オオカミ青年とビリバリハ
とある森の奥深くで腰を下して草花を観察してる女を見付けた。見覚えのあるその後姿に俺は足音を消して、気配も消して女の後ろを取る。そして。
「こんな森奥深くに女一人なんて感心しないな。」
「…あら、心配してくれるの。」
「ここら辺は狼が出るからな。」
後ろから腕を回して抱き寄せれば何か反応してくれるかな、とやってみるも、ここから見える顔には薄っすらと笑みが含まれていて、どうやら失敗だったみたいだ。
「ローウェルみたいなのがいるから、ねっ」
「うわっ!」
ナマエの手が俺の前に出てきたと思ったらそれはすぐに開かれて黄色い粉が俺の顔にかかった。一瞬で吸い込んでは駄目だと理解できたにも関わらず思わず少し吸ってしまった。途端に体がくらくらしつつも、手足が何だか痺れているような気がする。
「ビリバリハの花粉よ。外に出る時はいつも持ち歩いているの。」
「なっ…」
「安心して。それをすごぉく薄めたものだから実際のより程度はすごく軽いわ。」
「これ、いつ治るんだ?」
「5分くらい安静してれば大丈夫よ、狼さん。」
「へいへい悪うござんした。」
驚かせて悪かったよ。両手を上に上げて、痺れる手足を投げ出してその場に倒れ込めば、くすくすとナマエが笑って横に座った。なるほど、これを持っていれば狼に襲われそうになった時も大丈夫ってね。子供の背丈以上あるビリバリハの花粉には状態異常を引き起こしたり、悪い時には気絶することもある。下手に身を守る術に身に付けるより、こういうのを常備していた方が頭がいいかもしれない。
「あ、ベルベーヌ。これ体に良いのよ〜。ローズマリーもさっき見付けたし、今日は収穫だな〜。」
「…………」
楽しそうにベルベーヌとやらを引き抜くナマエだが、正直俺にはどれがベルベーヌでどれが雑草か皆目見当もつかない。全部雑草にしか見えない。俺は嬉しそうにしているナマエを見ながら、空を仰ぐ。今日もいい天気だな、なんてぽかんと口を開けていれば口の中に何かが放り込まれた。一瞬喉に詰まりかけるも何とか踏み止まって、放り込まれたそれを、咀嚼する。
「どう?新しいグミ。」
「っ、どうって…、飲みこむとこだったぞ…。」
「ちょうどいい放り投げ場所があったから。オレンジ味なんだけど。」
「……ふーん…。ま、美味いんじゃないか。」
アップルグミに引き続きオレンジグミといった所だろうか。オレンジの爽やかさが口の中に広がる。曖昧な俺の反応にナマエはつまらなさそうに眼を細め、「それだけ?」と言っていたが、急に口ん中に放り込まれて飲み込みそうなったものの味を問われても。
「味わってねぇからわかんねぇよ。」
「えー…」
「あるならもう一個、くれよ。」
「試作品なんだけど。」
「あるんだろ?」
まだ体の痺れはあるものの、先程のグミのおかげか、悪くはなくなってきた。頑張れば体は起こせるだろうがそのまま、仰向けのまま「あ、」と口を開ければナマエが渋々、袋からオレンジ色のそれを取り出した。
「今度こそちゃんとした感想いってよね、ローウェル。」
「はいはい。」
「あっ、なに…」
差し出されたそれを指ごと自分の口に持っていき、小さな花びらみたいな爪がくっついた指ごと口に含んだ。含んだ中で指を舌で撫でればナマエの目が丸く丸く見開かれて、これはいい反応だとばかりに笑ってみせた。
「仕返し。」
その後、またビリバリハの花粉をくらったのは言うまでもない。
オオカミ青年とビリバリハ
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