緑間真太郎
キセキの世代No.1シューター、緑間真太郎の指は世界で一番美しい指だと私は思う。実質、真太郎は「俺のシュートは爪のかかり具合が肝だ」というくらいで、爪切り爪磨きの手入れはもちろん、バスケをしない時はテーピングをして指を保護しているくらい大事にしている。おかげで左指全部にテーピングという痛々しい風貌だが、シュートの完成度は精密機械のように高い。真太郎の放ったボールが吸い込まれるようにしてリングをくぐるあの瞬間は、呼吸も忘れて見惚れずにはいられない。
真太郎の指は世界で一番美しい。大きな手も、長い指も、手入れの行き届きすぎの指先もひとつひとつが美しい。指の形だけではない、その指が放つ、一寸の狂いもないボールの放物線、部活の時間が終わってもひたすらシュートを打ち続ける極限の集中力、エースとしての自覚と覚悟、そして貪欲とも呼べるほどの努力。
その奇跡の指先に行き着くまでの彼の過程を知れば知るほど、私には、彼の指が神聖な部位に見えてくる。
だから、はっきり言ってしまえば私はすごく嫌なのだ。真太郎のその指が真太郎にとってどれほど大事で大切なものかということが、本人ほどではないが十二分に理解しているつもりだ。私からすれば真太郎の指は一つの汚れも許されない潔癖な存在で、高潔さえも感じてしまっている。だからそんな大事で大切な真太郎の神聖な指が、私の不浄の場所に触れてしまうなんて、本当に許されないことをしている気分になる。
「名前、」
綺麗に片付いた真太郎の部屋で、真太郎が私の名前を呼んだ。
床に腰掛けた真太郎の肩に両手をおいて膝立つ私は、真太郎の指が今まさにそこに触れようとしていて思考をぶっ飛ばしていたらしい。するすると肌を這う真太郎の指に、いやだ、だめ、と強く瞑った両目を、真太郎が宥めるような優しい声で開くように促す。開くと、レンズ越しのエメラルドの瞳がじっと私を見詰めていた。
「痛いのか?」
「……え?」
「お前は、いつもこの時目をぎゅっとするだろう。俺の指は、痛いのか?」
わずかに眉尻を下げ、申し訳なさそうな目をした真太郎。言われたことがありえなさすぎて、一瞬何の事を言われているのかわからなかったのだけど慌てて首を振る。そんな事、ない。私が痛いと思うことを真太郎は強要しないし、してもこない。たとえ痛みを伴うものでも、真太郎が求めるなら私は。
「なら、なぜそんな顔をする。俺とこういうことをするのは、嫌か?」
「ち、違う…。」
「なら…。」
壊れ物を扱うように、真太郎の手が私の背中を滑り腰を撫でた。うっとりと優しい手つきにお腹の奥が切なくなる。
どう伝えれば真太郎が嫌な思いをしなくてすむだろうか。触らないで欲しいと端的にいうのは直接的すぎるし、かといって真太郎の指がそこに触れてしまうのは本当に許されないと思うし。
少しの間、見詰めあって言葉を探した。腰に真太郎の手がまわって、ゆっくりと抱き寄せられる。エメラルドの瞳が私の言葉をじっと待って、触りたい、もっと触りたいと言われている気がして、すごく嬉しい。私も、もっと真太郎に触れたいし、もっと触れて欲しい。でも、その前に私は、真太郎がすごく好きで、真太郎の大事なものを私も大事にしたいのだ。
腰にまわった真太郎の手を取って、そっとその指先に唇を近付ける。
「だって、汚れちゃう…。」
「ちゃんと洗っているのだよ。安心していい。」
「違うっ…、真太郎がだよ…。」
「俺が…?」
せっかく綺麗にしている指なのに。わざわざそんなところに触れる意味がわからない。でもどうしてか真太郎はそこに触りたがる。そんなところ、真太郎の綺麗な指が触れていい場所じゃ、絶対にない。
「私、真太郎の手、すごく好き。だから、こんな汚いとこ触って欲しくない。」
「汚くなんてないのだよ。」
「きたないよ。」
「きたなくない。」
「きたない。」
「お前に汚いところなどないのだよ。」
真太郎にそんなことを言われて、嬉しくないわけがない。すごく嬉しい。けれどやっぱり、真太郎の指がそこに触れるわけにはいかないのだ。
「真太郎の指は大事なものなんだから。」
真太郎がバスケをするうえで、絶対的に、必要不可欠な大事な左手。
自分にも、真太郎にも言い聞かせるように真太郎の左手を両手で包むと、彼の真剣な目がそこにあった。
「…大事なものなら、尚更その手でお前に触れたいと思っていても、か。」
そう言って真太郎は私の手を取り引き寄せ、掠めとるように唇を重ねてきた。
いきなりのキスに少し驚きもしたが、二度三度と重なる唇に瞼がとろける。再度真太郎の肩に手をつき、重なる唇の感触に夢中になっていると、そろりと真太郎の指先が内腿を撫でた。
「……待っ、んっ」
嫌な予感をおぼえて腰を引くも、強引に唇を塞がれる。
「もし、俺のためを思って言っている言葉だとしたら、それはとんでもない勘違いなのだよ。」
息つく間もなく口付けられ、その口付けを必死に受け止めていると、内腿を撫でていた指先が今だとばかり私の体内に押し込まれた。
「んっ…!真太郎っ」
「お前がいう大事な俺の左手は、お前に触れたくてしかたがない。」
真太郎の指が、私から出るとろりとした液体に触れる。そこに真太郎の指の感触を感じて体を引こうとするも、構わず真太郎の指はそこをしっかりと捉え、ゆっくりと中に沈めていく。
「ぁっ…、だめ…」
「駄目なわけがない。こんなにも濡れている。」
「やだ、そんなこと、言わないで…」
中途半端にはだけた胸元を、真太郎が口付ける。温かくて柔らかい真太郎の唇をすぐそこで感じて身を捩るも、それが中に入る指をもっととねだっているように捻ってしまって恥ずかしい。
「しん、たろう…だめ、指汚れちゃう…、んっ」
「汚れてなどいない。」
「あっ…」
「それに、」
私の言葉を否定するように、真太郎の指がぐっと奥まで押し込まれた。長く骨張った綺麗な指が最奥を探すように動く。
「俺の指ほど、お前に触れるに適しているものはない。」
「あっ、な、なに…?」
「左手のケアは常に怠らない。ゆえに、お前を傷付けることなく、こう触れるのだよ。」
「やっ…ぁ、んんっ」
真太郎の指がぐるりと円を書き、内壁を撫でた。ぞくぞくと体に走る気持ちよさに腰が落ちかける。そのまま底無しの何かに落ちていきそうな怖さがあるのに、何故か体はもっと欲しいとその感覚を求める。
「あっ、し、真太郎、それ、やめっ…ぁ、」
「中が締まったのだよ。気持ちいいか?」
「んっ、やぁっ」
真太郎の口から恥ずかしい言葉ばかり聞かされて追い詰められている気分になる。真太郎の指、汚しちゃいけないと思っていても誘い出すように真太郎が指を動かす。内壁をなぞるように指をゆっくりと動かし、親指が一番敏感な箇所を転がすように弄る。
「やっ、んん、ゆび、だめぇ…っ」
「名前、」
「あぁっ…ん」
きゅっ、と芯を親指で強く押され、恥ずかしい声があられもなく出る。真太郎の指はそこからくちゅっと音をたてて離れ、やっと離れてくれたと思ったのも束の間、真太郎はその指をあろうことか口に引き寄せた。
「真太郎…!?」
「指が駄目なら、俺はこの口でお前の全てに触れるが、それでもいいのだな?」
止める隙もなく、真太郎は私の恥ずかしいもので汚れた指をぺろりと舐めた。挑発的な目で見られながら私のを舐めた真太郎に、私は触れられてもいないのに全身がぞくりとした。頭を横から殴られた気分だ。
「な、なにして…っ!ば、ばか!ばか!」
「馬鹿とはなんだ。お前が言ったことなのだよ。」
「そんなことしてなんて一っ言もいってない!」
「同じ意味なのだよ。」
真太郎の指を拭おうとティッシュを探した手を取られ、抱き寄せられる。真太郎の胸に、私の体がぴったりと引き寄せられる。
「この手でお前に触れられないのなら、他の俺のものでお前に触れる。俺は、お前に触れたくてしかたがない。」
そっと口付けられ、唇からじんわりと真太郎の熱を受けとった。唇から、ぴったりと合わさった体から、見詰めあう瞳から、指でなくとも真太郎を感じる。
「この手だからこそ、お前に触れていたい。」
ぎゅっと腰を抱かれ、いつもは見上げてばかりの真太郎の瞳が乞うように私を見上げた。長く、綺麗に揃った下睫毛とエメラルドの瞳。そんな綺麗な顔で、駄目か?と小さく囁かれてぐらつかない女子はいない。ああでもそんな、真太郎が他の女の子にこんな顔を向ける状況なんて想像したくない。
「名前…」
甘い、声。
とびきりお腹の奥に響く、低い、甘い声。
ぞくぞくが止まらない。直接的に触れられていないのに。見えない指で全身をくまなく触れられている気がして。髪も、瞼も、耳も、頬も、唇も、肩も、胸も、お腹も、腿も、あの場所でさえも真太郎に優しく愛撫されているようだ。
真太郎の指は、世界で一番美しい指だ。そんな彼の指があんなところに触れたがっているなんて、何度聞いても受け入れがたい。でも、大好きな真太郎から求められていると思うと愛しさが募る。受け入れたくなる。
「好きだ。触れたい。」
「っ、……」
声だけで、喘ぎそうになる。
鎖骨に真太郎の唇が触れ、切ない音と共に甘く吸われる。ひくりと体を震わせると、捩ったと思われたのか腰に回る腕の強さがきつくなる。真太郎に求められていると感じて頭に酸素がまわらない。くらくらする。
―ああ、駄目だ。わかった。
真太郎。私は、あなたに触れられなくとも触れられている気分になる。十分だ。だから、触れないで。貴方の指は綺麗だとか、美しいとかそれ以上に、私は貴方に触れられると気がおかしくなって正常でいられなくなる。だから、真太郎の綺麗な指にかこつけて触らないでと言ったみたい。
本当は、触って欲しい。でも私が私でいられなくなりそうだから、触らないで欲しい。
「私も、好き。
―だから、触らないで真太郎。」
そう言って真太郎の首に腕を回して口付けると、わけがわからないと眉根を寄せた真太郎の顔がそこあった。