はにかんだライラックパープル




腰と胸下を息が出来なくなるんじゃないかと思うぐらい絞められたコルセットも、鎧を纏ったように重たいドレスも、煌びやかな会場も、全てが全て逃げ出してしまいたいと思う要素だった。だけどヨーデル様の警備にあたるフレン様の姿を見掛けるたび、その存在が私に勇気をくれた。いつか彼は私に言ってくれたのだ。「貴女が笑うと、花が咲いたようです」と。





不愉快で仕方がない。
フレンは各要人と挨拶を繰り返すヨーデルの脇で剣呑な眼差しを伏せた。今日というこの場はヨーデルの誕生パーティだというのにどうして会場の男達は鼻の下を伸ばしているのか。次々とダンスの申し込みをされ会場の端から端を踊るナマエを視界に入れつつ、そんなナマエを遠巻きで今か今かと誘おうとしている貴族の子息達に溜息が出る。この場を何だと思われているのだろうか。次期皇帝候補のヨーデル・アルギュロス・ヒュラッセインの誕生パーティである。若くも聡明で心優しいヨーデルはそんな事を気にする御方ではないが、今日のパーティの主役を皆忘れているのではないだろうか。

(ナマエ様もナマエ様だ…)

あんなに胸を弾ませる程踊られて、疲れているのなら誘いを断って戻ればいいものを。踊った男性一人一人に、愛らしい紫の花飾りを揺らしながら律義に笑い掛けるから。ほら、また。ダンスで息が上がった顔で微笑まれては男が勘違いしてしまうというのに気付かないのだろうか。だいたい彼女はこの誕生パーティに出席できないお父上の名代として帝都に戻ってきたのではないのか。それがあれでは……。違う、ナマエ様が、ではない。これは完全に『嫉妬』だ。ナマエ様が花のような微笑みを自分以外の男に向けていることに腹をたてている。その微笑みが自分に向けられていないことに苛立っている。心の臓からこの身を焼き焦がすかのような嫉妬の炎が燃え盛っていた。許されるのなら、ナマエ様を自分の背にやりナマエ様に目を向ける全ての男達に剣を抜いてやりたい。


「フレン。」


少し長引いた挨拶が終わり、また次の挨拶が来るのを手で軽く制したヨーデルが控えるフレンに声を掛け振り向いた。気付かず白くなる程握りしめていた自分の手を解すような優しい声音にフレンは一拍遅れて顔を上げた。


「…はっ」

「騎士の中でも秀でた才を持つ貴方が僕の警護にあたってくれてとても心強い。ですが…、その気は今の僕にはとても辛いのでなるべく抑えてくれると嬉しいです。」

「は…?」

「今にも剣を抜いて会場を突っ切らんばかりの目をしていますよ。」


ヨーデルの微苦笑にフレンはしばらく沈黙し、ゆっくりと言われたことを理解し始め勢いよく頭を下げた。何てことだ。ヨーデルにも気付かれる程感情を露にしていたなんて。一番状況を理解していないのは自分ではないか。フレンの謝罪にヨーデルは薄い笑みを浮かべて会場へと目をやった。その先は、初めて空を飛べたことにはしゃぐ小鳥のように踊るナマエだった。未知の世界への不安と少しの好奇心。踊り続けるナマエの表情からはそれが読み取れた。


「昔から、ナマエは笑うと可愛かったんですよ。ただ、ああやって誰にでも笑い掛ける程器用な子ではなかったのですが…。」


それは…知っている。自分だって、自分自身に笑い掛けてもらえるまでどれだけの日を費やしたか。誰かを思って微笑まれることはあっても、その笑みは自分のものではない。しかし最近となってやっと自分自身に微笑んでくださり…、まるで花を咲かせたかのように微笑まれるナマエ様に、その笑顔があればパーティも乗り切れますと言ったのも自分だ。少しぎこちなく、はにかむようなナマエ様の笑みは自分の心を酷く締め付け、ナマエ様で溢れ返させられる。出来ることならその小さな体を掻き抱いてやりたい。しかし小鳥のような貴女だ。自分が腕を広げて抱き締めるより先に何処かへ飛んで逃げて行ってしまうだろう。もし自分のこの腕で彼女を抱ける日が来たとしても、きっと誰よりも繊細な翼を愛しさのあまりに圧し折ってしまうだろう。そして自分から逃げてしまわぬよう、鳥籠に入れて、自分に脅える姿を愛でるのだ。


「フレンのおかげだ、とエステリーゼから聞きました。ナマエが以前より自分から喋るようになったのも、少しずつ人前に出られるようになったのも。引っ込み思案だったナマエをフレンが変えた、とも。」

「そんな…、言い過ぎです。」

「そうでしょうか…。フレン、気付いていますか?踊り終わったナマエが、そのたびにこちらを見ているのを。」


ヨーデルに促されるように踊り続けるナマエへと視線をやった。大広間に流れる曲がちょうど終わり、それと同時にステップを止めたナマエがドレスを摘んで軽く膝を折りパートナーに微笑んでいた。そして。


「…っ」


弾んだ胸に手をあて、次に誘いに来る男を後ろにこちらを見上げた。一瞬目が合ったことに驚いたのか、まさか目が合うとは思わなかった気まずさに俯いたナマエだが、楽団が次の演奏の準備に差し掛かったところで、もう一度フレンを見上げた。そして、ゆっくりと蕾を開花させた。


「僕はあんなに綺麗に笑うナマエを初めて見ました。フレン、貴方はナマエを変えたのではなく、新しい感情を芽生えさせたのでは?」


そう薄く自分に笑い掛けたヨーデルに、見透かれそうな心をフレンは目を伏せることで隠した。
芽生えさせたなんて、そんな言葉で片付けられては困る。既に自分は彼女という花弁を全てむしり取ってまるごと食してしまいたいくらいなのだ。


その笑みを、花を、自分だけのものにしてしまいたい。


芽生えさせたなんてとんでもない。


芽生えさせられたのは、こっちだ。



はにかんだライラックパープル



花飾りを揺らすナマエ様の御髪に触れたい。指を絡めたい。掻き抱いてしまいたい。


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