気持ちでお腹いっぱいです!


自販機のパックジュースを買う時くらいしか出さない財布を握りしめて、私は目の前に広がる戦場に言葉を失った。人、人、人の波。今の今まで遠目で見ることはあったが実際に行ったことがなかった学食に今更踏み入れた事の後悔が私にじわじわと襲い掛かる。


(お昼休みの学食がこんなに混んでるなんて…)


取り合えず、今日はお弁当作れないから!と前々からお母さんが言っていたのを失念していた。だから学校に来る前にコンビニに寄っておにぎりとか、お弁当じゃちょっと食べれないあれこれを買っていつもと違うお昼を楽しもうと決めていた。だけど決めたいたのは決めていただけで、それは私が寝坊で遅刻ギリギリに教室に入ったことで消え去ってしまった。


(どうしよう…パン、めっちゃ混んでる…!)


買えなかったものは仕方がない。学校には学食というものも存在しているのだ。毎日混んでる場所に行く気はなくて毎回お母さんにお弁当を作ってもらっていたけど今日ぐらいは利用してやろうではないか。そうお財布を握りしめて教室を出たのは数分前だ。行く前に友達が一緒に行ってあげようか?と心配そうにしていたのはこの事だったのね!ごめん!今更一緒に来て欲しいです!
ラーメンとかカレーとか、チケット制のものだったらまだ良かったかもしれない。配膳口が麺類ご飯類で分かれているから行列があまりない。しかしチケット制のものはトレーで受け取るから必然的に学食でご飯をとることになる。


(でも、教室にみんな待たせてるから、行かなきゃ。)


我先にとパンを売るおばちゃんにお金とパン名を告げるその戦場にもたついてても意味はない。もたついたらもたついた分だけパンが無くなる…!学年男女入り混じっての購買は戦場そのものだ。それをさばき切っているおばちゃんもすごいけど、その戦場に向かう戦士(生徒)達も凄まじい。私はその戦士に仲間入りするべく小さく拳を握って気合を入れてから、その戦場に突っ込んだ!


「す、すみませ…っ!!」


どん!より、ぺいっ!という音の方が正しい。

私の中のパン戦争、開戦一秒も満たずに締め出された。
な、なんて修羅場なのココ…!!ゴール(おばちゃんのこと)に辿り着く前の防壁が半端ないですけど…!鉄壁なんですけど!近寄ることすらもできないなんて…!先の見えない(おばちゃんが見えない)戦場に思わず体がふらっとしてしまい、近くの壁に寄り掛かろうと思ったのだけど、私の体は壁ではなく、誰かの腕によって支えられた。


「おっと、大丈夫か。」


寄り掛かろうとした肩に誰かの手。すぐ後ろから聞こえた声に振り返れば着崩した制服がすぐに目に入った。しまった、ちょっと怖い人に当たったかもしれないと思ったのも一瞬、男性にも関わらず長い髪を綺麗にくくった黒髪と大きな瞳にぶわっと背中に汗をかいた。


「ユーリ、ローウェル…、先輩…!!」


戦場に負けてふにゃけた体が一瞬にして固くなった。目の前の、学校一、二を争うイケメン『ユーリ・ローウェル先輩』に。胸元を大きく開けたシャツに、長袖ブレザーを白シャツと一緒に捲り上げたその格好は間違いなく、っていうか顔を見れば一発でわかるよっ、ユーリ先輩だ。


「す、すみません…!ごめんなさい!申し訳ないです!」

「いや、そこまで言わなくていい。」


友達はもちろん、女の子に大人気、さらには男子の後輩層からも絶大な人気を誇るユーリ先輩が目の前にいらっしゃる!しかも私に声を掛けた!べ、別にユーリ先輩のファンとかそういうわけではなかったけど、目の前に学校一の有名人がいたらこういう反応を取ってしまうのが庶民のアレなわけでして…!支えられてしまった事に何度も何度も頭がすぽんって抜けるくらい頭を下げていたらユーリ先輩が「いいって」と苦笑していた。や、優しい人なんですね!


「なんか…はぶれてたみたいだが、大丈夫か?」

「へっ、あ、み、見てたんですか…?」

「悪ィ、ちょっとおもしろそうだったから。」


まるで悪戯っ子のように笑うユーリ先輩に私のパン戦争、一部始終見られてたようです。(恥ずかしい消えたい。)愛嬌のある大きな瞳が細められて、ああなるほど、イケメンだ、とやけに冷静に納得してしまった。


「今日は弁当じゃないのか?」

「は、はいっ。お弁当、買ってくるの忘れちゃって…、…………?ご存知なんですか?」

「あ、いや…。学食で初めてみる顔だったから。」

「あ、なるほど。」


お昼はだいたい、学食に行く人、教室でとる人の二つに分かれる。いつもは教室で食べている私が学食に、しかも初めて来たのだから違和感まる出しだったのだろう。しかも勝手がわからないからきょろきょろしてたし…挙動不審で目立ってたのかもしれない…。


「何パン食べるんだ?」

「あ、えっと、カツサンドとブルーベリーデニッシュを買おうと思ってたんですけど…もう間に合いそうにないですね。」


教室で待ってる皆にはごめんなさいだけど、これはラッシュが過ぎるまで待ってた方がいいかもしれない。たまに学食でパンを買ってくる子が美味しそうなサンドイッチとデニッシュを買っていたから、それにならって買ってこようと思ったけど、これを見てしまったら残り物でもいいやと思ってしまう。そうユーリ先輩に肩を竦めてみせると、私の頭一個分くらい背の高いユーリ先輩は私の頭にポンと手を乗っけた。


「ちょっと待ってな。」

「え…?あの、先輩…っ!?」


うわあああユーリ先輩に頭ポンしてもらった!これクラスの子達に見られたら血祭りなんだけどっ!なんて思いつつ戦場へとひょいひょいと身を翻して(学食離れしている私にはそう見える)奥へ奥へと進んでいくユーリ先輩の背中を私は見ていることしかできなかった…。なんてかっこよく言ってみるけどあの戦場に立ち向かうレベルが無いだけだ。
ええーと、先輩、ちょっと待ってな、って、まさか、そんなハズは、ない、よね…?
期待と不安を財布ごと胸に抱えてどきどきひやひやしながら待つこと数十秒。片手にパンを持ってユーリ先輩が「待たせたな」と戻ってきた。ぜ、全然待ってないです。っていうか先、その手のもの、あの、やっぱり…。


「ちょうどあと一つだったからヒヤヒヤしたぜ。ほい、カツサンドとブルーベリーデニッシュ。」

「え、えええっ、あ、あの、そんな悪いですっ」

「悪いも何も、代わりに取ってきただけだよ。」


財布を抱えている胸にぽんぽんとカツサンドとデニッシュが置かれて、ええちょっと待ってユーリ先輩果てしなくカッコいいことしてくださったんですけど…!気さくに笑い掛けてくださる先輩に頭がくらくらしてしまいそうになったけど、大事なことをハッと思い出してユーリ先輩に財布を差し出す。あの、すみません!両腕にカツサンドとデニッシュがあるもので!


「お、お金!あの、両手が塞がってるのでその中から取ってください!」

「おいおい、見知らぬ相手に財布差し出すもんじゃねーぜ。」

「私が知ってます!」

「あのな。」

「でも、お金渡さないと!」

「いらねーよ。」

「えっ…」

「いらないって。さっきの見物代。」

「け、けんぶつだい…っ。で、でも、駄目です!お金はきちんと!」


ずいっ、と出した財布をユーリ先輩は受け取ってくれなかった。あの、お願いです、買ってきてもらってしかもお金受け取ってくれないとかそんな事されたら私どうしていいのかわからないですすみません受け取ってやってください。そう頭を下げようとしたらパンが落っこちそうになって慌てて態勢を戻す。それでもユーリ先輩にお金を受け取ってもらう姿勢は崩さず、ふんっと鼻息荒くもう一度お財布を出したらユーリ先輩は少し困ったような面倒くさいそうな顔をして頭裏をかいていた。


「アンタって結構強情だな。」

「芯のある子といってください!」

「そうだな。知ってる。」

「え?」


私の言葉にふ、と表情を柔らかくしたユーリ先輩。思わず首を傾げれば、ユーリ先輩が私に耳打つように姿勢を屈めて、ふに、と柔らかい何かが頬に触れた………。


「は……」

「パン代、確かにもらったぜ。」


白い歯をにっと出して笑った先輩がかっこよくも可愛くも見えた。最初によろけた壁側の頬がじゅん、と熱く、なった。


「あとそれだけじゃ足らないだろ。これは俺のオゴリな。」


何が起きたのか頭の整理が追い付かない私の腕にユーリ先輩がもう一つパンを乗っける。パン、というかサンドイッチだ。白い食パンの間から見えるのは学食通じゃなくても知ってるクソ甘いで有名な生クリームと果物が挟まれたフルーツサンド。


「また学食来いよ。」


ポンポン、二度頭をポンポンされてユーリ先輩は学食の人ごみの中へと消えてしまった。すげぇ、先輩ニンジャですか。両腕に抱えたパン三つを見下して私はふと冷静に戻る。今私、ユーリ先輩から、ほっぺちゅーされたんですけど。気のせいじゃないよ、だってほっぺがじゅんじゅんしてる。熱すっごい持ってる。


「…え…………え、ええぇぇぇえ!?」



気持ちでお腹いっぱいです!

ユーリ先輩!!




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