一人占めのテディベア

「あの、これ良かったら…。」


国立図書館にも匹敵する程の蔵書量を誇る黒の教団図書室の一隅で、一人の青年が一人の少女に愛らしいテディベアを差し出した。青年はこの図書室の司書で、膨大な量の図書の管理を任されている教団員の一人だ。背はあまり高くなく、色素の薄い髪もくるくるとまとまりがなくボサボサ、顔の半分を占めるような大きな瓶底眼鏡をした顔は今は真っ赤に染まっている。一方、テディベアを差し出された少女の方は細すぎる様にも感じる細い足をプリーツのきいたミニスカートから伸ばし、上は袖の短い旗袍を着ていた。ぬいぐるみを差し出され、アーモンド型の瞳はぱちりと大きく瞬き、小さく首を傾げ、光りに当たるとダークエメラルドにも見える黒髪を揺らした。少女、名前は真っ赤な顔をした青年と自分と同じ瞳の色をしているくまのぬいぐるみを見比べ、「あ…」と小さく声を漏らした。


「ごめんなさい…、私、リナリーじゃなくて名前の方なんですけど。」


いつもは頭の上で団子を作って髪をまとめている名前だが、今日はゆったりと髪を背中に流していた。そうすると、双子のリナリーと区別がつかないと皆から苦笑されるのだが、もう遅い刻だし人の少ない図書室に向かうのだから構わないのだろうと思っていたのだが…、もう慣れきった人違いに名前は申し訳なさそうに眉を下げた。すると、青年の方は首をぶんぶんと横にふり、再度ぬいぐるみを突き出した。


「い、いえ!こ、ここ、これはっ、貴女に…!」

「……私…?」


は、はははははいっ!と首が取れてしまうんじゃないかと心配になるほど勢いよく頭を振った青年に名前の瞳はますます丸くなる。リナリーと一緒にいて、もう何度も彼女へ贈り物をしてくる男性を見た。彼らは容姿端麗愛嬌たっぷりのリナリーを真っ直ぐ見詰め、お菓子やら花束、はたまたお茶の誘いやデートの誘いをしてくる。脇にいる名前なんて見向きもしない。髪型でしかリナリーと名前を判断できていないというのに。まぁ、すぐにリナリーが当たり障りなく受け取るなりお返しするなり、お誘いも遠回しに断るので名前もあまり気にしていなかった。


「こ、こ、この間は、こんな僕と、お話、してくれて、あ、ありがとうございました…!こ、これは、そ、その時の、お、お礼でっ、街で、見掛けたら、あ、貴女みたいで、か、可愛くて…」


ぷしゅうう…と湯を沸かしたポットのように湯気が出そうな彼からテディベアを弱々しく押し出され、名前は思わずそれを受け取ってしまう。確かに、数日前図書室で彼と出会い、同じ本を取ろうとしたのをきっかけに話をした。と言っても、彼らが同時に手を伸ばした本は有名な学者が出版した研究書となんとも色恋を感じないものだが。数ある蔵書の中から一つの本(もう一度言う、研究書だ)を手に取ろうとした二人は興味のある話題(これまた人体の構造からイノセンスの話など常人ならまったく見向きもしない内容だったが)に花を咲かせ小一時間たっぷりとお互いの話に耳を傾けた。青年はどうやらその時間はとても楽しかったようで、お礼に名前にプレゼントを用意したそうだ。普段なら女の子どころか対人との会話も危ういのに名前だけはその後も気軽に挨拶をしてくれたり、声を掛けてくれて嬉しかったのだと彼は消えそうな声で言った。
名前は仔犬ほどの大きさのテディベアを顔の前まで持っていく。彼の髪と同じような色の毛に、少し緑がかった瞳がくりくりとしていて可愛い。それを街で見つけてこの青年がお店で購入したところを想像するとなんとも微笑ましい気持ちになり、ツンとたったベアの鼻先に名前はチュッと口付けた。


「ありがとう。大事にします。」


お互い楽しい時間を共有しただけなのにプレゼントされるなんて思ってもいなかった名前は彼からの友好的な態度ににっこりと微笑んだ。彼は目を細めて微笑んだ名前に更に顔を真っ赤にし、もじもじと自分の細い指を絡ませた。


「あ、あの、そ、そ、それで、よ、良かったらなんだけど、ま、街の国立図書館に、こ、今度、い、いっしょ………」

「―断る。」


ずい、と青年と名前の間に黒く大きな影が割って入った。青年と名前が見上げるほど背の高い黒い影はがっしりとした体に黒の旗袍を着用し、黒のズボンを履く足はすらりと長い。背中に掛かる一つに結い上げた黒髪はうっとりするほど濡れたように輝き美しいが、瓶底眼鏡の青年を見下ろす目は息が止まりそうな程鋭く、まるで見えない大きな手に首を絞められているような威圧感があった。


「テメェも何ぬいぐるみなんてもらってんだ。」

「え、だって可愛いよ?」


それとさして変わらぬ小さな顔の横にテディベアを持っていき、小首を傾げた名前に青年との間に割って入った神田はぐっと一瞬だけ詰まった。可愛いのはお前の方だ、というのは心の中に押し込み、神田は名前の手にあるぬいぐるみをむんずと掴み、青年へと突き返した。


「これも、いらねェ。返す。」

「えっ、ちょっと神田っ」

「こんな夜まで本読んでんじゃねぇよ。帰るぞ。」

「ま、待って、私、まだ話の途中…」

「もう終わった。行くぞ。」


行くぞ、と言いながらもしっかりと名前の手首を掴んでずんずんと歩く神田に名前は引き摺られながら、何度も眼鏡の青年を見返しながら図書室を出ていった。というよりも、連れて行かれた。
ぽつんと図書室に一人取り残された青年は、教団屈指のガラの悪い男神田ユウに睨まれへなへなと座り込み、手元に残ったテディベアを抱えて一人苦笑した。


「そうだよなぁ…。」


彼女が彼と恋仲であるのは知っていた。けれども、見掛けるたびに喧嘩しているようなのでもしかしたら…なんて思ってしまったがとんだ勘違いであった。鼻先にキスされたテディベアを撫でながら、青年は「羨ましいヤツ」とくまの鼻先を指で小さく弾いた。




「ちょっと、神田…!痛い!放して!」

「うるせぇ。」


神田に掴まれている腕は実はさして痛くはないのだが、こうでも言わないと彼は放してくれない。しかしそう言っても放してくれない神田に名前はがっくりと頭を落とす。こうなった神田は最後まで放してくれないのを知っているからだ。ずるずると引き摺られながら名前は神田の部屋に押し込まれ、ベッドの上にぽいっと投げられた。


「ちょっとユ…ッ」


何か文句の一つや二つ言ってやろうと噛みつくように口を開きかけた名前だが、すぐその上に神田が圧し掛かってきた。体の両脇に腕をつかれ身動きが取れなくなる。じっとこちらを見下ろす目は怒っているようにも見えて少し竦んでしまう。


「…何だよ。」

「…や、あの…、その…」


確実に怒っている時のトーンで話され、名前は動きの鈍い人形のように顔をそらした。


(待って待って待ってー!なんかすっごい怒ってるんですけどこの人!え!私何かした!?図書室こもりすぎた!?それ!?今更それ!?そんなのしょっちゅうだからもう諦められたかと思ってたけど今更それなのかな!?)


ピリピリとした空気を発する神田にぐるぐると何をここまで怒らせてしまったのだろうかと考える名前だが、残念ながら心当たりがなさ過ぎて更に頭の中がぐるぐると混ざる。すると、ゆっくりと神田の手が名前へと伸び、名前は思わずぎゅっと目を瞑った。こういう時の神田は容赦ないデコピンか捩じるような頬摘まみかどちらかだと身を縮めた名前だが、触れてきた指先は予想を裏切り優しい手つきだった。
しかも、何故か名前の薄い唇を親指でゆっくりと撫でられた。


「な……なに………ん、」


唇をなぞられたと思ったら、その親指は遠慮なく名前の口の中に入っていった。ちゅぷ、と神田の親指が押し入り、名前は噛むわけにもいかず狼狽えながら神田の手首を掴んだ。


「ユウ、なに…?ん、ちょ、」

「一丁前に口説かれてんじゃねぇよ、チビ。」

「は…、はぁ?いつ私が…、んんっ、…やめて、」

「ぬいぐるみ一つくらいで…。」


なぶるように神田の親指は名前の小さな舌を弄び、ついた唾液をぬるように名前の唇に擦り付けた。ぬいぐるみと聞いて、やっと神田があの彼について言っているのかと理解した。どうやらリナリーのように口説かれたと勘違いしているらしい神田に名前は神田の手を押しのけて口を開きかける。彼とは興味のある話題について話が盛り上がっただけだ、と言おうとしたが、べろりと唾液で濡れた唇を舐められた。


「んっ…!」


しかもそれだけじゃなく、やんわりと下唇を吸いつくように甘噛みされる。甘やかなリップノイズが二人の間に響き、名前は自分の頬が赤くなるのを感じた。神田の唇が離れるまで思わず息を止めていた名前は神田の顔がゆっくりと離れていくと同時にゆるゆると息を吐き出した。


「か、勘違い、だよ…。」

「あ?」

「勘違いって言ったのっ。か、彼はそういうのじゃなくて…。専門的な話ができる人がいなくて、寂しかったのよ…。でも、私は彼の専門分野に興味あったし、おもしろかったから、話に付き合ってたの。そしたら、楽しい時間をありがとうって、お礼にぬいぐるみもらっただけ…。」


ただそれだけ。彼とはいい友人よ。と言ってのけた名前に、神田は珍しくも目を大きくさせた。


「お前……、」

「…?」

「…案外残酷なのな。」

「は、はぁ…?な、何が…」

「そーゆーとこだよ。」

「っ、痛、」


がぶり、と鼻を噛まれた。少し尖った犬歯で噛まれた鼻を名前は両手で押さえ、先程から訳のわからぬ勘違いをしている神田をじっとりと見上げる。神田の目からは怒りの色は消えていたが、何故か代わりに憐れむような目に変わっていた。


「なによ…」

「いや、お前が鈍くて良かったと思ってた。」

「鈍い…?どこがよ。」

「…いや、そういうところも問題だな。鈍すぎるのも、逆に危ない気がしてきた。」

「さっきから何言ってるの?」


自分のわからない言葉で悪口を言われていると名前はムッとした表情を神田に向けたが、神田は構い無しに名前のこめかみに唇を落とした。


(も、もう…、悪口言われてるのか、甘えられてるのか、わかんない…っ)


するりと耳横に神田の顔が埋まり、耳元で神田の深い吐息がかかった。


「んっ…、」


もったいぶったような溜息を吐かれ、神田のせいでめっきり耳が弱点になってしまった名前はぶるりと小さな体を震わせた。そんな名前に神田は「ああ、悪い」とあっさり返し、そのまま名前の首筋に顔を埋めた。肌に、神田の唇が掠めるだけで心臓がばくばくと高鳴ってきた。


「ゆ、ユウ…?どう、したの…?」


神田の頭裏をおずおずと撫で、彼の黒髪に指を絡ませていると、神田の顔がゆっくりと持ち上がる。その目は、もう『それ』をする時の神田の目で、名前はこれから始まる行為に下腹部がきゅうっと切なくなるのを感じた。


「もう、あの図書室には行くな。」

「…や、やだ。いく。」

「だめ。」


大きな手で、今度は神田が名前の頭を撫で、それを合図に唇が重なった。
優しく、しかし押し付けられるように口付けされる。まるで幼子をやんわりと叱る親のような優しい口付けに、思わず鼻から声が抜ける。


「ふ、…ん」

「少しは自覚しろ。お前も、男共に見られてるってな。」

「そんなワケ…っ、んん、」


触れるだけだった口付けが、何度も重なるうちにどんどんと長く深いものになっていく。息が少し間に合わなくなってきた頃、少しだけ開いた唇の隙間をぬって神田の舌が入ってくる。神田の舌は少しざらざらとしていて、唇に少しでも触れるだけですぐにその存在がわかる。その少しだけざらりとした舌で口内を探られると名前は体の奥底からぞくぞくしたものがわき上がり、抗う力を奪われてしまう(抗えたとしても押し込まれてしまうのだけど)。
とんだ、勘違いだ、と神田の口付けに翻弄されながら名前は思った。自分がリナリーのように見られているわけがない、と。片割れであるリナリーは可愛くて朗らかで誰にでも優しい、とてもいい子だ。代わって名前は(認めたくはないが)チビに見えるし目は兄に似て少し釣っていて勝気だし(コムイの目が気に喰わないわけじゃ、まったくない。女の子として釣り目なのは少しどうなのかというところだ)、喧嘩っ早いので色気も可愛さもまったく持ち合わせていない。そういえば、今日ぬいぐるみをくれた彼はテディベアを「貴女と似ていたから」なんて言っていたが、名前はあんな可愛いテディベアが自分と似ているなんて微塵も思わない。


「…お前、別のこと考えてるだろ。」

「え…っ、あ、待っ…、」


神田の口付けを受け止めながらぼんやりとしていると、神田の大きな手が服の上から名前の胸をゆったりと揉んだ。


「か、考えて、ない…、」

「嘘付け。」


布の上、ましてやその下には下着もつけているというのに、神田の指は名前の乳首をピンポイントであてて押し付けてくる。ぐにゃりと神田の手により形を変える自分の胸に名前は「やっ、」と顔をそらすも、絶妙な力加減で胸を揉んでくる神田に頬の赤らみが隠せない。


「こっち、見ろ。」

「あ…っ、」


斜め留の旗袍の釦が一つ二つと外され、脇のファスナーもあっという間に下げられる。そこから露わになった白い肌、下着の下に神田は手を這わせ、直にゆったりと触れてきた。


「んっ、」


神田の指が名前のつんとたった場所に触れると彼女の体はぴくんと反応してしまう。ただ掠っただけのなのに、それだけなのに、と唇をかみしめる名前に、神田は追い打ちをかける。


「俺から、目、はなすな。」

「え……?」

「俺が、何してるのか、ちゃんと見とけ。」


…見とけって何を…、と怖くなる前に神田は下着をずらし、名前のぷっくりと立った乳首に舌を這わせた。べろりと舐めたと思ったら、次ははくりと食べられ、次は舌先を尖らせちろちろといたぶられる。


「あっ…、やだ、やめて…っ、ん、ぁ、」


自分の厭らしく尖ったそこを見せつけるようにして愛撫する神田にどういうつもりなのだと弱々しく彼の肩を押し返すも、ふと合った彼の目と目に舐められる感覚は更に強まるばかりだった。じゅう、と音をたて吸われ、なんて恥ずかしい音だと細い腕を交差して顔を隠すも、すぐに腕を取られてしまう。


「誰が、何してる。」

「ふぁ…、え…、」

「今、誰が、何してる?」

「んあっ、」


べろり。神田のざらついた舌が名前のてっぺんを舐める。


「あ…、や、やぁ…、」

「言わないと、ずっとコレだぞ。」


きゅっと指と指で摘ままれる。「やぁんっ、」なんてもっとはしたない声が出て名前の顔は羞恥でさらに赤くなる。恥ずかしくて、泣いてしまいそうだ。


「名前、」


指先で、くるくるとそこを転がされ、じっと神田に見下ろされる感覚に得も言われぬぞくぞくが止まらない。このままでは、これだけで達してしまいそうだ。それは、それだけはやめてほしい。ただでさえ、神田と体を重ねるたびに体が作り変えられたように敏感になっていってはしたなく思っているのに、それだけで達してしまうなんて。さすがの神田もあきれてしまうに違いない。名前は息も途切れ途切れに、薄い唇を震わせる。


「…ぁ……、ゆ、ゆうの、指が、胸、を、さ、さわってる……、」


恥ずかしさで死んでしまいそうだと思った。


「……誰の胸を?」

「わ、わたし……、」

「どんな風に…?」

「んっ、…そ、そんなの、い、言え…やっ、」

「名前、」

「あっ…、いう、いう、からぁ…、ぁ…、………く、くりくりって…、」

「もう一度。誰が、どうしてる?」


今日の神田は、特別意地悪だ。どうしてこんなことを言わせるのか。どうしてそんなことをさせるのか。こんな事をして何になるのか。こんな事させるまで、自分が何をしたというのだ。


「…ゆ、ゆうの、指が、わ、私の胸……ひゃんっ…ぁ、…ち、乳首…、くりくり、して、る………」


逃げるように顔をそらせば、それを追うように神田のキスが降ってきた。ちゅ、ちゅ、とこめかみ、頬、口の横に振ってくるキスが、よく言えましたのご褒美だとばかりに優しくて名前は「やぁぁ…、」と愚図るような声をあげた。
…ちなみに、名前が言っても言わなくても、神田にとって美味しい状況だったのは間違いなかった。
そして旗袍を脱がされながら、反対側の乳房も先程と同じように可愛がれ、名前はどっちにしろ変わらないじゃないか!と叫びたくなったが、それは神田の押し付けてくるような下腹部の固さに飲み込まれてしまった。


