07


『台移動お願いします。』

「はいどうぞ。」

『6、3、9から7、2、0。1200枚です。』

「639から720。1200枚、はい。」

『ありがとうございます!』


インカムから流れてきたのを端末いじりながら処理し、カウンターからホール全体を見渡す。お客様の数はまぁまぁ。落ち着いてきたし、そろそろいいかな。とインカムマイクをつまむ。


「コンシェ、13時45分から14時30分まで休憩頂いてよろしいですか?」

『はい、お疲れ様でーす。』

「ありがとうございます、お疲れ様です。新台のご案内お願いしますね。」

『かしこまりましたー!』


ホールスタッフからまばらに返ってきた返事を聞きながらバックヤードに繋がる扉の前で一礼をしてバックに戻る。賑やかでもあり、やかましくもあるホールはとても華やかだけど、バックに戻ると何処にでもあるような薄汚い事務所と休憩所がある。休憩所手前の喫煙所には、一服してるナツキがいた。


「おう、お疲れー。」

「お疲れ様でーす。」


ナツキは吸った煙を私の居ない斜め上に吹き上げ、短くなったそれを水を張ったバケツに軽く投げ入れた。


「あ、ナマエさん。」

「んー?」


そのまま休憩所に行こうとすると、後ろから一服終えたナツキが着いてきた。


「次の懇親会来る?幹事俺だからさ、人数まとめたいんだよね。」

「あ、そうなんだ。来週だっけ?」

「そう。どうします?」

「えーっと…」


来週は何も予定がないはず、と頭のスケジュール帳をぺらぺらめくって何も書かれてないことを確認する。次の日も特に早出とかじゃなかった気がするし、行けるよ、と返そうと思ったけど、ハッと"家出してきたいとこ"を思い出し、口を抑える。


「あー…ナツキ、パス。私今回も行けないや。」

「えぇー?」


前回は次の日早出で、前々回はちょうど遅番に回された日だったから懇親会はご無沙汰である。惜しいけど今回は"いとこ"が家にいるし、その"いとこ"を残して飲み会なんてちょっと不安だ。
ごめんね、というと、ナツキはあからさまに不満げ…というか訝しむように目を細めた。


「……いとこですか。」


ナツキの、まだいるんですかそのチャランポラン…という圧に押される。し、しかたないんだよ?ナツキ。あの子も帰りたくて仕方ないんだけど帰れなくて色々困ってるんだよ。わ、私だって仕方なくおいてあげているだけであって、ナツキが心配するようなことはまったくないんだよ。と言いたくても、普段いいヤツが黙ると怖い。


「おーう、お疲れさま。休憩?」


おおう…と後ずさると、その後ろの事務所ドアが開き、タバコをくわえた店長がそこに加わった。若い時は色々派手だったと聞く、五十手前なのにいつまでも若々しく暑苦し……熱血体育会系、すらりとした体躯の店長だ。ブチ切れると大声で暴れだすからタチが悪い。が、暴れだす周期はだいたい週に一、二回なので店長がブチ切れても皆また暴れだした…と思うだけ。しかし言ってることは間違ってないので、なんだかんだ自慢の店長である。


「店長、お疲れさまです。あ、はい、休憩頂きます。」

「…お疲れ様っす。」

「…ん?ん?どうしたん?なにかあった?」


喫煙スペースに入ると同時にタバコに火をつけた店長は、それと一緒に私とナツキの様子に気付く。やはり長い間役職をやっているだけあって何事にも鋭いのもあるが、今はその察しがうざい。


「……ナマエさんが、また懇親会来ないいうから。」

「しょ、しょがないじゃん!」

「なに?ミョウジさん予定あんの?」

「あ、えーと…」

「家出してきたイトコが住み着いてるんです。」

「ナツキ…!」

「いとこ!?家出してきたの!?」

「は、ちょ、ちょっと…まぁ…」


本当はたくさんの複雑な状況が絡んであれがあれでそういうことになっているからあまり人に言って欲しくなかったんだけどなナツキ!お前!ワザとだろ!しかも!よりにもよって店長!


「ミョウジさんイトコいるから懇親会来れないの?そんなの連れてくればいいじゃん!」


ほらな!こうなると思ったよ!
ナツキ〜〜っ!と隣を見上げても本人は知らん顔。計画的な犯行(反抗)である。
こういうヤンチャな話は、昔相当ワルだったと聞く店長にはおもしろそうに聞こえて仕方ないのだろう。どうして家出してきたの?今なにしてんの?いくつ?酒飲める?とか聞いてくる店長に両手を突っぱねる。


「ちょ、ちょっと待ってください!連れてくればいいなんて、その懇親会費誰が払うと…!」

「俺が払ってやるよぉ〜!」

「いやいやいやそんなことさせられませんって!!ね!ナツキ!」

「ふーん」

「ふーん、じゃねぇよふーんじゃぁっ!」



***



「ということがありました。」

「なにそれ。俺、行った方がいいの?」

「いいえ。振り切ってきたので私と一緒に自宅待機な。」


バイトが終わり帰宅し、早速夕飯の準備をしてくれていたユーリの背中に今日あったことを話した。店長が騒いでくれたおかげですっかりスタッフ内に『ナマエさんの家に家出してきたイトコが押し掛けてきた』という話があっという間にひろがった。拡散なんて希望していないのに、だ。


「ナマエはいいのか?」

「んー?」

「その懇親会、行かなくて。」

「えー、別に行けば楽しいとは思うけど、行かなくてもなんともないし。」


なんか手伝う?とユーリの肩から顔を出せば「座ってな」と優しく返された。家に帰ったら夕飯の準備をしてくれている人がいるとか、嫁をもらった気分だ。悪くない。


「あ、ユーリ。私、来週遅番だから夕飯は一人で食べちゃっててね。」

「んー?わかった。遅番って何時までに帰るんだ?」

「1時半くらいには着くかなぁー。」

「ふーん……って、はぁ!?」


遅番スタッフ一人辞めたから勤怠穴あいてるんだよね、と続けようと思ったのにユーリの声に遮られる。皿に移し終えた空のフライパンと菜箸を両手に、私を見詰めている。


「1時って、夜の1時か?」

「う、うん…?」

「遅すぎだろ。」

「遅番だからねぇ。」


基本は早番でシフト希望出してるんだけど、こればっかりは仕方がない。誰かが犠牲にならねばならないのだよ…。まぁ、上手く使われているような気もするけど、時給いいし、深夜手当てつくし、朝はゆっくりできるし、たまになら嫌いじゃないです。遅番。


「…そんな夜遅くに女一人ぶらぶらしてたら危ねぇだろ。」

「大丈夫、だいじょうぶ。明るいとこ通って帰ってるし。」

「そういう問題じゃないだろ…。」

「…心配?」

「心配。」


何故かむっとした表情でそんな事を言われて、ちょっぴり嬉しくなったり。いやだってユーリってあのユーリだし、…悪い気はしないよね。


「お気持ちだけありがたーく、受け取っておきマス。」

「他に出れるやついないのか?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。」

「………、」


何か言い掛けたユーリに、昨日今日会ったに等しいのに本当に優しい人なんだなぁと心の中でしみじみと思いつつ、未だ不満そうなユーリに何度目かわからない「大丈夫」の笑みを浮かべた。


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