06
休日の朝、携帯のアラームが鳴ってなくとも鳴る時間になんとなく起きてしまうのはなんだかもったいない。でも、今日はそれでいいのだ。とあくびをしながらベッドから起き上がり、短い廊下に繋がる扉をそっと開く。
廊下には、客人用の布団を広げて(といってもそんなに広くないので布団の両端が折り曲がってしまっているのだけど、)クッションを枕にして寝ているユーリがいる。背の高いユーリをこんなところで寝かせているのは少し申し訳ないけど、私の城は人一人用に造られているのだから仕方ないのだ。まぁ、布団からはみ出てる足を見ると色々至らないところもあるが。
なるべく静かに開けたつもりだったけれど、寝床があれなのか、ユーリは小さな扉の音でもうっすらと目を開けて私の方をのそりと見上げた。
「……おはよ…」
「おはよ、ユーリ。まだ寝ててもいいよ。」
私、今日休みだし。と付け足すも、ユーリはゆったりと瞬きを数回して体を起こした。
「……いや、俺も起きる。」
「そう。じゃぁ着替えて。今日は朝から出掛けるよ。」
「……俺も…?」
「俺も。荷物持ち、してくれるよね?」
扉から顔だけ出したままにっこりと微笑めば、少し眠たそうなユーリが笑った。
「仰せのままに。」
顔を洗ったあと、ユーリにキッチンの使い方を教えながら朝御飯を一緒に作った。元々食文化は同じなので、方法を教えて理解してもらえればあとは問題ない。料理の手際もいいのでベランダに布団を干してもらったり、洗濯機の使い方も教えてあげた。見慣れない機械に内心すごく驚いているくせにまったくそんな様子を見せないようにしてるユーリがなんだか可愛かった。私の後ろでユーリが物珍しそうに洗濯機を見てるのがなんとなくわかる。
朝食を済ませたあとは化粧をしながら今日ユーリが着る服を選んだ。私も、それに合うような格好を選んで着替える。洗濯が終わったものをユーリが干して、私がその間に掃除機をかける。ユーリが私の下着を干している姿に思わず「あ…やっちまった…」と呟いたが、掃除機の音にかき消され、ユーリも「強烈な音だな、そいつ」と顔をしかめてそれどころじゃなかったようなので良かったことにする。
「で、買い物って何買うんだ?」
「ん?何ほしい?」
「ん……?」
「うん…?」
「……買い物って、あれか、俺か?」
「他に誰が。」
狭い玄関の中、ユーリが先にブーツをはいて出て、その後に私がパンプスはいて続くと、私をやんわりと押し込めるようにしてユーリが開けた扉を閉めようとした。押し戻される扉に「ちょっと!」とユーリを見上げる。
「ユーリ?」
「いや、おせっかい…つーのもなんか違うな。……俺、そんなにしてもらう理由がないんだけど。」
「理由?私が勝手にしてることだけど。」
「なんか裏あるのかと考えちゃうんだけど。」
「裏あって欲しいのなら今から考えるけど。」
「ヤメテクダサイ」
押し戻される扉をゆっくり押し返しながら、あいた隙間から体を滑らせて私も玄関から出る。ユーリの横をするりと抜けると、ユーリは浅く肩を落とした。自分からここに居させて欲しいといったくせに、私がお世話することを躊躇っているらしい。
…昨日の私と同じ、なのかもしれない。
彼も、私との距離をはかりかねている。いずれ出ていかなければならない。けれど出ていく方法がわからない。かといって赤の他人の世話になり続けるつもりもない。
「ユーリ。お出掛けしよ。二日も引きこもってると気が滅入っちゃうよ。」
「……気が滅入ってるように見える?」
「そろそろ苔生えそうな顔してる。」
「そりゃ………、そろそろお天道様に顔出さなきゃな。」
「うん。」
小さくだけど、ユーリが笑った。
つられて、私も小さく笑った。
良かった。笑ってくれた。彼がここに居るのはいつまでで、帰る日も帰れる確証もない今だけど、いつも仲間のために手を伸ばしてた彼が、自分の窮地に誰も助けてくれないなんて、いやすぎる。私が助けたいなんて大それたことは思わない。けれど、"家出をしてきたいとこ"分くらいは、助けてあげたい。
「……はっ…!」
「どうした?」
家を出て、なるべく人通りが少ない通りを選んでスーパーへ向かい、ユーリの日常生活用品をぽいぽいカゴにいれていると、私は『すごい』あることに気がついた。スーパーのカゴを片手に私のあとをくっついているユーリは、そんな私に首を傾げていた。
(今、私ユーリのためにお買い物、してるんだよね。)
カゴに放り込んだ歯ブラシやカミソリ、パンツその他を、友人が泊まりにきたみたいな流れで買おうとしてるけど、これってユーリに買ってあげているんだよね、私。
(それってつまり、)
今の今まで妄想を糧に貯金してきたお金が、今まさに目的を達しようとしている!!
