02


バイトから帰ってきた私の家に、私のよく知ってるゲームの主人公が倒れていた。
名前はユーリ・ローウェル。目が覚めたら私の家で横たわっていたという。彼も何故自分がここに居るのかさっぱりだそうで、私も彼も何故こうなってしまったのか皆目検討もつかない。
ゲームの登場人物が現実世界に?そんな馬鹿な話があってたまるか。と思うだろうが、その台詞を一番いいたいのはこの私だからね。あってたまるか。あってしまった後なんですがね。


「ちなみに、ここどこ。」

「私の部屋だけど。」

「あー…、アンタの部屋なのはわかった。突然邪魔しちまってて悪かった。で、ここ帝都から近いの?」

「…ていと…」


いきなり、その質問きましたか。
私は、少しばかり「彼」という男を知っている。一から十全て、とは言わないが、彼がどこに住んで何をして何を考えて生きてきたくらい知っている。そしてそれは、ここではまったく通用しないことも。
どうする。ここは日本であって、ユーリの住んでいる場所から程遠いというか存在しないというか在ってはならないと告げるか。彼に、ここは貴方の知らない世界だよ、とぶっちゃけてしまうのか。でもそれって最高に胡散臭い応えだし、応えようにも捉え方次第では私最高に怪しい人だよね。
どうしよう、どうする?ぐるぐると頭を回しながら、不審に思われないよう紫の瞳を見つめ返す。そして、私はあるものを視界に入れて、なんとか自分から目をそらしてもらおうと腰をあげた。


「あ、ごめん。先に洗濯物取り込んでいいかな。」

「ん…?ああ。」


彼からの質問にどう応えるかの時間が欲しい。
これから彼をどう受け止めるかを考える時間も欲しい。
どうすればいいのだ。そうなって欲しいと考えていた時は絶対にありえないことなのだから自分の都合のいいことばかり考えていたけれど、実際問題そんなことありえなさすぎてどう対処してよいやらわからない。このまま彼をここに置くわけにはいかない。身元不明の男一人を匿うなんて無理すぎる。かといって右も左もわからない彼を警察に引き渡すのも可哀想すぎる。ああもうこれならいっそユーリのコスした犯罪者の方がまだ良かったのかもしれない!?
彼に背中を向けてからそんな動揺を思いっきり顔に出す。カラカラと窓をあければ、少し冷えた夕方の風が部屋に入り込んだ。
そのとき。


「ちょっと待った。」


後ろに軽く引っ張るように肩に手を置かれて、心臓がひやりとした。私が彼にたいして色々ぐるぐる考えているのがわかったのか。ゲームでも色々聡い人だったから私の動揺なんてお見通しなのか、と思ったその先、彼は私をやんわりと押し退けて小さなベランダに素足で出た。
動揺を察知されたわけではないことに、ほんの一瞬だけ安堵する。しかし、ユーリが大きな瞳をさらに大きくさせ、ベランダ先に広がる、私からしたらなんも変鉄もない風景に釘付けになっているのを見て、私はなんて残酷なことをしてしまったのだろうと後悔した。


「なんだよ…、ここ」


彼にとっては見たことも想像したこともない光景だったに違いない。どう映ったのだろうか。
背の高い電柱にすぐそこを走る車、遠くに並ぶビル群。自分がもし彼だとしていきなりこんな風景を見せられたら同じく目を丸くさせていただろう。私の知っている彼の世界に、こちらのものはいっさい存在しない。
目に飛び込んできた風景を引き剥がすように、彼がぎこちない動作で私を振り返った。私を足の先から頭まで見上げる彼は、今やっと、私の姿を認識してくれたような気がした。そうだ、私と彼はもう、着てるものから違うのだ。


「なぁ、ここ、どこ…」


何度目かの質問の声が、すこし揺らいでいた。
それでも取り乱すことのない彼らしく、うっすら笑みを浮かべようとしているさまを、私は痛々しくじっと見上げた。


「日本、だよ。」


***


洗濯物を取り込み、呆然と外を眺めるユーリの腕を引いて腰を下ろさせた。彼はやっと自分に何が起きてしまったのか理解しようとしていて、でもそれでも深い溜め息を落とすだけで、やはり落ち着いている。いや、落ち着くわけないんだけど、でも取り乱すとかそういうことはいっさい見せない。改めてこの人のメンタルの強さを感じる。(私だったら発狂してるわ)
というか、…本当にユーリなんだ。


「えーと、苦いの平気?今コーヒーしかなくて。」

「いいよ、なんでも。サンキュ。」

「うん。」


すこしでも頭の整理が追い付くよう、コーヒーをいれてあげた。ゲーム上の彼は甘党だった気がしたから、一応シュガーポットを折り畳み机の上に置いた。そしたらやっぱり砂糖を何杯か入れていて、砂糖いれた!やっぱり!と見張っていたのをユーリに首傾げられた。


「ユーリは、帝都、から来たの?」

「帝都の下町な。」

「したまち…。」

「知ってる?」

「あ…ごめん…。」

「いーよ。だろうと思ったし。」


部屋にコーヒーの香りが広がって、少しばかり私の脳内も落ち着いてきた気がした。というよりも、今一番状況についていけてないの彼だと思うし、そんな彼を前にするとなんだか私の方が落ち着いてきたような気がして、焦っている人を見るともう片方は冷静になれるって本当なんだな、とか思った。ああ、でもユーリはいうほど焦ったり動揺してたりはしてないけど。


「どうすっかなー、俺。」

「ど、どうしようかね…。」

「てかアンタ、不法侵入した男にコーヒーあげたりして平気なのかよ。」

「いらないなら、返してもらうけど。」

「冗談だよ。確かに不法侵入してたみたいだけど、見た目ほど悪いやつじゃねーよ、俺。」


うん、知ってる。
苦笑したユーリを見詰めながらコーヒーをすする。


「少しでも悪いことしたら警察につき出すからね。」

「けーさつ?」


なんとなく口にだした単語を反復されて、あ、と思った。しまった。迂闊にユーリの世界にはない言葉使わない方がいい、かな。で、でももうベランダの外を見てしまったユーリなら、ここがもうあそことは別物だと理解できているような、気もするけど。


「騎士団みたいなとこか?」

「騎士団…」

「悪いことしたら連れてかれるとこ?」

「…あ、うん。そんな感じ。」

「じゃぁ、そうなんだな。」


警察、か…。
ユーリどうするつもりなんだろう。
彼があちらへ戻れるきっかけを得るまで私が匿うのはやっぱり無理があるし、かといって警察に引き渡してもきっと頭があれな人としか受け止められない気がする。そんなの、ゲームの人だろうがなんだろうが、彼を知っている私からすれば心を痛めてしまう話だ。私がね。
最後の一口を飲み込み、折り畳みの小さな机から腰をあげ小さなキッチンへと向かう。コーヒーのおかわりはもういいけど、茶菓子が確かあった気がする。なんだかんだ落ち着いたら小腹がすいた。そう戸棚をあけると、私の横にカップを片手に持ったユーリがたった。


「コーヒーのおかわり、のむ?」

「いや、コーヒーはもういい。ごっそさん。」

「うん。」


ユーリは私が手を伸ばしていた先のお菓子の袋を取ってくれた。改めて、背がとても高い。確か、180あるんだっけ。取ってくれたお菓子にありがとう、と告げてもユーリはその場を動かなかった。なに?と見上げると、紫の瞳が真摯な光をまとって私を見下ろしていた。


「ナマエ、だったよな。」

「うん。」

「無理なものは重々承知してる。」


あ、まずい。
即座に思った。この続きを私は聞いてはならないし、彼に言わせてもならない。きっと聞いてしまったら最後、私は彼を断ることができない。だって私、ゲームやっている時から彼が好きで好きでたまらなかったのだ。正論をふりかざさず、自分のやり方で仲間を大切にして守る。自分一人がぼろぼろになっても立ち止まることをしない。懐がどこまでも深く広くて思わずすがり付きたくなってしまう。でもその胸に飛び込めば飛び込むほど彼は一人傷ついてしまう。なんてことない顔をして、自分の懐に入った仲間が笑顔でいることを優しい目で見守ってる。
なら、ぼろぼろの貴方は誰が守ってくれるの。いつまで一人でいるつもりなの。なんで誰にも頼らないの。頼ることを、しないの。


「お、お菓子、食べない?美味しいよ、これ。」

「でも、突然ここに居た俺に茶菓子だすようなアンタを信用して言う。」

「ユーリ、コーヒー、おかわり、」

「しばらく、俺をここに置かせてくんない?」


なんて、ずるい人だ。
どうして私の前に現れたのだ。


[*prev] [next#]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -