05


バイトが終わったらバイクの後ろに乗せてもらってナツキのお家に行った。朝お願いした通りナツキの古着を何着かもらって、家まで送ると言ってくれたナツキに奢ったジュース押し付けて帰ってもらった。最後の最後までナツキは「ねぇ、それ大丈夫なの!?」と突然押し掛けた男のいとこの心配をしていた。全然大丈夫じゃないけど、ナツキが家に来る方が全然大丈夫じゃない。


「ただいまー…?」


服の入った紙袋を両手に家の扉を開ける。自宅アパートの階段をのぼっている時、もしかすると昨日の今朝のことは私の妄想で帰ったら全て無かったことになってたりするのかな、とおそるおそる扉を開けると、ベランダの向こうの景色を眺めてるユーリが振り返った。


「おう、おかえり。」


そう笑ったユーリに、少しのがっかりと安心。夢じゃない現実と、まだ居るという非現実。あと切なさ。
ベランダの景色を、彼はどんな気持ちで眺めていたのだろう。私がどうこうしてどうにかなるなら協力してあげられるけど、どうにもこうにもならない。だから、せめて彼に同情したなんて思わせないように明るく「ただいま」って返した。


「どうした?その荷物。」

「あ、これね。知り合いから古着もらってきた。お下がりで悪いけど、サイズは合うと思うんだよね。」


ナツキが買ったものだし、悪い品ではないと思うよ。と付け足せば、ユーリは大きな水晶玉を丸くさせた。


「ユーリ?」

「アンタ、おひとよしって言われないか?」

「…いや、人でなしと言われたことはあるけど。」

「なんだ、それ…」


そう言って、ユーリは肩を揺らして笑った。
あ…、笑った。
やっぱりかっこいい。


「えーと、ユーリ?」

「ん?」

「多分ね、ユーリが着てる服、ここだと悪目立ちすると思うから、ここにいる間、外に出るならこういう服、きた方がいいよ。」

「ああ…それは…、というか、」

「ん?」

「俺、外出ていいのか?」

「え、好きにしなよ。確かにその服で出歩かれるとちょっと困るけど、出ちゃいけないとは言わないよ。」


いずれは出ていってもらうし、と言いそうになったのはのみこんだ。彼がここを出るのは、帰る方法を見つけた時か、新しい居場所を見つけた時だ。どちらにしろこの小さな城に彼がこれからどうするかのヒントはない。
ま、それまでは私がバイトに出てる間、買い物とかしてもらって家事をしていただく予定なのでどっちにしろ家を出てもらう必要がある。とか考えてる。


「なんか、色々悪いな。」

「いいよ、別に。それわかってあの約束だしたし、約束ちゃんと守ってくれるんでしょ。」

「ん、守る。」

「ならばよろしい。」


本当は全然よろしくもなんともないんだけどな。でもこっちも約束してしまった分、保護義務はちゃんと果たさないとなぁと思ってはいるのだ。


「お昼ちゃんと食べた?何してたの?」

「んー…ずっと外見てた。」

「そっか…。で、お昼は?」

「食べてない。」

「え?なんで!」

「何食っていいかわかんなかったし。」

「えぇー…。食欲は?あるんだよね?」

「まぁ、それなりに。」

「じゃぁ、今から適当に作るから。ちょっと待ってて。何が食べたいとかある?」

「…やっぱアンタおひとよしって言われるだろ。」


ユーリの言葉に「だから言われないって」と苦笑して、小さなキッチンにたつ。ユーリにはもらった服を何着かきてもらって問題ないか確認してもらった。料理しながらだからチラッとだけ見たけど、着なれてない感がちょっと可愛かった。さっそくチノパンとラフなブイネックのニット(なるべく襟ぐりが深いやつをもらってきた)に着替えてもらうと、やはり唸るものがある。もちろん、すごくいい意味でだ。


「服、大丈夫そうだね。」

「ああ、サンキュな。」

「うん、服もらった人に言っとく。ユーリの着てたやつは洗濯して干したらユーリが保管しといて。」

「わかった。」

「それで、今日一日どうだった?」


さっと作った野菜炒めと、(ユーリがお昼食べてないから残った)ご飯とインスタントスープを小さな机に並べて二人で「いただきます」をした。
二口、三口食べてからユーリにそうたずねると、ユーリは箸をくわえたまましばらく黙った。静かに落とされた視線の先は曖昧で、彼が私に何と伝えようか悩んでいるのかがわかった。そんなユーリの姿に、ああ、悩んでるのは私だけじゃないんだということに気付かされた。
そうだ。
ユーリがゲームの主人公でこことは違う世界からやってきたことを伝えるべきか伝えないべきかの前に、ユーリがここをどう捉えるのかが大事だった。私の話は、彼の話を聞いてからまとめればいい。私、自分のことばっか考えてた。まぁ、普通はそうなるだろうけど、でも私はユーリを『知っている』という事を知っている。それなのに彼の考えを大切にできていなかった。まずは、彼の考えを聞いてからだ。
そう彼の言葉を待った。


「さっきまで、外の景色を見てて思った。」

「うん。」


ユーリが箸を置いたので、私も箸を置いた。


「ここは、俺の知らないものばかりだ。ひとつ手にとってもわかんねぇ。着てるものも、全然違う。」

「…うん。」

「『帝都』、知らないんだよな。」

「………」

「どんな田舎もんでも、帝都って言われればピンとくる。でもアンタが常識ないとは思えない。ここが田舎とも思えない。」

「……うん。」


ユーリは頭裏を掻いていたけど、机の下の拳は固く握られていた。
それから意を決したように私を強く見詰めたけれど、私がその次の言葉を待ってこくりと喉を鳴らしたら、ユーリは瞳を揺らして視線を外した。


「……悪い。この話、やっぱもうちょっと待っててくんない?」


ユーリは悪くなんてないのに、すまなさそうに話した彼に私は「わかった。いいよ、別に。」と短く返してユーリに麦茶をついであげた。
どうせ『さよなら』をするとわかっていても、彼があの彼なだけになんとかしてあげたいとか思ってしまう。ゲームの主人公がこちらの世界にきたなんてとんでもない出来事、絶対関わらない方がいいに決まっているのに、夢見がちな私の脳内は、彼を助けてあげたくて仕方ないと叫んでいる。

グラスについだ麦茶を、どのくらいそそげばいいのか一瞬だけ躊躇った。


[*prev] [next#]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -