アスベル・わんこ(3/3)



足場の悪い岩場を抜けて私達はいつもより早く宿屋をとった。そして私は寝込んだ。寝込むことにした。本当に大丈夫?と心配してくれる皆に、私を心配してくれるなら一人にして欲しいと言って布団を頭からかぶった。
おかしい。私おかしい。それ以上にアスベルもおかしい。何かもおかしい!私こんなに男に免疫なかったか?あんなことされたぐらいで意識しちゃって、しかも酔っぱらいに!わんこみたいなやつに!ああああどうなっての私の体!アスベルのせいでなんかくるっちゃってるよー!


「ナマエ」


ぎしっと床の音がしてハッとした。アスベルの声だ。あれ?今さっき一人にしてくれって言ったのにどうしてこの人だけ残ってんの?むしろどうしてコイツが残ってんだよ!お前だよ私の具合悪くなってることになってる元凶!


「何か欲しいものはあるか?」

「いらない。」

「寒くは?」

「ない。」

「俺、ここに残ってるから…」

「ごめん出てって。私弱ってるとこ誰にも見られたくないんだ。」


嘘に少しだけホントのことを混ぜて語気を強めた。そうすれば優しいアスベルは汲み取ってくれるだろう。お願い出てって欲しい。昨日から私おかしいんだ。きっと旅のし過ぎてどっかに忘れた女の何かをまたどっかで拾ってしまって女を思い出したのだろう。それがちょっと若くて可愛がってるいい男が目の前にいたもんだから感覚麻痺した私の脳と体が勘違い起こしてる。もう一度キミに触れられてしまったら、私キミに勘違いな想いを抱いてしまいそうだ。そう強く強く目を瞑った。


「嘘つき。」

「………は…」


布団を介して聞こえてきた声に瞑った目を見開いた。声はすぐそばに。肩に、アスベルの手の温かさを感じた。ゆっくりと視界に光が入って、布団が剥ぎ取られる。


「具合なんて悪くないクセに。」

「アスベ、」

「俺のこと、気になって仕方ないだけだろ?」


剥ぎ取られて目に入ったのは天井じゃなくて、渋みのある葡萄酒色の髪と、空色の瞳だった。まっすぐ見詰められた目は真剣で、そらすことなど許されないものだった。


「ナマエに触りたいから触っただけ。でも俺はもう、触るだけじゃ物足りないんだ。ナマエにどんなに近付いてもナマエは俺のこと可愛い弟分としか見てないから。」


ちょっと…、止めるのも聞かずにアスベルは寝そべる私の上に跨った。アスベルの手が私に伸ばされて思わずびくっと肩をすくめたんだけど、アスベルの手は優しく私に触れるだけだった。そっと頬を撫でられて、親指で唇を開けるように撫でられた。その指先に背中がぞくぞくした。な、なんだこれどうなってんだ?ここにいるアスベルはアスベルなのか?私の知ってるアスベルはもっと。


「好きだ、ナマエ。」


息が詰まりそうだった。


「ちょ、ちょっと待ってアスベル。どいて」

「どかない。どいたら逃げるだろ。」

「にっ、……逃げる、ね。」


むしろ逃げずにどうしろと。
そう返せばアスベルはきょとんとした後に肩を揺らした。


「は、ははっ…、ほんと素直だな。でも、そんなところが好きなんだ。」


笑うと私の知ってるアスベル。だけどすぐに知らないアスベルに切り替わって何この人第二のリチャード殿下?あんなの一人で十分だよ!


「アスベルお願いどいて!わたし、わたしっ」

「触りたい。ナマエが好きだから。」

「ッ!私は嫌なの!アスベルに触れられたくない!」

「どうして。」


アスベルがこれ以上私に近付かないよう、触れないよう腕をじたばたもういっそ殴ってやればいいと思う程振り回していたけど、それはいともたやすく取られてベッドに押し付けられてしまった。アスベルから距離を取ろうと思った行動が、真逆になってしまった。


「アスベルが…、これ以上私に触ったら、私、わたし、」

「触ったら………?」


空色の瞳はいつもみたいに若さに溢れてきらきらしていない。知らない、こんなアスベル、私知らない。こんなぎらぎらしたアスベル。


「変な気分に、なっちゃう…」


キミの指はとても気持ち良くて、キミの唇を見てると吸い込まれそうで、キミの声を聞いてるともっとって手を伸ばしたくなる。そんなこと、今までなかったのに!キミはいつも少し抜けてて天然で純粋で素直で!私なんかが手を出していい子じゃなくて!
近付いてきたアスベルの顔に唇に次の瞬間何が起こるなんて聞くのは馬鹿だ。でも腕が、体押えられてて、なんて言い訳をしてアスベルの唇を受け入れた。受け入れてしまった。
柔らかい。体の奥底がふわっとあがるこの感覚は、とても久しい。


「今、どんな気持ち。」


伏せられた睫毛がゆっくり上がっていくのを見ながら、私は空唾を飲み込んだ。


「……もっと、キスして欲しい。」


言ってしまった言葉に、ゆっくりと目を細めたアスベルの表情は仔犬でも何でもない。男のものだった。そっと離された腕はもうアスベルを突っぱねることなどできず、アスベルの首後ろに回した。アスベルの指先は私の頬を撫でる。怖いぐらいに気持ちいい。ナマエ、と囁かれた甘い声は底が見えない何処かへと落されてしまうような感覚にさせる。


「もう離さないから。」


アスベルの口から出てくるのは甘っちょろくも若い言葉でもない。情熱的な言葉だった。それを証明するかのごとく再び合わさった唇は先程よりも熱く、深いものだった。何度も重なる唇にいつか唇食べられちゃうんじゃないかと思った。


「ナマエ、俺を好きになって。」


キスしながら言うセリフなのそれ?と突っ込む余裕すらない。与えてくれない。むしろ言葉で脳が麻痺してしまっている気がする。ここまで人に求められたのは初めてだ。だいたいアスベルはいつも皆やソフィを守るって言ってたから、私もその皆の一部だと思ってたから。それはそれで全然構わないし嬉しいのだけど。だからこそ、この一対一の言葉が頭に響いてる。


「昨日の、こと、覚えてたんだ…」

「わざとって言ったら?」

「え…何が…」

「酔ったのが。」


やっと離れた唇に若干の寂しさを感じながらもアスベルを見上げた。


「最初は確かに酔ってた。だけど水飲んだらスッキリして…。やっと二人っきりになれたし。酔ったついでで色々しようかと。」


口元は笑っているのに目が全く笑ってないアスベルさんの表情に全身が固まってしまう。そして今更ながらすごい後悔を覚えた。もしや私とんでもないヤツに掴まってしまったのではないだろうか。そしてとんでもないヤツに今喰われそうになってるのではないだろうか。どうしてあんな言葉を口にしてしまったのか。あれではもう喰ってくれと言ってるようなものだ。ああでもあの時はもう、こう、自然にぽろって出てしまったようなもので!


「もう遅い。好きになってもらえるよう、頑張るから。」


だから好きって言って。と甘い声で言われた瞬間喉から好きって言いそうになった!危なかった!私今危なかった!何が危ないのかよくわからないけど今この状況で好きって言ったら危ない気がしたから危なかった!


「アスベルって、結構頭頭いいんだね…」

「…?勉強はあまり得意じゃなかったが…」

「……あー、えっと、…そう。」


今この状況を作るためにアスベルが昨夜から仕込んでいたのなら…と考えていたけどそうでもないらしい。変なところで抜けてる。いつものアスベルだ。でもさっきまでキスしてたアスベルは私の知らないアスベルだった。


「なぁナマエ。もっと触っていいか?これだけじゃ俺、まだ満足できない。」

「っ、な、ど、どこまで触りたい症候群なのよっ!」

「んー…どこまでも、かな。」


その笑顔がキス手前のこの至近距離でなければきっと可愛いなーと思っていただろう。しかしそれは優しく押し付けられた唇によって掻き消される。
このわんこ、見た目によらず随分賢い。



アスベル・わんこ

ちょっと待って、そのわんこ本当に仔犬ですか?




俺、わんこでもいいけど…噛むよ?


[*prev] [next#]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -