オオカミ青年と魔女


「邪魔するぜ。」


村から結構離れた森奥深くにナマエの家、つーか小屋はある。ま、ナマエ一人ならこれぐらいの小屋で十分事足りるだろうけど、女一人でこんな森ん中で暮してるってのも変な感じだ。ノックも無しにドアを開ければハーブティーを片手に麗かなティータイムを過ごすナマエがいた。ナマエは俺を見るなり目で「また来たの」と言った。


「もう怪我は治ったでしょ。ただでさえ狼で回復が早いんだからもうここに来る必要はないでしょう。ローウェル。」

「なぁ、あれないの?あれ。」


咎めるようなナマエの言葉は何度目か、それでも追い出さないでいてくれるナマエは何だかんだ呑気で優しい変な女だ。普通、人間の女が狼を見たら一目散に逃げる。だけどコイツはそれをしない。むしろ怪我した俺を介抱してくれたっていう。
俺が部屋をキョロキョロ見渡しているとナマエは溜息交じりにハーブティーを置いて、別の机に移動した。俺はそれに尻尾振ってナマエの後を追い、出されたそれを手掴みにがしっと掴んで口に投げ入れる。


「ちょっと、アップルグミはお菓子じゃないんだけど。」

「細かいこと言うなよ。なんかクセになっちまったんだよ、この味。」


ナマエが出したのはバスケットにこんもりと入っているアップルグミ。口の中に広がる甘味と程良い酸味がクセになる、ナマエが作った栄養剤なんだと。確か俺がここに連れて来られた時、口ん中に入れられたのも多分コイツだと思う。


「ローウェルが加減なしに食べるから最近そればっかり作ってる…。」

「俺は嬉しいけどな。」


この小さな小屋で暮らすナマエはこうした栄養剤や森で取ってきた草花で薬を作って、それを街や村に売って生計を立てているそうだ。この小屋から薬品のニオイがするのはその薬達のせいで、でもナマエ自身香草が好きらしく、この小屋には薬品とそれ以外の色んな匂いで満ちている。不思議とそれが苦しくないのは、きっとナマエの調合の腕がいいのだろう。俺の怪我もその調合で作られた湿布のおかげですぐに治ったわけだし。


「それにしても、この小屋…じゃねぇ、家には俺しか客は来ないって感じ?」

「そうね、誰もこのおんぼろ小屋には近付かないみたいよ。」

「悪かったって…。」


バスケットを腕に抱えて窓枠に腰掛ければ、ナマエも先程座っていた椅子に座り直した。この家にはナマエしか住んでいない。誰かがここに訪れた気配が無ければ、訪れる気配もない。一見、ナマエがそれを望んでいるのかと思えばそうでもないようだ。


「なぁ、なんで女一人で暮してんだ。危険だろ。」

「ローウェルが言う?」

「俺は…ほら、お前が先に入れてくれただろ。」

「それもそうね。」


ずっと気になってはいた。いくら薬品に使える草花が入手しやすいからといって、こんな森奥深くに一人で住んでいるのは危険ではないか。純粋な疑問だったが、ナマエにとっては少し不愉快だったみたいだ。ナマエがつまらなさそうに呟いた。


「人間って、『同じ』じゃないと仲間じゃないのよ。」

「どういう意味?」

「変わったものを作ってる私は魔女なんだって。」

「変わったものって…、ただの薬だろ?」

「自分達に出来ない事をやってのける人間は人間じゃないのよ。」


確かに、何度かナマエの薬を作っているところを見たことがあるが、彼女はとんでもなく調合に神経を尖らしている。少しの調合量の違いで思っていたのと違う薬が出来上がってしまうらしい。でもそれはナマエの驚異的な集中力と注意力でちゃんとした薬に出来上がるのだが、それがどうして『魔女』になるのやら。人間は本当、自分と違うものを受け入れようとしない。


「私の薬を買ってくれる街の人達はいい人ばっかりなんだけど、前住んでた村がねー、そういうの厳しくて。」

「ほお、」

「一時期、村の離れで暮してたら、薬草は育ちやすいわ、空気は美味いわ、静かだわ、」

「結果、森深くで一人暮らしが気に入ったって事?」

「そういうコト。」


今は変な狼が住み付いてるけどね、といたずらっ子みたいな顔して笑うナマエに苦笑が漏れる。
正直、俺はこの女が気に入っている。怪我を治療してくれたってのもあるが、今まで会ったこともないような女だ。変、と言うはあっさりしすぎているし、多分それほど変でもない。きっと、気を使わないで気楽に話せるから、居心地がいいんだと思う。それにアップルグミが美味い。何だかんだメシも作ってくれるし。最初こそウザったそうに俺を見るクセして、最後には夕飯もご馳走してくれるいいヤツ。


「今度アップルグミを袋に詰めるだけ詰めてあげようか?」

「え?そんな事しなくていい。」

「どうしてよ。」

「ナマエの顔を見る口実が減るだろ?」


そして何より。


「…ばーか。」


照れた顔が意外に可愛い。




オオカミ青年と魔女


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