした耳は美味そうなくらい赤くて、この、塞がってる、両手が、わ ず ら わ し い !!
「お前…だから何で今のタイミングでそういうセリフ言うんだよ…。」
「どういうタイミングならいいのよ。」
オオカミ青年と大っ嫌い
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