ホワイトレースに隠された可憐な心





エステリーゼ様の後ろを隠れてる貴女を初めて見た時、まるで小鳥のようだと思った。貴族令嬢として大事に育てられた体は小さく儚く、俯きながら自信無く自己紹介をしてくれた声は細く震えていた。その姿にある意味目を奪われながらもエステリーゼ様に紹介頂き、やっと目が合ったと思えばすぐにそらされてしまった。その姿はまるで、近付いたらすぐに羽を広げて飛んで逃げてしまう小鳥のようだと、思った。







「ナマエ様おはようございます。」

「…っ、お、おは、おはよう、ございます…フレン様…。」


中庭の花園から少し離れた場所、日陰が多く花も少ない、あまり警備の目が行かない所、そこがナマエの気に入りの場所だった。中庭の花園にはガーデナーが丹精込めて育てた花々がそこら中に咲いているのだがここにはそれが少ない。それはつまり人が少なく、警備に回る衛兵もあまり来ないということだ。昔から引っ込み思案な性格で、親が帝都から離れた場所での仕事をしていたため同い年の友人もいないナマエにとってそこは誰とも会わずに済む絶好の場所だった。そんなナマエの気に入りの場所に現れたのは金糸のような髪が眩しい青年騎士、フレン・シーフォだった。


「今日もここにいたんですね。」

「ここは…、誰も来ませんから…。」

「あ…はは…」


彼は先日、とある用事で帝都へと戻ったナマエに、ナマエ唯一の友人であるエステリーゼに紹介された青年だった。紹介してくれたエステリーゼ・シデス・ヒュラッセインは帝国皇族の血筋を引く皇女で次期皇帝候補の一人なのだが、性格は明るく穏やか、人懐っこくとても世話好きである。そんな世話好きの彼女は以前からナマエの引っ込み思案でお世辞にも人間関係を構築するのが上手とも言えない性格を心配していた。そしてその心配から紹介されたのが、目の前のフレンである。


「自分から人の輪に入らないと何も変わりませんよ。」

「ご、ごめんなさい…」

「あ、いえ…、そういうつもりじゃ…」


人間関係を構築するのが苦手なだけあって男性と話すのも苦手なナマエにフレンがその練習相手だと紹介された。金色の短い髪に空色の目、久々の帝都に戻れば若く凛々しいフレンの噂でメイドや他の令嬢は持ちきりだった。噂を聞いてどんな人なのだろう、と想像する暇もなくエステリーゼに紹介したい人がいると言われフレンと出会った。初めて彼を見た時、ナマエはその背丈に驚いた。自分の頭一つ以上ある。それに重そうな甲冑を服のように着こなし、当たり前だが腰に剣を下げていてあきらかにお茶を飲みながら談笑できる相手ではない。こんな騎士の鏡のような男性を紹介してエステリーゼは自分に何を求めているのだろうと思ったがそれはすぐに消え去る。凛としつつも、柔らかい優しい声に、耳を奪われた。空色の目は優しくナマエを見上げていて、膝をついて胸に手を当てる仕草は昔童話で見た王子様そのものだった。


「今日は何を?」

「今日は…、エステリーゼ様に差し上げる、刺繍の、花を…、どうしようかと…。」

「ああ、刺繍がお得意と聞いてます。エステリーゼ様も作ってもらえると、喜んでいましたよ。」

「ほ、本当ですか?」

「ええ。」


フレンは厳つい甲冑とは程遠い優しい青年だった。緊張のあまり人と目を合わせることができなく、会話も吃ってしまうナマエの言葉を焦らせず、ゆっくり、待ってくれる人だった。ふと目を合わせてもその顔には常に優しい笑みがあって、今までふと顔を上げたら鬱陶しそうな顔しか待っていなかったものだから、その笑顔にナマエはすごく安心した。彼は優しい。すごく、とても。


「それで、どんな刺繍に?」

「あ、あの、ホワイトレースが綺麗に咲いてたので…、それにしようかと…。」

「ホワイトレース?」

「…あれです。」


フレンに首を傾げられてナマエはすぐそこに咲いているホワイトレースフラワーを指さした。純白の小花がたくさん咲き溢れる姿が繊細なレースのように見える名前の通りの花だ。


「花言葉が感謝なので、ちょうどいいと…思いました。」

「花言葉?」

「はい。あとは、『可憐な心』という意味もあるんですけど、その意味は、今回お休みしてもらおうかと…」


久々の帝都に不慣れなことも多かったがエステリーゼが色々と世話を焼いてくれたし、フレンという優しい人物も紹介してもらった。全部が全部エステリーゼのおかげで不自由なくいっている感謝を刺繍に込めようとナマエは小さな両拳に力を入れるのだが、その姿がフレンにおかしく映ってしまったのか、フレンは小さく肩を震わした。


「フレン様…?」

「はは…、あ、も、申し訳ありません…。その、意味をお休みしてもらう、というのが…」

「…お、おかしかったでしょうか…?」

「い、いえ…、その、…はは、すみません、おかしかったです。」


細められた空色の目がとても眩しく、ナマエはつい目を薄めるのだが、自分がフレンを見詰めているという事に気付き慌てて顔を俯かせた。フレンの顔はメイドや令嬢の間で噂される通り本当に綺麗で整っている。そんな綺麗な顔立ちの男性と話すことも目を合わせることもナマエはとても緊張する。そしてそんな男性におかしかったと笑われるのはとても恥ずかしい。耳まで赤くなっているのが自分でもわかる。


「ナマエ様は、花にお詳しいのですね。」

「いえ、そんなこと…。話す相手が居なかったので、本をずっと見ていただけです…。」


帝都から離れて仕事をすることになった父を、未だ新婚のように愛し合う母が一緒に着いていくことは必然だった。そしてそんな二人に一人置いてかれるのは嫌だと着いてきた自分だが、新しい土地で上手く友人が作れたわけでもなく、一人自室にこもり、読書や刺繍をするのが常だった。おかげで一人遊びは得意だし一人での時間の潰し方も得意だ。こうして誰かと会話する時間の方が長く遅く感じられる。出来れば城の中で過ごす間も一人部屋で閉じこもり好きな本を読んで刺繍をずっとやっていたい。しかしそれはエステリーゼによって禁止されている。彼女曰く、少しでも外の世界に馴染むべきだと。外の世界と言っても城内という極めて狭い世界だがナマエにとっては十分広い。それならばエステリーゼが相手をしてくれればいいものの、次期皇帝候補はのほほんと話せる程暇ではない。


「では、よろしければ今度、私に花言葉を教えてください。」

「え?」

「いつも鍛練ばかりで花を愛でる習慣なんて無いんです。せっかくエステリーゼ様にナマエ様を紹介して頂いて、こうして話す機会を頂いてますので。」

「で、でも…お仕事、大変でしょうに…。」

「いい気分転換になります。」


人と話すのは緊張する。もちろん目の前のフレンだって目が合うだけで緊張して体が固まってしまう。しかし、どうしてかフレンとは、話すと体が緊張してしまうクセにもっと話していたいと思える。時間の流れも長く遅く感じて会話だってどう紡げばいいのかまったくわからないが、フレンが話す優しい言葉と声に自分の心はひどく弾んでいる。自分から見ても会話が挙動不審な自分が忙しいフレンの気分転換になれるのかというそれは絶対なれない。フレンはエステリーゼからお願いされて自分に話し掛けてくれているのだ。彼だってエステリーゼのように暇ではない騎士だ。そう、わかっていても。


「で、では…お願い、してもいいですか?」

「…私がお願い、しているのですがナマエ様…。」


この気持ちは、彼に出会ってから日に日に大きく蕾を膨らませている。



ホワイトレースに隠された可憐な心



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