赤司(誕生日夢)
「…征十郎さん。」
戸の向こうから、そろそろ深夜を迎える時間を憚って小さな声が聞こえた。寝る前に少し読み物をしていたため聞き逃すことはなかったが、きっと俺が寝ていたら引き返そうと思っていたのだろう声はとても小さいものだった。こんな時間にどうしたのだろう、しかも駄目元で声を掛けたような、囁くような声に俺は間を空けずに返事をした。(そうしないと名前が俺の元から逃げてしまうようで)
「どうした。入っていいよ。」
机に本を戻しながら戸の方へ体を向ければ、すっと戸が静かに開かれ名前が申し訳なさそうにそこに座っていた。そのまましずしずと部屋に入り戸を閉める動作は、きっと着物を着ていれば絵になったのだろうが、あいにくと名前は寝間着にカーディガンを羽織った姿だ。(それでも十分に可愛いのだけどね。)
「すみません、こんな夜更けに。しかも…パジャマで…。」
「構わないさ。」
まったく、何年一緒に住んでも名前は俺に対して主人と使用人の意識を捨てない。こんなにも名前に触れているのに、近くにいるのに、名前は当たり前のように線を引く。俺はそれがもどかしくも、苦々しくも、いとおしくもある。(その線、引き寄せて雁字搦めにしてやる。)
「あ、あの、征十郎さん。」
もじもじと正座の上の小さな両手を揉む名前に首を傾げる。どこか落ち着かない、そして部屋にある時計を何度か気にする名前に、何か言いにくいことだろうかと自ら名前の元へと歩み寄った。戸の近くでは寒いだろうに、部屋の中へおいでと手招くのだが、名前は頑なに「こ、ここで、」と言う。だから膝を寄せるように名前の前に腰を下ろした。すると、時計の針がカチッと音をたて、日付が変わったことを告げた。京都の屋敷は東京とは違い古いものが多く、こうして一時間経つと、階下の大時計がボーンと鈍い音を響かせる。ボーン、ボーンと音が鳴る中、名前はやっと俺に向けて顔を上げた。そして白い華奢な手で俺の手を取り、中に小さなものを握らせ、包んだ。これは…、と思うよりも先に、目の前の柔らかな名前の微笑みに目を奪われる。
「お誕生日、おめでとうございます。征十郎さん。」
少し指先の冷たい両手が、俺の手をきゅっと握る。いつも俺を大事そうに見つめる瞳はやんわりと細まり、白い頬は桜色に僅かに染まっている。本人の性格を物語るような控え目な唇は優しく弧を描き、俺への言葉を口にした。
「遅い時間に申し訳ありません。でも、一度日付が変わった瞬間に、征十郎さんにお誕生日おめでとうございますと言ってみたかったんです。東京のお屋敷には常駐のお手伝いさんがいますし、夜に征十郎さんのお部屋に伺うなんてできませんでしたから…。」
京都の屋敷にも、家政婦はいる。しかし、東京とは違い、いつもいるわけではなく、昼に仕事をして夕方頃に帰るというシフト制だ。ゆえに夜は俺と名前の二人だけになり、夜の家政婦の仕事は全て名前に任せている。
というのは、たった今はどうでもいい話なわけで。
「それでは、おやすみなさいませ。」
その一言だけを伝えにきたとばかりに名前が頭を下げ、退室しようとするのを俺は止めた。
「待つんだ、名前。」
「きゃっ…」
腰を上げかけた名前の腕を取り、倒れ込む名前の体を後ろから優しく抱き止める。高校に上がってからというもの、更に名前と俺に体格差が現れ、今では名前の体がこの腕にすっぽりと収まる。
「せっかく祝いにきてくれたのに、それだけで済まそうだなんて思ってないよね。」
「あ、あの、征十郎さん…!?」
抱き締めると、柔らかな名前の体から風呂上がりの優しい香りが鼻を擽る。足を崩し、胡坐をかいた中に名前を座らせた。
「言われるまで忘れていた。今日は誕生日か…。」
「も、もう…、自分の誕生日くらいきちんと覚えといてください。」
「名前が覚えているから自分が忘れていても大丈夫…」
「…じゃありません。ちゃんと、お誕生日のケーキやお食事、準備してるんですからその気で食べて頂かないと…。」
「うん。楽しみだ。」
名前の耳元を擽るように、鼻先をあて耳に口付けると、擽ったそうに名前が身を捩る。名前を抱き締めたまま、先程握らせた小さなものを目の前にひろげた。と言っても、小さな子供でも買える見慣れた四角いチョコレートなのだが。
「懐かしいね。小さい頃、名前がこうして誕生日のたびにチョコレートをくれた。」
「覚えててくださったんですね。」
「もちろん。」
「……その頃はそれくらいのものしか買えなくて…。今思い出すと征十郎さん相手にチョコがプレゼントなんてすごく恥ずかしいんですけど…。」
「そんなことないよ。名前がくれるものなら、俺は何でも嬉しい。」
恥ずかしそうに苦笑する名前に、触れるだけのキスをした。幼い頃、俺が誕生日を迎えるたびに名前はこのチョコレートをプレゼントしてくれた。「せいちゃん、おたんじょうびおめでとう」と自分の両手にこのチョコレートをころんと渡されるのだ。母が亡くなってから、親からもらうものなど書籍や筆記用具、正装服など、赤司家当主に必要なものだった。嬉しくないわけではなかったが、あまりにも寂しいものだった。その中で名前から『赤司征十郎』へではなく、『せいちゃん』へ変わらず贈られる小さなチョコレートは何ものにも代えがたかった。高価な本や万年筆よりも、小さなチョコレート一つが、俺にとって一番の誕生日プレゼントだった。
「あ、あの、でもちゃんと誕生日プレゼント用意してますからね?チョコだけじゃないですからね?」
「俺はこのチョコだけでも十分だけど?」
「だ、駄目です…!ちゃんと用意してますから!」
「うん。」
「んっ、」
上目にこちらを見上げる名前の顎をすくい、先程よりも長めに口付ける。柔らかい名前の唇は、何度重ねても俺の脳を甘く鈍く痺れさせる。はあ、と甘い吐息を漏らした名前のその吐息ごと再度口付け、名前の細い首を撫でてパジャマのボタンに手をかける。
「…っ、ま、ま、まって、征十郎さん…!?」
「ん?俺はてっきりそういうつもりで来てくれたんだと思ったのだけど。」
「誕生日、忘れてたクセに…!!」
ぷつぷつとボタンを一つ二つ外し、少しずつ明るみに出る白い肌に頬を寄せる。普段も名前からは甘い香りがするのだが、風呂上がりの夜はその香りが一層強い。おかしいな、自分も同じ風呂に入っているはずなのに、こんなにも名前の香りは甘い。
「せ、せいじゅうろうさん…、」
「すまない。少しはしゃいでいるようだ。名前が一番におめでとうを言いに来てくれて。」
と言うと、名前は可哀想なくらいへにゃりと困ったような顔を浮かべ、「そ、そんなこと言えば、ゆ、許されると思ってぇ…」と俺の胸に顔を埋めた。その旋毛にちゅっと口付けを落とし、名前の体を抱き上げる。そのまま今日も名前が綺麗に敷いてくれた布団に彼女を横たわらせる。このまま時が止まってしまえばいいのにと思えるほど幸せな短い数秒を見詰めあい、何度も何度も口付けた。
「俺は幸せものだな。こうして一番に名前に祝ってもらって。」
「…そんな、大袈裟です。私からのお祝いなんて、いくらでも…。」
「それでは、いくらでも味あわせてもらうよ。」
「ち、違っ、そんな意味じゃ…っ、んっ、」
はだけた胸元からするりと手を滑り込ませ、柔らかな膨らみに触れる。するりとした肌はただでさえ触り心地がいいのに、ふっくらと柔らかい名前の胸は俺の手に吸い付くようだ。ふにゅふにゅと名前の胸の弾力を味わいながら、指先で尖った先を優しく捏ねる。段々と上がっていく名前の息、恥ずかしそうに伏せられる睫毛、乱れていく衣服。どれを一つとっても、俺の興奮材料だ。(名前はもう少し自惚れた方がいい。この赤司征十郎を興奮させるなんて、滅多にできないことだ。)
「名前の肌は甘いな。」
「そんな事…っ、」
パジャマのボタンを全て外し、惜しみなく前を広げると、真っ白な肌が目の前に晒しだされる。ゆっくりとその肌に下から手を滑らせ、脇、腹部、胸、首、肩に口付ける。肩にかかるパジャマを脱がせようとすると、彼女が恥ずかしさに固まっていて、思わずくすりと笑ってしまった。笑うと、彼女は拗ねたようにこちらを睨むのだが、あいにく、拗ねても可愛いだけだ。拗ねた彼女を可愛がるよう、わざと緩慢な動きで彼女の乳房に吸い付いた。舌先ですくうようにして食むと、名前から可愛い声があがる。
「や、んっ、」
「可愛いな。もっと聞きたい。」
「やぁ…っ、」
名前の先をちゅるちゅると舌先で苛めながら、もう片方は指先で弄る。そうすると名前の声は堪え切れず溢れ出てしまう。もっと聞きたい、と視線を投げても名前の瞳は潤んでいく一方で、彼女を苛めている気がして少しだけ気分がいい。俺がこうするから、彼女がこんな涙目になっているというのは、なかなか加虐心を煽る。元々、気性は大人しい方じゃない。我慢するのが得意なだけで。感情のセーブレベルは高いところにある。けれど一度その箍が外れると、元に戻すのは難しい。名前と行為をしている時は、そのセーブの仕方がとても難しい。彼女を大事にしたいと思う一方で、無茶苦茶にしてやりたいという感情も持っている。俺の手で壊してやりたいとも。(だって俺が彼女を壊したら、彼女はもう俺のものになる。)
「名前…、もっと、もっと聞かせて。」
「あっ…、や、だめ…!せいじゅうろうさ…っ、ひゃあぁっ…!」
少しずつ脱がしてあげようとしていたのだが、パジャマを脱がし、下着を全て取った名前の姿がひどく悩ましげだった。頬を染め視線を落とし、片腕は乳房を隠し、もう片方の手は下腹部を隠す。まったく隠しきれていないのに、まだ慎ましくあろうとする名前がいじらしい。今度は俺が息を荒くし、彼女の膝裏を掴んだ。華奢な指先をどかすと、とろりと蜜が彼女の秘所を濡らしていた。迷わずそこに吸い付くと、彼女は首を振って嬌声をあげた。花弁をかき分け、花芯に吸い付く。
「あっ、だ、駄目ぇ…っ、き、汚っ…やぁっ」
「汚くないよ。名前のものなんだから。」
「お、おねがっ…やぁぁっ…!せい、じゅ、ろ…さ、あぁっ」
「意地悪だね、名前は。誕生日くらい、いいだろう?」
名前の手が俺をどかせようとさせるのだが、花芯に口付けるとその手はふにゃりとふやけて俺の髪を撫でるだけに終わる。可愛い。その手を繋いて動きを封じ、俺は名前の蜜を味わいながらもう片方の指をゆっくりと秘所に埋めた。白い足がびくびくと震え、名前がまた切ない声をあげる。名前は指が白くなるほど枕を握り絞め喘いでいて、またそれが俺の動きをひどくさせる。
「やっ、やぁあ…っ!だめ…っ、だめ…!」
「ああ、名前の気持ちいい顔、みせてごらん。」
「や、やぁあああっ…!」
名前を苛める指の本数を増やし、彼女のイイところを刺激すると名前はびくびくと震えて達した。薄い腹が呼吸と一緒上下し、名前の瞳がとろりと溶け出す。はぁはぁと大きく呼吸を繰り返す名前を見下ろしながら(…達した顔も、その後も、名前は可愛い)自分の衣服も脱ぎ払う。既に立ち上がったそれに避妊具をつけようと側にある引き出しに手をかけた時だ。
「待って、征十郎さん…、」
「名前…?なに、を………っ、」
ゆっくりと名前が起き上がり、あろうことか俺のそれに口付けた。
「名前…っ、キミが、そんなこと、しなくて、」
「んっ、…し、ます…、」
小さな口が開き、はくりと俺のものをくわえた。
ボールを、頭にぶつけたような衝撃が走った。名前が、俺の、を。た、誕生日、だから?待って、いや、そんなことしなくていい。早く口から出してくれ。と言いたいのに、名前の口内があまりにも温かく、柔らかく、大変申し訳ないことに気持ち良すぎて、言葉がうまく出てこない。
「っ…、名前、…汚い、から、はなすんだ…」
「汚く、ん、ありません。征十郎さん、だから。」
