オオカミ青年と仲直り



おいおいおいおい。あの魔物が毒持ってるなんて知らねーぞ。どうして俺だけ無事でナマエがぶっ倒れてんだよってそりゃナマエが人間だからだろうけど。俺だけケロッとしてそれに気付かないとか…。しかもナマエに狩ってきたぜとか言って贈り渡したものに毒とか。それ知らないで喰わせちゃった俺とか。でも昨日一緒に喰ってた時は何も問題無かった……もしかして…朝、喰ったのか…。そう言えば三食肉にしてもとか言ってたな…。その時に、当たってしまったのか。


「パナシーアボトル…。」


再度ナマエの家に行って最初に目に入ったのは、いつもナマエが作業したりお茶したりに使ってる机の上のパナシーアボトル。確か、これは万能薬と聞いた。ヒョウタンの実を加工して作られた入物を手に取ると中からチャプチャプと小さな音が鳴って、飲みかけなのがわかる。一応、自分で処置したらしい。洗い場に今朝喰ったのだろう食器が放って置かれている。


「…毒なんて知ってたら持って行ってねーよ。」


ばーか。と独りごちに呟いた言葉は自分にだ。飲みかけのパナシーアボトルを机の上に戻して静かに寝室に入った。窓から夕陽が射し込んでいて少し目が痛い。ナマエは自分の薬を飲んで落ち着いたのか、真っ青だった顔から少し赤みが戻って、でもまだ顔は白いが小さな寝息をたてて寝ていた。いや、赤く見えるのは夕陽のおかげでまだ顔色は悪いな。


「でも、落ち着いたみたいだな。」


昼見た時よりも様子が落ち着いている。体温を確かめるために伸ばした手はナマエの頬に触れていた。少し温かくて、とても柔らかい。その感触に思わず指を滑らすと、ナマエの睫毛が震えてゆっくりと持ち上がった。


「…ローウェル…?」


また来たの…?と呟かれた言葉の続きは聞きたくなかった。滑らせた指を唇へと移動させ、力を入れたらすぐ潰れてしまいそうな唇に当てた。帰れなんて、言うなよな。


「…ガットゥーゾ、毒持ってるんだとよ。」

「今朝気が付いたわ。」


唇に触れた指が、ナマエが口を動かすたび吐息に触れる。


「薬は効いてんのか?」

「誰が作った薬だと思ってるのよ。」

「大丈夫なんだな。少しは吐いたか?やっぱ吐くといいみたいだぜ。」

「…吐いてないわ。薬があるもの。」


触れた指で喋りにくいのかナマエは俺の手を軽く払った。さっき違って、やんわりと押し返すように。やっぱり怒ってんのか、毛布を掛け直して俺に背中を向けるナマエに何も言えなくなってしまう。そりゃ…怒るよな…。勝手に持ってきた肉に、毒。嬉しいとか言ってたけど迷惑だったのかもしれないな…。


「…勿体ないじゃない……。」

「…ん?」

「せっかく…ローウェルが持ってきて捌いてくれたお肉、吐くなんて。出来ないわ。」


頭まで毛布にすっぽりと収めて、くぐもった声が話した言葉は俺の心臓をじんわりと溶かしていくような甘さと熱を帯びていた。毛布で隠れてしまっている顔が見たいと言ったら怒るだろうか。…間違いなく再び帰れと言われてしまうだろう。そして二度と小屋に入れてもらえない気がする。口も顔も合わせてくれない気がする。でもどうする?この体は全身で今ナマエに触れたがってる。なら、こうするしかないじゃないか。


「……重いわ、ローウェル。」

「ちょっとの間我慢してくれ。」


毛布の塊と化したナマエの体に自分の重みを重ねる。きっとここが頭でここが腰だ。頭の部分をゆっくりと撫で、腰の部分に手を置いた。何も言ってこないからしばらくこのままでも大丈夫のようだ。ナマエを潰してしまわぬよう、位置を確かめながらゆっくりと腕をベッドに置いて体を横にする。丸まった塊を抱え込むようにすれば塊はほんの少しだけ俺に抱き締める余地をくれた。すかさず腕を通して抱き締める。でも逃げられたら困るので警戒させないよう、ゆっくりとだ。


「悪かった、色々。」

「私もごめんなさい、色々と。」

「頼むから、冗談でも帰れなんて言うなよ。俺、お前が居ないと一日何して過ごせばいいのかわかんねぇんだよ。」

「私は貴方の暇潰し相手じゃないのだけど。」

「あと、少しは俺を頼ってくれ。」

「毒を持ってきた狼さんを?」

「それは、謝る。すまん。だけど俺も腹が立ったんだぞ。心配してやってんのに。」

「…心配してくれる人も頼っていい人も居なかったから。」

「…………」


まだ具合が悪いであろう体を圧迫しないよう、細心の注意を配りながらナマエの腰を抱き寄せた。毛布で隠れた頭をゆっくりと出してやって、鼻先で細い髪を掻き分け首筋に唇を当てた。少し強張った体から香るラベンダーは、今の俺には芳醇すぎた。


「迷惑を、かけたわ。ごめんなさい。」

「かけられた記憶ねぇよ。」

「もう、帰ってなんて言わないわ。」

「おう。そうしてくれ。」



オオカミ青年と仲直り


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