オオカミ青年の習性


ナマエが作ってる甘い匂いを放つピーチパイでわからなかった。その匂いに。


「どうしたんだ、コレ。」

「渓谷の薬草を取ってたらぶつけたの。」


まるで始めから用意されていたかのようなそれに少し腹が立った。腹が立ったから、ナマエ曰く渓谷でぶつけて怪我したこめかみ辺りの髪を強く引っ張った。「痛っ」てナマエが俺を睨んだが、俺も負けじとそれを睨み返す。ナマエの髪を掻きあげればそこには小さな湿布が貼ってあった。


「もう一度、聞く。どうしたんだ、コレ。」

「しつこいわね、渓谷で…っい、」


しつこいのはお前だ。どうしてわかりやすい嘘俺の前でつくんだよ。貼ってある湿布を思いっきり引き剥がして、わざと痛むように、傷口を刺激するようにした。その痛みでナマエの目に薄っすらと涙が浮かんで、内心、俺女に対してすげぇ酷い事してる…という自覚はあるがどうも許せない。ナマエが俺に隠し事なんて。


「誰かにぶつけられたようにしか見えないんだけど。石、とか。」

「ローウェル。」


放して、と言わんばかりの強気の瞳が向けられるが、その目が涙で滲んでるから何ともない。むしろ涙目で可愛いと思ってしまう。それでも俺が睨みを止めないのは、目が覚めるような血の匂いがそこから香るからだ。こめかみから。


「誰にやられたんだよ。」

「誰も。」

「いい加減言わないと…。」


何をする、というのは言わないが声を低く低くしただけで十分効果はあったようだ。ナマエが初めて俺に対して体を固くさせた。その場に似つかわしくない甘い、甘ったるいピーチパイの匂いが部屋中に広がるも、強烈な鉄錆っぽい匂いは鼻につく。可哀想に。痛かっただろうに。


「…薬を…。」

「……」

「子供が…、風邪薬を作って欲しいって来たのよ…。こんなところまで。」

「で?」

「危ないから、村まで送ってあげたら……投げられた。石。村の奴等に。」


何が渓谷でぶつけた、だよ。まるで180度話が違うじゃねぇか…。それにしてもあそこの村にはロクなやつがいねぇな…。まぁ…ナマエを追い出した村でもあるから仕方ないって言ったら仕方のない村だ。もうガキにはほいほい付いていかない方がいいな…。


「他は?どこやられた。」

「そこだけよ。一発投げられて腹が立ったからビリバリハの花粉まいてやったの。」

「…………」


ふん、と鼻を鳴らしたナマエは「もういいでしょ。放して。」と俺の手を擦り抜けて窯の中で焼いているピーチパイの具合を見直した。…ナマエの言葉を、言葉その通りに想像してみるも、まるで手に取るように想像できてしまって、堪らず俺は噴き出した。


「ははっ、はははっ!お、お前らしい…!容赦ないな、ビリバリハとか…。」

「ちなみに薄めてないヤツまいてやったわ。」

「………まじかよ…。」


それは少し…いや、人間のあいつらにはかなり酷なんじゃないのか…。と思ったが、俺が噴き出したことで緊張がほぐれたのか、何処か勝ち誇ったような顔で言うナマエに、ま、いいか、と思った。それから髪を耳にかけるようにしたナマエの手を取って、そのこめかみに謝罪を込めたキスをした。


「悪かったな、痛くして。」

「まったくよ。傷が残ったらどうしてくれるの?」

「責任取ってやるよ。」

「残念、狼さんはいりません。」


勝ち誇った顔の延長で笑うナマエは焼き上がったピーチパイを窯から取り出し、竹串で焼き加減を見ている。一段と香る甘い匂いにパイ生地の香ばしさが混じる。あれこれ、俺もしかして振られたのか?ナマエに。未だ意地悪く笑っている横顔に、俺の何かがじりじり楽しく擽られる。ナマエ、知ってるか?狼って逃げる獲物は追い掛ける習性、あるんだけど。


「今は要らなくていいさ。取り合えず、俺に手当てさせてくんない?」


キッチンと呼ぶには小さいが、取り合えずそこ手をついて、間にナマエを挟んだ。ああ、逃がしたくねぇな、この女。


「手当てだけで済むのかしら、それ。」


髪を優しく撫でつけて、こめかみの傷口の血を啜ればナマエが目を細めた。痛いのか、くすぐったいのかわかんないけど嫌ではないみたいだ。細められた目はまるで俺を挑発するように挑戦的で、俺の狼の血がざわざわ騒ぐのがわかる。挑発的な目に、この女が欲しいって、俺の心が舌舐めずりしてる。


「努力するよ。」




オオカミ青年の習性


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