01


「い…っ」


いやいやいやいやいや。
おかしいでしょ。なんで。
確かにそうなったらいいなって思ったことはあるし、そうなった時のために☆ってお金を貯めて、たまっていく通帳の数字に一人満足もしていたけれど。実際そうなっても現実的にも私的に大変困るわけで。だいたいどう足掻いてもそんな非現実的なことが起きるわけがないのだから起きてしまってもとっても困るわけで!!


家に帰るとユーリが居ました。


え…ユーリ…!?本物!?私の家(つってもアパートだけど)のリビングで倒れてるコレ、ユーリ!?テイルズのユーリ・ローウェル!?


(ク、クオリティーの高いレイヤーさんとかじゃ…ないよね…)


いや、なんでそのクオリティー高いユーリレイヤーさんが私の家で倒れてんのよ。そもそも不法侵入っていうか、ど、泥棒…?え、コスプレして?どんな趣味!?
ゲームで見たとおりの胸元が大きくあいた黒の衣装に長い黒髪、長い足。


(……って、ヤロウ。私の城にブーツ履いたまま上がりやがった…。)


いや違う。そんな事を考えている場合じゃない。とにかくこの人がユーリのレイヤーさんかユーリのコスした泥棒さんなのか、まず何が目的で私の部屋に居るのか、寝てるのか気を失ってるのかわからん倒れている男その1(仮)に聞く必要がある。……や、普通なら警察に電話するのが大正解なんだけど、も、もももも、もしかしたら本当の本当にユーリだったらどうしようとか思うじゃんすみません!!!!私の願望です!!!!!!


「あ、あの……」

「…………………。」


倒れている男(仮)に声を掛けてみる。
返事がない、ただのしかばねのようだ。
いやいやいやいやいや。
こんな綺麗な屍あってたまるか。あと私の部屋に屍があってもたまるか。
もし泥棒だったらどうしよう。凶悪殺人犯だったらどうしよう(ユーリのコスプレしてるけど)。わき上がる恐怖を押さえ付けながら、肩を揺らす。


「あ、あの!」


さっきよりも大きい声で呼び掛けた。


「……ん、………」


動いた!生きてる!やべぇ!
起こすために揺らしたはいいけど、いざ反応があるとユーリ(仮)だとしても何が飛んでくるかわからなくて、私はすぐさま飛び退いて携帯と凶器になるものを探した。携帯は!?もう左手に持ってる!握ってた!凶器は……!クッションしかない!柔らかい!


「っ…、」


ユーリ(仮)は小さく身動ぎ、そのユーリ(仮)がゆっくりと睫毛をあげたのが気配でわかった。
ゲームで見たとおりの胸元が大きくあいた黒い服に、長い黒髪、長い足、


(紫の瞳…。宝石みたい。)


今がどんな状況か一瞬忘れてしまうくらい、その瞳は綺麗だった。私の一般的な瞳よりうんと純度の高い、水晶みたいな綺麗な目。
男は横たわったまましばらく固まっていた。私も、そんな男を見詰めていた。寝たままの姿勢で私を視界に入れた男は、男性にしては大きい瞳を静かに瞠り、腰を抜かしたように見つめ返す私に口を開いた。


「……誰?」

「……っと…!!」


鳥海ボイス…っ!!!!!!
喉元まで出掛けた言葉をすかさず飲み込む。
危ないあまりの興奮に舌噛むとこだった。


「つか、ここどこだ…?」


寝起きの頭でも掻いて欠伸をするように、男はのっそりと起き上がった。
な、なんてことだ…。ユーリのコスした人という希望がばっきばきに打ち砕かれた。
このボンボンチョコレートを食べたような甘ったるい声は、聞き間違えようもない、ユーリ本人の声だ。


(ウソ…でしょ…。ありえないっつーの…。)

「なぁ、アンタ、だれ。」


両手を後ろにつき目を細めたユーリ(ほぼ確定)に、私はごくりと唾を飲み込んだ。


「ひ、人に名前を聞くときは、自分から名乗ったら…?一応、ここ私の部屋なんだけど…。」


突然家に居たのはそっちだし、ここは私の家なわけだし、こいつ相変わらず土足だし、私が強気の姿勢を取っても許されるはず、と脅しの武器にもならないクッションを抱き締めながらユーリ(ほぼ確定)を弱々しく睨むと、その人は(もうユーリだといわんばかりに)それらしく片眉をあげた。
お願い。俺はユーリ、ユーリ・ローウェル。なんて言わないで。


「ここ、アンタの部屋?」

「そ、そうだけど…」

「ふーん。」


取り乱した様子は、ない。この部屋に居たことで彼に後ろめたいことはないように見えるので、泥棒さんの線が薄れていく。むしろ私の方が取り乱している、心のなかで。彼が本当にあの彼なのか後ろめたさがむくむくと膨らんでゆく。


「なんで俺がここにいんのか、知ってる?」


知るわけがない!と首を勢いよく振った。
すると目の前の人は、ふう、と小さく嘆息した。
その溜め息の主成分は、諦め、のような気がした。


「そりゃ…勝手に邪魔して悪かったな。俺はユーリ・ローウェル。アンタは?」

「ゆ、…」


私の願いはむなしくも砕け散った。
目の前の男は、クオリティーの高いレイヤーさんでも、ユーリのコスプレした泥棒さんでもなんでもなかった。
ユーリ・ローウェル。
ご本人だった。


(あ…私今すごく意識失いたい。)


今の今だけ現実逃避したくて誰か私の頭を鈍器で後遺症が残らず死なない程度に殴っていただきたい。
固まりかける思考を、ユーリ(ご本人)の紫水晶が追い詰める。名乗ってくれた彼に自分も名を返さなくてはならない。
…なんて?
ファミリーネームから名乗るの?ここは日本なのだからそれが常識だ。でも、彼の世界の常識はファーストネームから口にするのが普通だ。もうここから、貴方は別の世界から来たんだよということを告げるの?
突き付けられた選択肢が、ある。
私は彼に対して干渉するのか、傍観するのか。どうしてか知らないけれど、こちらに来てしまったゲームの主人公を私は保護するの?それとも警察…?
私は、ぱさぱさに乾きだした喉を鳴らす。


「私は、ミョウジ、ナマエ。」


私が口ごもれば口ごもるほど紫水晶の瞳が細く鋭くなり、余計な沈黙を許してくれない。


「…?変わった名前だな。」

「名前は、ナマエ。ミョウジはファミリーネーム。」

「へぇ…」


どうしよう。
私は、どうすればいいんだ。
そうなったらいいなって思ったことは多々あるけど、それは絶対にありえないことだから強く望んでいたことであって。現実にそんなあるわけないことが起きたら私は、私はどうすればいいんだ。
いや、どう、したいの、だ。
どうしよう。今、どこからか放り出されたユーリの今後が、私にかかってる。


「私が帰ってきたら、貴方がここに倒れてた。ど、どこから入ったの…。」

「気が付いたらここにいた、って言ったら信じてくれるか?」

「…信じれると、思う?」

「奇遇だな、俺も同じ。」


ああ本当にどうしよう。
聞けば聞くほど鳥海ボイスのユーリご本人だよ。表情しぐさどれを取ってもユーリしか考えられない。本当に、あちらの世界からここに来てしまったの?どうして。何があって。むしろこのユーリはいつのユーリなの?ゲーム始まる前?クリア後?


「と、とにかくブーツ脱いでくれる?私の部屋、土足厳禁なの。」

「あ?ああ…。ブーツの代わりに何履くんだ?」

「…とりあえず素足で。」

「ん。」


一つひとつ脱いで手渡されたブーツは少し土がついていた。こんなので部屋を歩かれたら足跡がつく。でも部屋に足跡はおろか土くれ一つも落ちていない。気が付いたらここに居た、なんてそれこそ「それらしくて」参ってしまう。私にどうしろっていうんだ。
重たいブーツを玄関(といっても数歩あるいただけですぐ到着の小さな玄関だが)に置いてユーリに向き直る。何から話そう。いや、何から話していい?戸惑いと少しの警戒を含んだ紫水晶が私を見詰めている。
いっておくけど私の方が被害者だからね。と言い切ってしまいたかった。


[*prev] [next#]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -