オオカミ青年


これだから人間は嫌いだ。
自分と同じ姿をしていない奴はみんな異形。人間とそれ以外で勝手に分類しやがって。俺はお前等のガキが森で迷ってたから村まで案内してやったのに。どうして石投げられなきゃいけないんだよ。石より食糧くれっての。石なんていらねぇよ。


「くそ…っ、思いっきり投げやがって…」


狼だ!食べられる!と怖がっていたわりには投げられた石はしっかりと俺の額目掛けて飛んできやがった。ちょっと待てよ、とそれを避けるも投げられた石はそれ一つじゃなかった、っていうね。歩くたびにがんがんずきずき痛む額に流石の俺も足元がふらつく。あのガキ…少しは俺の弁解しろよな…。ペットだったかテッドだったか、忘れちまった名前はもうどうでもいい。取り合えずこの痛みをどうにかしたい。川に頭突っ込めば少しは血が流れてすっきりするだろうか。


「…どうしたの?怪我、してるの?」


動かないで、と掛けられたのは女の声だった。きっとそんなに歳いってない。若い、女の声。それが一体どんな顔でどんな格好しているのか見てやりたいのだが、如何せん頭がさっきよりひどく痛む。がんがんずきずきがぐあんぐあんいってる。女の手が俺の髪を掻き分け、痛みの根源である額の傷を眺める。おい、そこ怪我してんだ、掻きあげんならもっと優しく掻きあげてくれ。


「近くに私の家があるの。ほらそこ。もうちょっと頑張って。」


ほらそこって何処だよ。俺の肩に肩を入れて、二人してのろっと立ち上がる。それと一緒に口の中に何かが押し込まれた。見ず知らずの奴からもらったものを口にする程馬鹿じゃねーって吐き出そうとするも、口の中に広がる甘味と程良い酸味につい咀嚼してしまう。奥歯で噛んだそれは柔らかな弾力で俺の歯を押し返す。ぐにぐにとした食感に痛みが気持ち和らいだ気がしなくもない。いや、おもしろい食感に意識がそっちにいってるだけだ。ま、そんなことどうでもいい。二人よろよろと歩む足が止まって、女が手を動かし、ドアの開く音が聞こえた。着いたのか、女の家に。足元気を付けて、と言われた側でドアの段差に足を取られた。どさっと女ごと床にごちんっと音をたてて倒れた。そこから俺は情けなくも意識を手放す。最後に女が「痛い…」と呟いてたのが聞こえた。まぁ、痛いだろうな。俺も痛い。



オオカミ青年




何の匂いだ。色んなニオイが混ざってて…その匂いがどういう匂いだって当て嵌めるのは難しい気がする。だけど少し…薬品っぽい匂いがする。かといって薬品独特のツンとしたニオイがしないのはきっと、色んなハーブがそこらにあるからだと思う。


「なんだこれ、ラベンダー?」

「そう、リラックス効果があるの。色と香りが気に入ってるの。」


枕もとにあった、鮮やかな紫を魅せるそれを手に取るとこじんまりしたこの部屋の扉が開かれ、女が現れた。俺を担いだ女の声だ。女は盆を両手に、多分俺の飯であろうそれを近くの机に置いて、その机の引き出しから何か探すように手を突っ込んだ。出てくるのはどれも薬やら包帯やらだ。


「気分はどう?狼さん。」

「悪くねぇよ。」

「そう良かった。」


ラベンダーを指の腹でくるくると回して言えば、女は俺の顔を見てにかっと笑った。…特にこれといって美人でも不細工でもない、可もなく不可もない人間の女だが、笑うと意地悪っぽく見えて愛嬌があった。釣られて苦笑してしまう。女が「あった、あった」と言ったのを見計らってベッドから体を起こせば女が俺の額に手を伸ばして、いつの間にか貼られてる湿布を剥がした。


「アンタがやってくれたの?」

「そうよ。…うん、いいみたいね。丸一日寝ていた感想は?」

「体伸ばしてぇ」

「ふふ、いいわよ。」


女の手が離れて、ベッドの上で上半身を思いっきり伸ばす。気持ちいいくらいに体から音が鳴って思わず間延びした声が出た。それを見て女がくすっと笑ってたが、不思議と嫌な気はしない。


「ベッド、悪かったな。お前のだろ。」

「気にしないで。久々のお客様におもてなししただけだから。」

「そりゃどうもお構いなく。」

「した後だけどね。」


笑うと、良いな。特にこれといった女ではないが、笑うと良い。何やら薬品が塗られてる湿布を再び俺の額に付けようとしている手を避けるが、女は「動いちゃダメ」と言って無理矢理貼られた。額に貼り付いた瞬間ひやりと冷える。


「これ、どうしたの?狩りでしくったの?」

「しくるかよ。人間にやられたんだよ。」

「人間に?」

「そ。ガキ助けて村まで連れてったら食われる!って言われて石投げられたんだよ。」

「避けきれなかったの?」

「一個二個じゃなかったんだよ。」

「ふうん。それは大変だったわね。」


全然大変そうに聞こえなかった。女は額の他にも怪我はないかと俺の顎を取って左右に動かすが、特に無いとわかったら手を放した。が、再び俺の顎を取った。そして眉を寄せて唸る。


「憎たらしい程綺麗な顔してるのね、あなた。」

「よく言われる。」


女(メス)に困ったことはない。女は顔を引き攣らせつつも、今度こそ俺から手を放して机の上の盆を俺に渡す。待ってました、とそれを受け取ってすぐさまそれを口に運ぶ。薬草リゾットに少々不満はあるものの、タダで食べれるだけ全然良い。


「狼さん『いただきます』くらい言ってくださるかしら。」

「いただきまーす。」

「遅いわよ。」


女はベッド近くの丸椅子を近くに引き寄せ、傍にちょこんと座った。改めて視線を合わせると思ったより体は小さくて、そうなると昨日は随分酷なことをさせてしまったと思って喰いながら女の顔をじろじろ見ていると、女は不思議そうに首を傾げた。その仕種は、可愛いかもしれない。


「ていうかさ、その狼さんって何。」

「狼さんに狼さんっていって何かいけないことでも?狼さん。」

「…ユーリ。ユーリ・ローウェルだよ。俺の名前。」

「『ローウェル』?」


喉越しの良いリゾットを流しこんで女に名前を言った。女は俺の名前に少し目を丸くした後、納得したようなそんな顔でくすりと笑った。


「そのまんまね。」

「は?」

「ううん、かっこいい名前ね。私はナマエっていうの。よろしくね、ローウェル。」

「ローウェルって……、ま、別にイイケド。」



オオカミ青年


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