仔猫の見つけ方
「ねぇナマエ様」
適当な部屋に逃げてやり過ごすつもりだった。それがどうしてこうなってしまったのか、私には理解できなかった。私は逃げたのだ、フレンから。こんな可愛くない女を追っ掛けるよりもっと可愛くておしとやかな女性を愛しなさい、と。
「何度言ったら理解してくださるのですか?」
一生懸命走っているのに(この際貴族の振る舞い方は忘れる)何故か距離が離れない。あっちはいつものようにカツカツ歩いているのに、どうしてか彼は走ってる私に追い付いてしまいそうな勢いだった。このままでは掴まってしまう、と私は適当な部屋を見付けて、彼がそこの角を曲がって私を見付けるより先に隠れようと部屋に滑り込んだ。それでも心許なくて入ってすぐのクロゼットに急いで忍び込んで戸を閉めた。それと同時にこの部屋の扉が開く音がして冒頭の台詞をフレンが吐いたのだ。
どうしよう。フレンがこの部屋に入ってきた。たくさん部屋があった廊下でどうして私がここに入ったのがわかったのだろうか。いや、今はそんな事どうでもいい。今は、どうか、どうか、私がここにいる事に気付かずこの部屋から出て行って欲しい。息を殺しているに関わらず恐怖に似た感情が私を襲って息が震える。心臓がうるさい。カチャカチャとフレンの甲冑が鳴る。お願い、どうか、気付かずに帰って欲しい、と膝を抱える中、無惨にも甲冑の音はこちらに向かって大きくなる。
「…ふふっ」
クロゼットの戸の向こうからフレンの笑い声が聞こえて甲冑の音が止まった。鳴り止んだ甲冑の音にやり過ごせたのかと思ったがそれは勘違いだった。フレンの笑い声は、ちゃんとこちらを向いている。
「…裾が隠しきれていませんよ、ナマエ様。」
言われてはっと息を呑んだ。すぐに抱えている足先を見ればクロゼットの戸が裾を噛んでいる。もう意味はないとわかっているのに何故か私は慌てて裾を引っ張り再び足を抱えた。なんて馬鹿な事を…。これでは、私はここにいると言っているようなものではないか。
「どんなに貴女が私から逃げようとしても、」
また聞こえ出した甲冑の音に私はクロゼットの戸を開けられないよう手を伸ばした。しかしそれは空を切り、今は浴びたくない光を私に浴びさせた。
「私は貴女を地獄まで追い掛け掴まえます。どんなに貴女が私を嫌おうが、貴女は…僕のものだ。」
薄暗い部屋に関わらず彼の髪は美しく輝いていた。目に痛い程の金。私の心を苦しい程に縛り付けるラピスラズリ。
そのラピスラズリが私に向ける感情は、愛憎。
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