勘弁してください!
「ユ、ユーリ・ローウェル先輩!」
校内で一、二を争う程かっこいい先輩の背中を見付けて私は震える声を上げた。放課後の廊下はまだ学校に残ってる人と部活に行きたくなくてうだうだしている生徒でたくさんだったけど、先輩の背中はすぐに見付けられた。だって、腕捲りしてたり、襟出てたり、ブーツ履いてたり、ここまで校則違反ばかりなの、先輩だけだもん。
「…じゃぁユーリ。僕は先に行ってるよ。」
「あぁ、悪いな。」
声を上げた私に振り返って、見事引き止めることに成功したユーリ先輩の隣には、先輩がぶっちぎりで校内一のイケメンになりきれない理由のフレン・シーフォ先輩がいた。金色の髪に空色の瞳。ユーリ先輩とは真逆の、模範生のごとくかっちり制服を着こなした腕には生徒会の腕章がついている。綺麗な瞳をより一層魅力的にみせる眼鏡の奥の瞳は柔らかく細められていて、その瞳が私に向けられた時は思わず持っている物を落としそうになった。ひぃっ、か、かっこいい…!
「おーい。人ん事呼び止めて何違う奴に見惚れてんだよ。」
「わ、せ、先輩っ」
ああ?ん?なんて続きそうな程メンチきってきた先輩に一歩後ずさりながらもふるふると首を振る。いやいや違いますって。た、確かにかっこいいとは思いましたがそれはただ思っただけで特に深い意味は無いので見惚れたとかそういうのじゃないんですよって一息で言えば先輩は口端を上げて笑ってくれた。お、おお、ゆ、許してくれたのかな…!
「で、上級生の廊下にまで来て何の用だよ。」
「え、えっとですね、お礼を!この間のお礼をしに!」
「礼?」
「はい!」
この間、お弁当を忘れて食堂に来たはいいけど食堂戦争に入り込めずそれを見兼ねた先輩が私の代わりにパンを買ってきてくださったというお礼です!しかもあの時「金はいらねぇぜ」スチャッて二本指立ててたような立ててなかったようなとにかくかっこいいことしてくださった先輩はそれにプラス、フルーツサンドもくださった!神だ!めちゃくちゃ甘かったけど!!あと、あの後「パン代」って言われて何か大切なもの徴収された気がしたけど、あまり深く考えないようにしている!!だって先輩なんだもん!(先輩、女遊びとか激しそうなんです、もん。)
私は昨日の夕方準備して綺麗にラッピングした袋を先輩に差し出す。先輩はそれを受け取ってくれて、大きな目をくりくりとさせて袋を顔まで持ち上げて眺めていた。
「何これ。」
「クッキーです。お口に合うかどうか…。」
「アンタの手作り?」
「あ、安心してください!ちゃんとイオンで買った正規品の私的オススメクッキー盛り合わせです!」
なのでマズイってことはありえませんし、衛生面的にも何も問題ありません!私が厳選に厳選を重ねて選び抜かれたクッキー達なのですぺしゃる美味しいですよ!そう意気込んで伝えれば先輩の目は、さっきまで大きな目だったのに細く薄くなって、それから少し顔を逸らして浅く溜息を吐かれた!うわ!溜息!
「えっと…、実はクッキー嫌いでした…?フルーツサンドもらったので実は甘いの好きなんじゃないかと推測したのですが…。」
そうだとしたらそれはとても嫌なチョイスだったな。だって結構甘めのものを選んだわけだし。そうか、先輩クッキー的なもの駄目なのか。うう、せっかくのお礼だったのに、全然お礼になっていない…。
「なんでそこまで推測できて、これは推測できねーかな。」
「す、すみません。」
「違う。」
「ふ、にゃっ!?」
ぺこんと頭を下げたら先輩の大きな手が私に伸びて、ぐにっと頬をつまれた。い、痛い。な、何するんですか先輩!と言っても口から出るのは息が漏れた言葉だけで。ふがふがと喋る私にユーリ先輩は大きな目を今度は鋭くした。
「お礼っつーのは普通手作りだろうが、手作り。」
「ふえっ?」
「少しでも感謝してんならその気持ち込めて手作れ!」
「いたいっ!」
ばちんと抓られた指が離れて頬がじんじんした。痛い、痛いです先輩ひどい!
「て、手作ったら、先輩へのお礼になります…?」
「なる!」
「じゃ、じゃぁ手作ります…っ」
ああ、でも味はあまり保障できないっていうか、あの、あまり手作りとか料理とかしたことがなくて、ご飯とかお弁当とか全部お母さんに任せっきりで、料理なんてバレンタインの友チョコ大量生産にクッキー作るだけなんです。お腹悪くしても、知らないですからね?先輩が手作れって言うから、手作るんですからね…っ。
「あ、でも一応これもらっとくな。」
「なんだ結局それでいいんじゃないんですか。」
「これはアレだ、アレ。フルーツサンド分。手作りはカツサンドとブルーベリーデニッシュ分。」
「よく覚えてますね。」
「喰い物は忘れない主義なんでね。」
さっそく先輩はラッピングした袋をがさがさと開けて、金色の針金みたいな平たいやつを私に押し付けて、袋の中から一枚クッキーを取り出した。
「あ、それ私の一番のオススメです。サクサクで美味しいんですよ。」
「へぇ。」
ぱくり。先輩は意外にもクッキーを半分口に入れて、一口で収めずに食べた。もぐもぐ動く先輩の口元に、どうかな、美味しいって気に入ってもらえるかな、とそわそわしてたら、何を勘違いしたのか先輩が私に半分残ったクッキーを私の口元に持ってきた。
「ん?喰わねーの?」
「一応、先輩へのお礼なので。」
「アンタ一番のオススメなんだろ、ほら。」
「………では、ありがたく。」
お言葉に甘えてぱくり。出されたクッキーに口を開くも、押し込まれた最後、ユーリ先輩の指が唇に触れた感じがして慌ててすみませんって言ったけど先輩は指をぺろりと舐めて何がだ?と首を傾げた。あ、な、なんでもないです。(どうせ何とも思っちゃいねーよこの人。こんな公衆の面前でやりやがってチクショー。)
「甘いのな。」
「あ、はい。でも美味しいです、よね?」
「あぁ、しかもすげぇ柔らかい。」
「?サクサクなはずなんですけど。」
「ん?あ、あぁ、サクサクだったな。」
結局どっちだよ。という言葉は心ん中で押し込んで、でも取り合えず私的オススメクッキー盛り合わせは本当のお礼までの繋ぎにはなったようでちょっと安心。
「じゃぁ、今度手作り持ってきますね。本当に手作りでいいんですか?」
「むしろ何で手作りを持ってこなかったんだよ。」
「私が先輩に手作りして得あります?」
「あるだろ。」
「あるんですか?」
「あるんですよ。」
ぽんぽんと頭を撫でられて、ちょっとクッキー食べた手で頭撫でないでくださいと体を捩りたかったけど、にかっと笑った先輩の顔があまりにも可愛かったので黙っておくことにした。
「先輩、よく可愛いって言われませんか?」
「お。先輩に対しての暴言か。手作り品増やすぞ。」
「おくちミッフィー!!」
ユーリ先輩!!
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