ちゅる、と音をたてて口内でゆるく吸われた時、思わず、喘ぐかと、思った。裸の名前が目の前にあるだけで扇情的なのに、その名前が、俺に口淫してるなんて。
「名前。もう、いい。」
「ん、でも、まだ…、」
「もういい。頼む、もう、」
―名前が欲しい。
半分押し倒すようにして名前を組み敷き、もう余裕のない自分のものに今度こそ避妊具をはめる。名前のそこに擦り付け、蜜を借りて先を宛がった。
「…悪い子だ。こんな事、どこで知ったんだい?」
「っ…、征十郎さんの、真似、です…」
「そう。でもどちらにしろ、こうなった責任は取ってもらう、よ。」
「あっ、…ん、く、…ぁ…」
「………はぁ…、」
ずくりと、名前の中に自分を突き入れた。名前の中がきゅうきゅうと俺を締め付け、切なく絡みついてくる。
「は、せい、じゅうろう、さん…」
「なに…?」
「ん、お、誕生日、おめで、とうござい、ます…、」
中に自身を収めきると、名前の細い指が俺の髪を撫で、そのまま引き寄せるようにして優しく口付けられた。ふわりと微笑んだ名前と、その行動に俺のものは中で確実に質量を増して、名前もはっと息を詰めた。
…本当、困ったな。どうしてこの人はいつも俺の心を惹きつけて離してくれないのだろう。これ以上にないくらい彼女を好きだと思っているのに、この気持ちは底を知らない。彼女に咬み付くようなキスをし、小さな体を揺さぶるように腰を突き動かした。
「あっ…、あぁっ、…せい、じゅ、」
「名前、名前、もっと、呼んで。俺の名前。」
頭が、はち切れそうだ。
彼女を想い過ぎて。(どうにかなってしまう)
苦しくて、もどかしくて、辛くて、
「せい、せい、ちゃ…んっ、ひゃぁっ、」
「ああ…っ、」
情けない、声が出る。気持ちが昂ると、こんなにも気持ちいいものなのか、この行為は。名前に自分を刻み付けるだけじゃない、名前を俺に縛り付けるだけじゃない、名前の行き場を無くすためじゃない。俺と名前が、一つになるこの行為は、気持ちも頭も体も、訳がわからなくなる程気持ちがいい。
細い腕に頭を抱かれて、キスをしながら名前を揺さぶった。途中、キスの合間から小さな声で「せいちゃ、」「せいちゃん」と紡がれる声が、「好き」と言われているようで苦しくも切なくもいとおしかった。名前の奥を突きながら、その言葉に「ああ」「わかってる」と答えると、名前の中がまた締まる。
「あぁっ…んっ、も、もぅ、」
「うん。一緒に。」
「あっ、…んっ、あ、だめっ、き、ちゃぅっ…あっ―――!」
「…っ、…くっ、」
ぶるっ、と自身の体が震えた。汗がどっと噴き出て、詰めていた息がやっと吐き出される。張り詰めていた荒い息を宥めながら、抱き締めた小さな体を更に強く抱きしめ、彼女に口付ける。まだ互いに体は火照ってはいるが、掛け布団を手繰り寄せ、二人でくるまった。
「…大丈夫かい?」
「……はい…。」
「嘘。目がとろんとしてる。」
「やだ、見ないでください…、」
「誕生日の特権。よく見せて。」
「そんなぁ…っ」
見ないで、と細い腕を顔の前で交差させる名前。それでも構わないよ、とその白い腕にちゅ、ちゅ、と口付けると、名前が恥ずかしそうな顔を覗かせた。
「征十郎さん、意地悪です。」
「名前ほどじゃないよ。」
「私がいつ意地悪しました。」
「よくされてるよ。」
「いつです…んっ、」
むう、と膨れる彼女に転がっていたチョコレートを拾って包装紙を破いてくわえさせた。少し乱れた髪を整えるように頭を撫でれば、名前も素直に俺の首裏に腕を回し、キスをした。(チョコレートを咥えた名前は喉やけしそうなくらい甘かった。)いつもこれくらい素直だったらいいのに。いや、こういう時にこういう事をされるから、俺はずっと彼女に釘付けなのだろう。
今日も明日も来年も誕生日も、ずっと。ずーっと。
(つまり、俺とキミはずっと一緒ということ、だよ。名前。)