バイオリズム急降下!(3/3)


ここまで来て惨敗ってどうなのよ。っていうかここまで嫌な女を演じているのにフレンが微動だにしない程おおらかに私を包んでくれるってどういうキャパの広さをしているのよこの人。私が男だったら間違いなく一発殴って二度と会わないようにするのに。…いや、実際殴られても怖いんだけどね。まるで正反対な私を演じるのは辛い。確実にバイオリズムが急降下してるけど彼と私のためよ。もうちょっと頑張りなさい、私。


「え?闇市?」

「ええ。行きたいの、闇市。」


昼食を取った後、私達は市場より一本向こうの通りに来ていた。そこは開けた通りの明るい市場とは違い、名前の通り昼でも暗く、下町の人間でもそこで一体どんなものが売られているのか全部把握できていない市場だ。ちなみに帝国騎士団、というよりも帝国も非合法に形成されているそこには未だノータッチでちょっと怪しくも怖い所。本来なら私だってあまり行きたくない場所なんだけど、一日フレンに振り回されてしまって感覚が少しおかしい。何処でも行けそうな気分だ。それに闇市と言っても通りの最初は宝石とか飾り物とかが安く売られてるってユーリが言ってたし、あまり奥まで行かなければ大丈夫だろう。


「闇市で髪飾りとか欲しいんです。」

「………市場じゃ駄目かい?」

「闇市で安く手に入るって聞いたから。」


ちなみに市場でフレンに高値のものをせびろうかと思ったが、こういう感じの真面目な青年には闇市みたいな薄暗いところに行かされる方が苦だろうと私は思った。かつ闇市に率先して行こうする女子なんてちょっとワルじゃない?どう見ても守りたくなっちゃうお嬢様がお好きそうな彼には嫌な女なんじゃない?闇市の手前、ちらっと奥を気にしたフレン。確かに何か今日は市の中に柄の悪そうなお兄さんがたくさんいるけどあそこまで行かなきゃ平気。私だって嫌なことに首を突っ込みたくはない。


「じゃぁ、僕から絶対離れないでね。」

「はい。」


先程まで花を咲かせていたフレンの表情は一変。急に引き締まった顔つきと目に私の心臓はきゅんと変な音を立てた。ええい変な音を出すでない。そして何の了承もなしに手を握られてしまった。騎士として、男性として、大きくて固い手に急に取られてまたもや私の心臓はときめいてしまった。こらこら。変に近くなってしまった二人の距離に意識を持っていかれないよう、私は並んでいる髪飾りを眺めては手に取った。


「可愛い…」

「欲しいものが見付かったのならすぐに戻ろう。」

「あ、でももう少し見ていた…」

「ひゅー若いっていいねぇ」

「ここは可愛いお二人が来るところじゃないよー。早くお家に帰りなー。」


ガラス細工の青い花の髪飾りが結構可愛くて手に取って見ていたら、フレンと私の隣を挟むようにお兄さん達が立っていた。お兄さんなんて優しい言い方をしてしまった。チンピラだ。
…しまった、どうしよう。こんなことになるの嫌だったから通りに面して手前の店を見ていたのに…、先程まで奥にいたはずの柄の悪い人達がここまでやってきてしまった。私は静かに髪飾りを置いて繋がれてるフレンの手をぎゅっと握る。すると応えるように握られている手が強くなって、こんな状況なのに少しだけ強気になれた。いや、本音はすっごく怖いんだけどね。


「ナマエ、帰ろう。市場で代わりのものを買ってあげるよ。」

「う、うん。」


こんな状況で我儘なんて言ってらんない。作戦は一時中止だ。今は彼の言うことを聞こう。フレンの腕にくっ付くようにして着いていけばチンピラ二名は「ナイト様かっこいい〜」と口笛を吹いた。…うん、かっこいい。きりっとした顔も、私に掛けてくれる優しい声も、しっかりと握ってくれる手も。すごくかっこいい。かっこいいから茶化さないでよね。


「お嬢ちゃん、今度は一人で来なよ。俺達が可愛がってやるよ。」


なんて追い掛けるように耳元で言われて背筋がぞくりとした。イヤ、だ。こんなところもう二度と行きたくない。ユーリはいつもこんなところに来てるの?確かにユーリが知り合いじゃなくてこんな所にいるのを見ていたら間違いなくチンピラABCのどれかに配役していただろうけど…。なんて耳元で聞こえたチンピラの声を忘れようと目を瞑った時だった。目を瞑って結果的に良かったのか、耳元で新しく鈍い音が入った。そして悲鳴がきちんと二人分、聞こえた。


「彼女に触るな。」


何が起きたのか。


「失せろ。」


フレンの手はちゃんと私の手を握ってくれている。のにも関わらず先程の鈍い音と悲鳴が二人分聞こえた。恐る恐る目を開ければ、そこにはいたはずのチンピラが「ひいっ」なんて情けない声を上げて走り逃げていく後姿。そのせいで彼らが小物だったのか大物だったのか、それとも目の前の人が桁違いのラスボスだったのか。


「フレン…?」

「ごめん、怖い思いをさせちゃったね。」


なんて私の頬をゆっくり撫でようとしたフレンだけど、何言ってんの…?こうなった原因私だよ。私が我儘でここに来たい言ったのに。馬鹿じゃないの、アンタ。優しいにも程が過ぎる。しかも、さっきチンピラを一瞬で殴ったでしょう…。


「何が怖い思いよ……。ばか、手が腫れちゃってるじゃない…。」

「ナマエ…?」

「ばか…ばかばかばか!あんなの無視しちゃえば良かったのに、別に何をされたわけでもない!声掛けられただけよ!」

「でも………。僕以外の男がナマエに話し掛けるのを見るのは、嫌だ。」


…それは、例えチンピラじゃなくとも殴っていたということだろうか……。
フレンの言った言葉に私は肩から大きく溜め息を吐いた。駄目だ、こりゃ。この人、相当私のこと気に入ってくれてる…。

彼から逃げるより、彼を好きになる方法を見付けた方が早いかもしれない。



私達は闇市から出て、最初の待ち合わせ場所だった噴水のところまで来て縁に腰掛けた。待ち合わせ時間からたっぷりと陽は暮れて、噴水はオレンジの光をきらきらと反射していた。私は噴水の水でハンカチを浸してフレンの腫れた手を包んだ。フレンはそんな私を嬉しそうに見下していて、ああ、やるんじゃなかった…と思ったけどもう駄目。私の良心どころか人としての心が限界値を超えて尽くしたくなってきている。それに何となく気付いてたけど、もう悪い女っていうか嫌な女を演じるの、無駄な気がしてきた。


「もう我儘言わないのかい、ナマエ。」

「…気付いてたんでしょ。意外と性格悪いのね。」

「ナマエ程じゃないよ。」

「死ね馬鹿」

「ナマエの罵倒は心地良いくらいだよ。もっとくれる?」


…変態。と言ってやろうかと思ったけど喜びそうだから黙ってやった。そしたら残念そうにフレンが口を尖らしてちょっとだけ「やった」って思った。


「僕を困らせようとあれこれ考えてるナマエ、すっごく可愛かったよ。」

「今日はもう何処でも付き合うから…そこできちんと謝罪もするから、もう可愛いとか言うのやめて。」

「もう今日は歩かないよ。足、疲れてるだろう?待ち合わせ時間より30分前にいたし。」

「きっ、気付いてたの!?」

「見えたんだよ。物陰から待ち合わせ場所を覗いてるナマエの後姿。」


待ち合わせ場所を覗いてる私の後姿を見られたって結構恥ずかしいんですけど!それって最初からばれてたってことじゃない!!フレンは「しかもこんな可愛い格好してるから、もう声を掛けるのすごく我慢したんだよ。でも何か楽しそうにしてたからそれを邪魔するのもあれだなって思って。」とぺらぺら言い始めて、何これ、作戦以前の問題よ。ばれてたんじゃない。全て全部まるっと!


「ねぇナマエ。僕の事はまだ嫌いでいいよ、でも逃げないで。」

「…もう、逃げれないわよ。」

「良かった。逃げられたらナマエを……………うん。」

「その間は一体何なのかすごく気になるところだけど、あえてスルーしてあげるわ。」


それに逃がしてくれないんでしょ、フレンのことだから。私がこんなに夜鍋して練った『フレンが私を嫌いになる作戦』を根底が覆すようなことしてくれちゃって。噴水の縁には腰掛けてるけど、上半身は向き合うように座るフレンの胸板をやんわり押した。いちいち恥ずかしいセリフと言うたび距離が近いのよ。黙ってればそれなりに私好みの顔してるんだから、下手にどきどきさせないでくれるかしら。


「嫌いじゃないわよ、苦手なだけ。」

「うん、好きになってくれるよう頑張って。」

「頑張るのは貴方でしょ?」

「ナマエだよ。僕はもう、ナマエに対して我慢とかそういうの、出来ないから。」


ああ、やっぱりあの時きちんとがっつり断ってしまえば良かった。お付き合いとかそういうの考えてませんって。……でも、それも無駄かもしれない。だって、あの、帝国騎士団のフレン・シーフォがこんな性格してるなんて、絶対誰も思わないもの。







あれから数週間過ぎた私である。私は今日も下町の村人Aとしてバーのアルバイトをしつつ、休み時間を見付けてはちょいちょい顔を出してくるようになったフレンに箒を振り上げていた。


「じゃぁね、ナマエ。今度の休日はゆっくり愛してあげる。」

「馬鹿!死んでよ!!何でそういうことこんなとこで言うかな!」


ぶんっと振り払った箒はフレンにかすりもせず空を切る。フレンは楽しそうにそれを受け流しながらお城へと戻っていく。まったくあんな格好でどうやってこっそりお城に戻るつもりなのかしら。見付かったら大変なことになるんじゃないの?ああもう心配させないでよ。


「よーよー上手くやってんじゃないの。」

「ユーリ、今すぐあの人辻斬りしてきて。」

「やだよ、俺が斬られちまう。」


ユーリ始め下町は本格的に付き合い始めた…本格的ってなんか厭らしいわね…とにかく、こう、本腰を入れて付き合うようになった私達に「式はいつだい?」とか聞いてくる始末。井戸端会議はくっ付いたカップルに興味はなく、次の話題へと矛先が変わったばかりだ。


「お前、最近髪おろしてんのな。」

「悪い?」

「別に、似合ってんじゃないの?」

「もう仕事の時間だし、ちゃんと纏めるわよ。」


にやにや笑うユーリにフンと顔をそらして手串で髪を梳く。そして纏めた髪を横耳に流して気合を入れる。さあ、今日も頑張るか。そう意気込む私の髪には、青い花の髪飾りが刺さっている。

【完】


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