03
朝起きて、大好きな人が「おはよ」って微笑んでくれていたら、どんな幸せな朝だろう。
「だっ…!!」
「oh…。申し訳ない。」
「っ〜、いや、申し訳ないのは、こっちだし、いいよ別に。」
携帯のアラーム音に起こされて、なんだか妙に疲れてる体を無理矢理起こせばなんとなく、私以外の人の気配がする。ま、それは置いといてまず顔洗って着替えなきゃね。今日もバイトだよナマエさん。と自分に言い聞かせながら扉を開けたら扉向こうの短い廊下でユーリ・ローウェルが寝転がっていてその頭に扉を思いっきりぶつけてしまった。頭を抱えて転げているユーリをなんとか避けて洗面所へ向かい前髪をあげる。
…今、ゲームの主人公がそこにいた気がするけど、なんで居るんだっけ。
あ、そうだ。気が付いたら居たんだった。
どういうことなんだってばよ。
さっぱりと顔を洗い上げて化粧美容液を肌に吸い込ませる。だぼっとした顔がなんでヤツを受け入れてしまったのだと言ってる。ね、私もそう思う。でも悪いのは彼だと思うんだ。昨日の私は悪くない。だってヤツはズルかった。
ヤツは知っていた。自分がどんな容姿をしていてどんなことをすれば女は自分に転ぶのかを。
やられた。ゲームやっている時からヤツはあざといとは重々わかっていたことなのに。だから彼の言葉を言わせまいと遮っていたのに、結局はあの大きな水晶玉に吸い込まれてしまった。
むしろ「…頼む。アンタしかいない。」って眉下げて覗き込まれるように言われて断れる女が居たら見てみたい。
「何これ。火はどうなってんの。」
「IH。電気で調理してんの。」
「でんき?」
「ユーリ!」
「ん?」
「とりあえず座ってて!朝は私忙しい!」
「はいはい。」
これ持ってくな。と用意したサラダボールを折り畳み机に置くユーリを見て、ああ本当にユーリが私の家に居る…。そのことに内心喜んでいる自分が少なからずいて頭かち割りたくなる。喜んでる場合じゃないっつーの。
「いただきます。」
「…大したものじゃないけど、どーぞ。」
化粧をざっくりして着替えて、朝食もざっくり作って二人でご飯を食べた。普通にご飯をよそって、しまった、白米はあっちにあったっけ!?と思ったけど、あんな見た目しといて食文化は同じだった、と安心する。目の前で味噌汁をすするユーリに、何度も思う。信じられない、本当にユーリがここにいる。嘘みたい。でも実際に居てしまっている。じっと見ていると、ユーリが「なんだ?」って顔でみてきたので慌ててご飯をかきこむ。
「ユーリ。」
「ん?」
「昨日の確認だけど、」
「お。ああ、」
居住まいを正したユーリに、私もつられて座り直してしまった。
「一、ナマエの言うことに逆らわない。」
「うん。」
「二、寝るのは廊下。」
「うん。頭ごめんね。」
「三、いずれ出ていく。」
「…うん。」
彼に、そんな約束を提示した。
全ては一つ目の約束で全部はたしている気もするけど、でもどうしても譲れないものはまた別にした。
一つ目は大前提。ここは私の家であって私が法律。私の云うことをきけないやつは住むどころか上がることも許さん。
二つ目はそのまんま。同じ空間で寝れると思うなよ。
三、いつかは出ていってもらう。やっぱり私が彼を養うようなことはできない。私の生活もあるから。だから早く帰る方法を見付けてね。そうしたら私もいい夢みれたってことで流せる。
現実と妄想は違う。確かにそうなったらいいな、とはたくさんおもっていたけれど、いつまでも夢見がちの女ってわけじゃない。働いて、社会の酸いも甘いも経験してるわけで、現実そこまで甘くねぇってわかってる。そもそも彼はこの世界の住人ではない。身分証提示してくださいなんて言われたら途端にお上にお世話になることになってしまう。そしてそれを保護していた私も。
彼は言わば強力な危険因子。そんなファクターずっと匿うほど私はスペシャルな女じゃない。就職した先の上司に尻を撫でられおもいっきりグーで殴り奥歯欠けさせ退職し、バイトを続けながら早く男を連れてこいと親に心配されているフリーターだ。
「バイト、何してんの。」
「パチ屋。」
「え?パチ…?」
「えーっと、庶民風カジノ?」
「へえ…。」
朝食を済ませ、ユーリにキッチンの使い方、冷蔵庫と食べていいものの最低限を教えて私はバイトの支度をすすめた。私がバイトをしている間、ユーリは私の家事をしてくれる、といってくれたけど、昨日今日この世界にきてなにもわからないユーリにそれは無理だろうと思い、今日は食器洗ってお昼勝手に食べてくれればそれでいいと告げた。今日バイト行けば明日はお休みだから、少しは構ってあげられるはずた。
「いつ戻ってくるんだ?」
「多分18時には帰れる。あーえっと、あの時計が、縦真っ直ぐさしたら。」
「わかった。」
不安じゃないといったら丸っきり嘘だ。一応知ってはいるけど、実際に昨日今日出会った見知らぬ男に留守番を任せるなんて馬鹿なことをしていると思っているし、思われてもいるだろう。まぁ、そこはお互い様だ。それに、ユーリは多分、この世界の道具一つ手にとっても何もできないだろう。
「私が家出たら、鍵かけてね。」
「ああ。」
「何もしないでね。」
「わかってるって。」
ユーリのブーツがあるから小さな玄関がさらに狭くなってしまった。少し扉をあけて外でパンプスをはき直すと、ユーリが扉を支えてくれた。朝日にさらされると、ユーリの黒髪が少しだけ紫色に輝く。人間離れした美しさだな、と眩しさに目を細めると、ユーリが小さく微笑んだ。
「いってらっしゃい、ナマエ。これからよろしくな。」
「っ…!」
目の前が、くらくらしそうになった。
あああずるい!昨日の私もこれに流された!いずれ出ていくと約束してもらったけれど、出ていくまでこれがあると思うとなんて浅はかな約束をしたのだと悔やむ。
「い、いってきます…!」
喜んでる場合じゃないっつーの!!
[*prev] [next#]