ミムラスを咲かせて。




彼女は、エステリーゼ様とはまた違った放って置けなさがあった。

当たり前だけど、自分より小さくて細くて頼りなくって。指で突いたら簡単に崩れてしまいそうな女性だった(…実際やってみたら本当に崩れそうだな……)。初めて見た時はまともに目も合わせてくれなかったし、会話という会話も成立しなかった。それは、その、今も少しだけそうだけど、それでも初期よりは良くなったと思う。に、逃げられなくなったし。(目の前で逃げられたのは少しヘコんだ。)会話だってちゃんと返してくれるようになった。(あまり目は合わせてくれないけど。)ナマエ様に会って、エステリーゼ様にナマエ様を人慣れするように頼まれた時、正直どうなるかと思ったが、少しずつ、少しずつ、会話を繰り返すと俯いて隠れる顔の中に、微かな表情の変化を見付けることができた。照れてる顔、恥ずかしがってる顔、悲しい顔、嬉しそうな顔。その変化を見付けることが出来たのが嬉しくて、もっと見れないかなと思った。できれば、怖がってる顔や脅えている顔以外で、もっと、もっと、ナマエ様の表情の変化が見たいと思った。それからナマエ様が今どんな顔をしているのか、彼女を目で追い掛けるようになった。彼女の表情の変化をわかることになった自分に少しわくわくした。彼女の知らない人が来て、それから逃げるように自分の後ろに隠れてしまうナマエ様をやんわりと注意しつつも、仔犬か仔猫に懐かれた気分になって嬉しくなった。自分が彼女の一片になれたように感じて、満足した。そうか、自分はやっと彼女の領域に入れることができたんだと思うと自然と自分の顔が緩んでしまってソディアに何度も首を傾げられてしまった。

その後だった。ちょうどエステリーゼ様とナマエ様が会話しているのを見て声を掛けようとして、愕然とした。エステリーゼ様に向かって楽しそうに微笑まれるナマエ様の表情は、見たことがなかった。そんな明るい表情、見たことがなかった。何が表情の変化だ、何が懐かれただ、一片とか、領域とか、そんなもの、あの笑顔を見てまだ言えるのか。いや、言えるわけがない。そんな表情、しようともさせようとも思ってなかった。だって、見たことがなかったから。それからだ。僕が彼女に対して燻った思いを抱くようになったのは。何で自分の前でエステリーゼ様のような顔を向けてくれないのか、そのクセふと自分に頼ろうしている目を向けたり、頑張って話し掛けようとする素振りを見せたり。全然その気なんてないクセに傍にいようとする。それはすごく不愉快で、嬉しかった。彼女と一緒にいると変な気持ちになった。彼女を拒否する気持ちと、彼女の傍にいたいと思う気持ち。僕は、あんな笑顔を見せられた後でも、彼女の表情の変化をずっと見ていた。少しだけ変わる表情は、まだ見ていて楽しかった半面、虚しかった。どうしてだろう。どうしてこんな気持ちになるんだろう。あまりにもそんな気持ちが膨らみ過ぎて、これは支障が出ると思ってユーリと酒を飲みながら話をした。ユーリは僕の話を聞いている間始終噴き出すのを堪えていた。もっと真面目に聞いて欲しい。今僕は、とても悩んでいるのに。ユーリは僕に「したいことをすればいい」と言っていた。したいこと?僕のしたいこと?そんなの、だから、僕は彼女の笑顔が見たいんだって。言って、言葉が気持ちにストンと収まった。え、なに、そういうことだったのか?僕はずっと、彼女に。





「フレン様…?」


空から降ってきた彼女の声で思い返していたのを止めた。そんな事があったな、ぐらいの勢いでぼおっと座っていたところを声掛けてくれたようだ。ひと気のない通路にある人気のないベンチに腰掛けていた。ここは向こうが庭に繋がっているから、花がよく見える。花を見ながら思い出と言うにはまだ浅い記憶を読み返していた。ちょうどベンチに腰掛けているので普段は隠れてしまうナマエ様の顔がよく見えた。小さな顔に、柔らかそうな髪、華奢な体。


「大丈夫、ですか…?何処かお加減でも…。」

「ああ、すみません。大丈夫です。」

「…お疲れですか?」

「いえ、ただぼおっとしていただけで。」


そう、ただぼおっとしていただけだ。心優しいナマエ様に無駄な心配をさせぬよう笑ってみせると、ナマエ様が少しだけ微笑まれた。


「フレン様も、ぼおっとしたり、するんですね。」


花のようだ。いつか言った、彼女に。貴女が笑うと花が咲いたようだと。その言葉は嘘でも世辞でもない。今自分に向けられる花は満開ではないが、小さくほころんではいる。愛らしい。可愛い。手に取って、触れて、摘んで持ち帰って、自分の部屋に飾りたい。顔を上げたところにそれがあって欲しい。籠手を外した手で、小さな顔の頬を包んだ。片手を伸ばすとナマエ様は少しだけ身を固くするも、逃げはしない。


「フ、フレン、様…っ!?」

「駄目です、ナマエ様。」

「えっ、は、っあ、あのっ…!」

「ナマエ様、笑って。」


わたわたと小さな手をどうすることもなく遊ばせてナマエ様の表情が強張る。以前より、強弱のついた表情だ。それも嬉しいけど、違う。僕が欲しいのはそれではないのです。朱色に色付く花弁に口付けられたらいいのに。少しだけなら、少しだけなら、良いだろうか。自分の唇をそこに寄せて、触れるか触れないかの距離で囁いた。間違って花弁をむしってしまわぬように。


「笑ってください、ナマエ様。」

「っ、ひ」

「笑って…?」


怖がらせないように、優しく、優しく。そう言葉を紡いでもナマエ様の瞳はぎゅっと閉じられ、まるで僕を見ようとしていない。おまけに小さな手で顔を隠されて、そんなの、駄目ですよ。貴女の笑顔が見れなくなってしまう。覆われた手を、指をゆっくりと引き離せば少し潤んだ瞳がそこにあった。汚れを知らないナマエ様の目に自分が映っている。彼女の目は純度が高いから、僕の張り付いた優しそうな顔がそこにあった。貴女には、僕がこんな風に見えているのですね。


「い、いじわる、言わないで、ください…」

「意地悪なんて言ってませんよ。ほら、笑ってみせて。」

「そんな、むりです…っ」


優しいフレン様とでも思われているのだろうか。それでも別にいい。それが僕に対するプラスの気持ちであれば。エステリーゼ様に向けた花のような笑顔を僕にも向けてください。誰に対してでもない、僕に。


ミムラスをかせて。


僕に満開を咲かせるまで放って置いてやんない。咲かせても放ってやんない。


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