神田工場長

短編『神田工場長』より
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おもむろに服を脱いで上半身裸になった神田工場長の体は、想像していた通り、いや想像以上に逞しかった。あのクソ暑い工場内で毎日汗を流し引き締まった腰、重い型を持ち上げる太い腕、プレスしたばかりの熱い製品を扱う固い皮膚、いつも見てる、無口だけど多くを語る背中。そんな厚い背中を見せられて私は思わずなんて言わずに赤面した。赤面して、思いっきり工場長に背中を向けた。


(ちょ、ちょっ、ちょっ…!!し、心臓に悪ーっ!何あれ!何あのカラダ!南国むきむきマッチョどころじゃないよ!)


嘘でしょう!?確かに体格いいよなって思ってたけど、思ってたけど、思ってたけど!!あんなに引き締まった体してるなんて反則だよ…!
ああなんで私工場長とラブホなんて来てるの!?なんでってそりゃナニしようとして来たんだけどでもなんで今更になって私達ホテルにいるのよ…!ああどうしようもう逃げ場がないよ…!無理矢理でもなくちゃんと同意の上、しかも手を繋いで、キスもして、抱き合ったりもして、いよいよっていう恋人の工程表があるのならその通り運んでくれた工場長だけどでもなんで私ホテルにいるんだろう…!


「今更逃げる算段か?」

「ひいっ!!」


とにかくすごい肉体美を見せてくれた工場長はもう直視できないとばかりに背を向け、なおかつ部屋の隅へと逃げるように距離をあけた私に工場長の声が。ひたひたと、逃げた距離を縮める足音が聞こえて息が詰まる。足音が止まった音、いや、工場長が声になる前の息を吸う音だけでも私の心臓はどくどくと音をたてた。


「悪いが、もう待たないからな。」

「…っ、い、いいえ、いいえそんな、に、逃げる算段なんて…!」


壁に顔を埋めるようにしてた私の横に、大きな手。念のため反対も確認してみたけど同じように工場長の手がそこにあった。ああこれは何がなんでも逃げられない。


「の、納期の確認を…し、してました…、あ、あのこの間注文書流した006115-001-01は納期通りでいいですか…。」

「ああ。送りがいいのか、引き取りにすんのか。」

「ご、後日連絡しま…っ」


ふいに、工場長の指が私の首を撫でた。首にかかる髪を横に流すようにして撫でたそこに、生暖かい柔らかな何かが走った。考える必要もない、工場長の舌だ。思わず肩を竦めた隙間に工場長の腕が回って、後ろから抱き締められる。


「っ、あ、あと、000176-001-01はっ…!」

「昨日出した。月曜の朝につく。」

「ぜ、ぜろ、ぜろぜろ、いち、9、6、はいふん、」

「それも昨日一緒に送った。9115も100個分けにして送った。後は?何が聞きたい。」

「…っ、」


耳元で囁かれ、色気もない製品と仕事の話をしているのに、どうしてか工場長の声は艶に満ちていた。頬と頬が触れそうな距離に、早くこっちを向けと言われているような気がして、そろそろと顔を上げると待っていたとばかりに甘い口付けが私を迎えてくれた。キスをしたまま体を反転させられて、ぴったりと唇と全身が一つに合わさる。密着した体をより引き寄せるのは何度も助けられた、工場長の腕だ。行き場のない私の手が、縋るようにその腕に触れる。ああ、固い。固くて、太くて、逞しくて。この腕に、何度も何度も助けてもらった。


「ッ!」


舌先が触れ合い、擦れたり絡み合っていると、私の体が意志とは関係なしにびくりと震えた。最中に、しかも結構大きめに体が揺れてしまい、目の前の人が気付かないわけがないそれに私は恥ずかしくなった。とても、恥ずかしい。恥ずかしい。


「あ、いや…、いや、違く、ないんですけど、その、」


この歳で…、キスくらいで…?笑われてしまうかもしれない。赤くなった頬、濡れた唇を隠すように手の甲で覆い、切れ長の目から逃げようとした。しかしその瞳は私を最初から逃がすわけもなく、笑ってないよ、と宥めるように優しいキスを頬にくれた。本当に…?おそるおそる見上げた瞳は真摯で、射竦められた気分になる。工場長の足が私の足と足の間に入り込む。誘われるように擦られると、どうしようもなくいやらしい気分にさせられた。


「…もういいのか。」

「え……?」

「納期確認。今なら納期照会も聞いてやるよ。」


唇を撫でられながら言われる言葉じゃない。でもそう言わせてしまったのは、私だ。
ほんの少しだけ緩まる腕、隙間。


(こ、工場の人間に…、営業の私が気を使わせてしまった……。)


本来こなすべき仕事をすんなりと奪われてしまい、ほんの少しの敗北感と覚悟を胸に、私は首を振った。


「だ、大丈夫、です…。もう、問題、ありません……。」


俯き、答えると手を引かれ、ベッドへと向かった。私、わたし…、とうとう工場長とやってしまうんだ…。じわじわと謎の高揚感が私を襲い、軽い眩暈がした。心臓がうるさい。口から出そう。
―…何が…?
―何かが。


「〜〜〜〜っ、工場長っ!」

「………あぁ?」


ベッドに座らされ、工場長の手が指が私の肩から腕を撫でたのを私は突っぱねた。
…もちろん、そんな事をすれば工場長の顔がかーなーりーしかめっ面になるんだけど。(わあすごい!今まで一番のしかめっ面!)でもそれでも私はタンマ!と悲鳴をあげた。


「お前な、だから……―」

「違うんです…!その、わ、私の問題じゃなくて…!いや、私の問題でもあるんですけど、でも基本は工場長側の問題というか、ど、どちらにしろ、不安要素を確認した、くてっ!」

「不安要素?」


はい!と返事をして、工場長を見詰めた。案の定、工場長の顔は意味解らんと眉を寄せていて、不安要素なんて言っといてでもよくよく考えたら大した事じゃないかもしれない私にとって大した事に、頬の熱が上がる。


「あ、あの、わたし、その、こ、こ、こういう、こと、す、するの、だ、だいぶ、久しぶりでして、その、に、二年ぶり…?あ、三年…?と、とにかく、その、た、たぶん、いえかなりの高確率で、しょ、しょ、しょ…、」


…女同然。
仕事に楽しみを見付けたわけでもなく、趣味もあるわけでもなく、友達も多いわけでもなく。ただただ仕事をし、男も作らず出来ず、何もしてなかった私は枯れている以外の何物でもない。そんな枯れ井戸みたいな私を抱いて大丈夫ですか。面倒じゃないですか。この状態になって言うのは反則でしょうがでも私にも女の矜持というものがありまして、あの、でも、その、……引き返すなら今のうち。


「ここでそれを言うか。」

「す、すみませんっ、あの隠してたわけじゃないんですけど、で、でも行為の工程は忘れてはいませんので、ちょ、ちょっとゆっくり優しくして頂ければ然程ご迷惑…」

「じゃない、ばか。」


ばか!

ば か ! 

(大事なことなので二回言いました。)
工場長に馬鹿言われました馬鹿!何が馬鹿なのでしょう!二、三年も女の機能を放ったらかしにしたことでしょうか!それとも破廉恥な暴露をしたことでしょうか!
はーーーーっと溜息ついた工場長は一度大きく肩落とした後、拗ねた切れ長の目を私に向けた。


「お前の過去なんて聞きたくない。」

「えっ、でもこの間私の部屋で卒業アルバム超見てましたよね!」

「違うそうじゃないばか。」


ば(以下略)!
この間はアルバム見付けた瞬間「見たい見せろ」なんて言って制服着た私のこっぱずかしい高校青春アルバムを一時間かけて見て帰ったくせに!生きた心地がしなかった!クローゼットにかけたまま何故か捨てきれない制服に見切りをつけた日だったぐらいなのに!


「お前ちょっとうるさい。」

「うるさっ、わっ」


暴言にむっとすると、工場長の手が私の腰を撫でたとみせかけて服に手をかけた。そのまま下から上へとあげられて、強制的にばんざいさせられて衣服が脱がされる。触れる外気に私の肌は急に無防備になり、とんでもない更地に連れてこられた気分だ。両腕を前に交差して、何事なく続けられそうな行為に私の心臓は思い出したかのように再びどくどくと鳴りだした。


「ゆっくりは…どうかわからんしお前次第だが。」

「は、はあ…」

「優しくは自信がある。」


嘘だ!と口に出さなかったのを褒めて欲しい。
それは何故ですか?と少し口元に笑みを浮かべた工場長に問うと、こう返ってきた。


「機械を扱う時、女に接するように扱えと言われてきたからな。」

「私プレス機ですか!」

「…もういい。」


呆れたような目をされて、更に喰いつこうとした時にもう話はおしまいと工場長に無言のキスをされた。言い返そうと口から出そうになってた言葉は唇ごと封じられてしまい、熱が戻ってくる。


「ふ、…」


直に触れられ粟立つ肌を何度も工場長の手が撫でる。固まる肌を辿って、大きな手が私の胸を捉え、やや大きな円を描くようにして揉まれる。久しぶりに、自分以外の誰かがそこに触れ、なおかつ男を嫌という程感じさせられる手に包まれ、私の呼吸が震えだす。


「脱がすぞ。」


駄目待って、と言ったら待ってくれただろうか。いや、待ってくれないだろう、間違いなく。背中のホックが外され、張り詰めていた胸が解放される。呼吸がしやすくなったのは間違いないのに、だんだんと息苦しくなっていくのは何故だろう。
指先で先端をくいくいと遊ばれ、簡単に喘ぎそうになったのをなんとか堪える。体がゆっくりとベッドへと押し倒され、男女二人の重み分、ベッドが沈む。決して乱暴にはせず、壊れ物を扱うように、柔らかいタオルで包むように触れられる指先に、泣きたくなった。


「こうじょうちょ……、いや、やめてください……」

「…どうした。」


両手で顔を覆う。
工場長の言った通りだ。私はなんて馬鹿なのだろう。不思議そうな工場長の声に自分が情けなくなった。


「そんなに優しくされたら、わたし、プレス機に嫉妬しちゃう……。」


言った途端、馬鹿な恥ずかしさが込み上げて全身を赤くさせたのは言うまでもない。これじゃ馬鹿って言われても仕方が無い。どうしようもない女だよまったく。恥ずかしくて、惨めで、未熟で、馬鹿な自分。そう唇を噛み締める…はずだった。


「あっ、ああっ」


噛み締めるはずだった唇から嬌声が零れた。室内に響いた自分の声に何が起こったか理解できず、下半身がびくりと浮かぶ。


「俺がプレス機とセックスするようにみえるか。」

「っん、ぁ、」


襞を割って固い指がナカの入口を探る。いや、場所などとうにわかってそうだ。それでも探るように動くその指は、溢れる蜜を気持ちよさそうに浴びている。


「こうじょう、ちょ、あっ、…んっ」

「でも、これでお相子だな。」

「なに、が……っ」


指が、ゆっくりとナカに進んだ。


「ああ…良さそうだな。」


そんな…、製品を検査してる時と同じ言葉をいわないで。次それを聞いたら絶対、絶対ぜったい思い出してしまう。
触れた指先、合わさった肌、重ねた唇、不可侵領域への侵入。
見詰めた視線の先、あまりにも綺麗過ぎるその人に、こくりと喉が鳴った。


「あっ、や、やだぁ…っ、ゆ、くり、ゆっくりがっ…」

「…さっき言った。ゆっくりかどうかは、お前次第だ、って。」

「やぁ、わた、し、何も、してなっ、んんっ」


指が、指だけでも大きくて固いのに、この後はどうなってしまうの。そう、頭の隅のどっかで考えていると、私を捉えて離さない工場長の目が鋭く細められた。まるで俺以外のことを考えるなとばかりに指の本数を増やされ、出し入れのスピードがはやまる。お腹の中が力を失われていくような感覚に襲われているのに、何故か腰が上がる。もっとと強請っているようで恥ずかしい。足先がシーツを蹴って宙を掻く。


「やっ、ぁあっ、………っぁ、ああっ!」


逆手に取った敷布に顔を埋め、工場長の指に喘いだ。


「……も、もう、工場、いけない…」


工場長の指が抜け、下腹部は切なく何かを求めていた。それと同時にあれほど久しぶりだと言ったのにも関わらず簡単に達してしまった自分が恥ずかしくてたまらなかった。
工場長の顔が、見れない。


「006115-001-01は送りにすんのか?」

「う、うう…」

「お前の製品だろ、お前が直接来い。」


良品作って待ってるから。なんて耳元言われて、きゃあ(なんていい男!もとい工場長!)と悲鳴をあげるもキスでかき消される。


「悪い。あまり優しくできそうにないかもしれん。」

「自信あるって言ったのに…?」

「お前はプレス機じゃなかった。」


当たり前です。と唇を尖らせば、工場長の目が細められた。
―う、わ。ずるい。
そんな顔されたら、どんな事を言われても、されても、許してしまう。
互いに一糸纏わぬ姿になり、再度キスをした。唇だけじゃない。体全て触れた箇所がただひたすらに気持ちいい。熱い。心地良い。


「こ、工場長……」


工場長のそれに避妊具を用意し、触れただけでも吐息を漏らした工場長におそるおそる聞いてみた。


「わ、ワンショット、何個取り、の、予定、です、か…。」

「……2…?」

「私けっこう、もう、く、くたくたで……、」

「3…?」

「増えた…!」


1ショット3個取りなんて私の体力が持ちません!というかそういう下ネタでも対応してくださるんですね!(最近貴方の知らないところが見れて私は嬉しいです!)



神田工場長




「あ、ああぁ、あ…っ!…………は、ぁ、も、もう……」

「まだ…、まだこの中にいたい。」

「っ、ゆ、ゆう、さん…」

「………っ、」

「ま、待っ……!」




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