「ユ、ユーリ!」
「お、おう?」
「他に、要りものはない!?お金は、あるよ!」
「いきなり何金持ち発言してんだよ…。」
「いいの!させて!言わせて!」
今まさにそのためのお財布だよ私は!!と鼻息荒く捲し立てる私にユーリは落ち着けとばかりに私の背中をぽんぽんと叩いた。
苦笑したユーリは、ゲームをやっていても思ったけれどとても落ち着いている。今自分がどんな状況に陥っていると理解しているはずなのに、ユーリというグラスから水が溢れることは決してない。
ユーリになだめられてちょっと恥ずかしくなった私は、すごすごとユーリの隣に戻る。そんな私をユーリは「どうした?」と優しい目を向けてくれた。なおさら恥ずかしいわ。
***
「なんか、ごめんね。ユーリ。」
「…なんだよ、いきなり。」
ある程度必要なものを買い揃えて、お昼を近所のファミレスでとって食後のパフェを二人で食べた。いつもならドリンクバーで食後の甘味を我慢するけど、今日のパフェは先程ユーリを前にはしゃいだ謝罪だ。
…私も食べちゃってるけど。
「あまり、力になれなくてさ。」
「……は?」
「ユーリがどうして私の部屋に居たのはわからないけど、でも、それなりに理由があることなんだよね。」
ゲームの世界から、180度違うこちらの世界にきたユーリ。たぶん、ぜったい、訳のわからないことばかりでたくさん戸惑っていると思う。少しでも助けになるように私なりに頑張ろうとは思うけど、力になれているのかと問われれば自信がない。おまけに妄想の実現化にはしゃいでしまうというなんとも(ユーリのことを考えれば)最低なことをしてしまった。あれは軽率な行動だったなぁ、とじわじわ自己嫌悪になってきた。
パフェの底にたまってるフレークをスプーンでほじっていると、ユーリは眉根を寄せたあと、脇に置いてるスーパーの袋をあさり、先程買った歯ブラシを取り出した。
「ナマエ、これは?」
「……歯ブラシ。」
「これは?」
「カミソリ」
「これ。」
「……パンツ。って、何、」
「これ、全部誰の?」
「誰のって…、ユーリに買ったんだよ?」
「そうだよな。うん。」
深く頷きながらそれらを袋に戻したユーリに、何がいいたいの?と首を傾げるとユーリはパフェの底をすくって、細長のスプーンを私に向けた。チョコソースのかかったフレークがのっている。
「見ず知らずの超怪しい男を置いてくれて、しかもあれこれ買い揃えてくれるやつを力にならないやつとか思えねーよ、フツー。」
「……そう…?ただ宿かしてるだけだけど。」
「それがフツーできないっての。」
「んー…。」
「ナマエならどう思う?宿なくて困ってるところタダで泊めてくれんの。」
「ちょー助かる。」
「だろ。」
「ほう。」
差し出されたスプーンを頬張ると、ユーリが頬杖をついて笑みを浮かべた。
「アンタに会えて良かったよ、ナマエ。」
「そりゃどーも。」
やっぱり、ユーリは余裕の塊だ。
いや、余裕なわけないと思うのだけど、余裕に見せるのが上手なのかな。それとも余裕を装うことで自分を落ち着かせているとか。それもそれですごいけど。それかもうこの状況になるようになるしかない、とか思っているのかな。でも彼に直接「不安じゃないの?」と聞くのはあまりにも愚問すぎて聞けやしなかった。
「……見ず知らずの超怪しい男って自覚あったんだね。」
「ほっとけ。」
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