三日月宗近
何かを嵌め込んだような軽い音に三日月が振り返った。その音がした方へ顔を向ければ、そこには手のひらほどの薄い箱を手に持ち、にっこりと微笑んだ名前がそこにいた。彼女が手にしている薄い箱には見覚えがある。『すまふぉ』というからくりだ。
「何の音だ?」
そう訊ねると、名前は嬉しそうに微笑んで縁側に座る三日月の隣に腰かけた。一緒にからくり箱の中を見るように、肩と肩とが触れそうな距離まで彼女が肩を寄せる。すると、ふわりと甘い香りが三日月の鼻を擽った。前の主がそうしていたように香を焚いてみるが、色んな香を試しても彼女に似た香りは作れない。この時、この距離だけでしかこの柔らかい香りは楽しめないのだ。
「三日月さんは本当に綺麗ですね。見てください。」
「……ほう…!」
主の香りを密かに楽しみながら、彼女が見せてくれたからくり箱の中を一緒に覗く。そこには、縁側に腰掛け、やんわりと目を細めた三日月の姿が映っていた。
「俺がいる!」
「はい。写メって言って、三日月さんの姿をここに閉じ込めてしまいました。」
「ふむ。…となると、今俺はこのからくりの中に閉じ込められたのか?」
「ふふ、その絵を写しただけですよ。だって、ほら。」
名前の華奢な指先が三日月の手を取った。三日月の厚い手に、名前の細く白い手が重なる。
「三日月さんはここに。」
ふわりと彼女が微笑むと、彼女の香りが色濃くなる。かといっていやらしいものではない、微かに香る程度の、細い糸を辿るような仄かな淡い甘い香りだ。
「三日月さん、もう一度こちらを見てください。」
「うむ?」
かしゃり、またからくりから音がなる。
すると先程まで三日月しか入ってなかったからくりの中に、三日月と名前の顔が閉じ込められていた。まるで水面を一緒に眺めているような絵がその小さなからくり箱の中におさめられた。
「おお、今度は主も閉じ込められた。」
「二人で閉じ込められちゃいましたね。」
目の前で花を咲かせるように微笑む彼女を三日月は眩しそうに眺める。
「三日月さん、これ、動画も撮れるんですよ。」
いっそ、この愛しいおなごを閉じ込めることができたらどんなに満たされることか。
琴を爪弾くような彼女の声を聞きながら、三日月はそっと目を細めた。その三日月に彼女の姿を閉じ込めながら。
「これは、実に良いものだな。」
甘い香りが充満する。
なんと芳しいことか。噎せかえるほどの彼女の甘い香りと、汗と、淫靡な空気。この湿った空気で蒸し風呂ができたらどんなに気持ちのいいことか。
「あっ、や、やだぁ……っ」
この空気を胸いっぱい吸い込み、三日月は満足そうに息を吐いた。眼下には絹糸のような髪を敷布の上に散らした裸の名前。乳白の肌はうっすらと色付き、ふるんふるんと震える柔らかい胸の中心は甘えるようにぴんと立ち、薄い腹にはしっとりと汗で濡れている。その下は汗ではない愛液でぐっしょりと濡れ、三日月の竿が奥の奥まで入っていた。三日月がぐう、と体重をかければ名前の中が三日月の先を切なく締め付け名前から押し殺せなかった甘い声があがる。それを三日月は三つの目で見下ろしていた。
一つは右目、もう一つは左目。
最後の一つは、あのからくり箱だ。
「あぁ、主よ。主のこの姿を閉じ込めることができるとは……、」
「い、いやぁ……っ、や、やめっ、ぁっ、あぁ、んっ」
くちゅくちゅと淫猥な音をきかせながら腰を動かせば動かすほど悩ましく主が乱れる。三日月は名前の細腰に手をあてながら、もう一つの手にはあの薄いからくり箱を手に名前の姿をおさめていた。
「どうがとは、便利なものだ……。これで、また、好きなときに主のこの姿を見れるのだろう……?」
「だ、だめぇ……っ、そんな、こと、しちゃ、やぁ……っ」
「主よ、俺の楽しみを奪うでない。これさえあれば俺は主を独り占めにできるのだ。」
ぐちゅり、と奥を抉るように突くと高い声をあげて名前が白い喉をさらした。びくびくと震える小さな体をしっかりとからくりにおさめながら、彼女の体をゆったりとした手つきで撫でると、彼女はとろりとした目を三日月に向ける。薄い唇から赤い舌を覗かせながらぼんやりとこちらを見る名前に三日月の背筋はぞくぞくと熱くなる。
なんと、美しく淫靡な光景か。
「主、もっと乱れる姿を俺に見せて、聞かせてくれ。」
そなたの仕草、声、表情、温度、どれひとつを取っても自分を昂らせる。こんな気持ちは初めてだ。刀として何かを斬りたいと思っても、こんなに胸が疼くような駆り立てられる気持ちは初めて知った。どうすれば昇華すればできるだろうか。主の気をやる姿を見ると少しだけその気持ちが解消される。ただそれは一時的に満開の桜の下を掃除したに過ぎず、また散った花弁がそこに拡がる。何度も何度も掃除しても、そこに主がいれば桜の花弁は際限なく落ちてゆく。
「ぁ……、み、か、づき……」
彼女の薄い唇を親指で割り、小さな舌をふにふにと苛めたあと、親指についた唾液で彼女の唇をぽってりと色付ける。
「ん……、ふ、」
僅かに目を細めた仕草も逃すまいと、からくり箱を彼女に近付けてその姿をおさめると、ふいっと彼女が顔をそらした。
「や、やめてくださいっ…」
「何ゆえ、」
「は、恥ずかしいですっ、やめて、」
美味しそうに色付いた頬を更に色濃くさせ、白い腕で顔を隠した名前の姿に三日月はハッと小さく息を吐き出した。そして、顔を歪めた。
「は、ははは……っ、」
「三日月さ……ぁっ、や、やだ、まだ、動いちゃ……っ」
「嫌だ。動く。」
「あっ、だ、めぇ……っ、」
名前の片足を自分の肩にかけ、もっと深く交わるように自身を押しつかた。ごつごつと名前の中を容赦なく抉る。奥に届いているはずなのに更に奥へ奥へと向かおうとする三日月に怖いほどの快感が名前を襲う。
「あぁ……っ、主よ。俺は、楽しい。」
「あっ、い、いや、そこっ、」
「好いたおなごの恥ずかしがる顔や気をやる姿がこんなにも楽しい気持ちにさせてくれるとは!」
「ひぁっ……、ひ、ひどい、です……っんん、」
「ああ、その顔もなんと愛らしいことか。もっと見せてくれまいか。」
そう言って三日月は敷布に顔を埋める名前の姿をからくりに余すことなくおさめていく。
「もう、もうやめてっ…!おねがい……あっ、ああっ、」
「恥ずかしいか?主よ。」
「んっ、ん、……!」
こくこくと頷く名前に三日月は満足そうに目を細める。
ああ、たまらない。なんて可愛いのだ!
このからくりを向ければ向けるほど、主は恥ずかしがり、自分に批難の目を向ける。仔猫の前に干魚をぶらさげてあやしている気分に似ている。いやそれよりももっと胸が苦しく切ないが。
「ならば、もっとその恥ずかしがる姿を俺に見せてくれ。たくさんここに閉じ込めてやろう。」
「や、やだぁ……っ、ぁ、」
「は、はは、実に愉快!」
可愛い可愛い俺の主よ。
もっともっと俺だけに俺だけの恥ずかしがる姿を見せてくれ。たくさんたくさん、ここに閉じ込めてやろう。
「いっそのこと、もう閉じ込めてやろうか。──のう、名前よ。」
びくりと名前の目が見開かれ、甘く鳴いた声を口で封じた。