「あっ…!」

「…どうした?」

「………う…ううん、な、なんでも…ない…です…」


細い足が触れた神田の下腹部は熱く、固く膨らんでいたのがわかってしまったのが恥ずかしい。気にしないように違うところに目を泳がせる名前だが、そんな名前を見て察した神田がわざとらしく名前の腰にそれを押し付けてきた。


「うっ…ぁ…、」


散々可愛がられた名前の体はそれでさえもぴくんと跳ねてしまう。こ、これでは完全に勘付かれた…!と神田を見上げると、目の前の神田はにたりと意地悪そうな笑みを浮かべていた。


「やっ、ちょっ…っ、(な、なに、その、かお…!)」

「へぇ…、随分とやらしくなったもんだな。」

「っ、」


神田に言われた言葉が、がつんと脳内をぶち抜く。
薄々なんて言わない。手に取るように自分の体が敏感に、いやらしく変わっていっていることはわかっていた。自覚していた。でも、すぐそんな風になってしまうなんていらしい女でしかない。みっともない。恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!そう思うと、じわりと目が熱くなり、潤み、名前の瞳からぽろぽろと涙が零れ出てきた。


「なっ、」


溢れ出る名前の涙に神田はぎょっとし、思わず身を離す。


「ど、どうした…っ」


慌てる神田の声を聞きつつも、名前は泣きじゃくり、小さな手で涙を拭っていく。


「ご、ごめ、なさ…っ、だって、と、止められ、なくて、い、いつも、やらし、こと、考えてるわけ、じゃ…、ない、の…、でも、ユウに、だ、だかれると、か、体、おかしくて、なってって…、わたし、はずかしい…、ごめん、なさい…っ、」


ごめんなさい、とめそめそ泣き出す名前に、神田は身を起こし、片手で顔を覆って深く重たい溜息を吐いた。それはもう、地球の反対側まで届きそうな溜息を。


(………やべぇ……。悶え死ぬ……。)


何も知らない純粋培養で育ってきた名前にイロイロ教え込んだのは紛れもない自分だ。神田こそ、名前の体の変化に気付いてないわけじゃなく、むしろ"そうなるように"仕込んだのは神田である。それが純粋培養の名前にとって恥ずかしく、みっともないと感じているのも気付いていた。しかしそれが神田にとって良かったのだ。恥ずかしがりながらも徐々に快感を受け入れていく名前の姿はひどくそそられるものがあり、無垢なのに艶めかしく、何度も何度も自分で塗り重ねて自分色に染めたくなるのだ。


「名前、」


名前の細い手首を掴んで優しく抱き起し、細い体をすっぽりと抱き締めた。名前の泣きじゃくる声が収まるまで小さな頭をぽんぽんと撫で、しゃくりあがる肩が落ち着いたのを見計らい、こつりと額を合わせた。びくりと震えた名前に小さくキスをし、濡れた目尻にもキスをした。


「謝んなくていい。」

「だ、だって…、」

「いい。悪いのは、俺の方だ。」

「……ユウ……?」


すん、と鼻を鳴らした名前の頬に、遅れた涙が一筋流れ、それを神田は拭った。


「俺は、恥ずかしいお前の姿がもっと見たい。」

「…っ!?」

「俺だけが知ってるお前が欲しい。」

「えっ、な、なに、いって…!」

「他の野郎が知らないようなお前を知って、お前を独占したいんだよ。」


言って、少し神田の頬が赤くなる。
つられて、名前の頬も赤く染まった。


「だから、もっといやらしくなっていい。」


むしろ、なれ。となかば投げやりに神田に言われ、名前はほっとしていいような恥ずかしがっていいような、はたまた怒っていいような複雑な表情を浮かべた。少し視線を落とし、そこにあった神田の大きな手に触れると、神田の指がしゅるりと絡みついた。


「い、いやじゃ、ない…?」

「全然。」

「ほんとう…?」

「本当。」


嫌わない?と言い掛けた言葉を、名前が飲み込むのを神田は感じた。
元来名前はひどく卑屈だ。エクソシストとして低いシンクロ率で過ごしてきたせいかもしれない。自分への自信が決定的に足りない。負けん気が強いのも、裏を返せば自分を認めてもらいたいからだ。………おかげで、自分に向けられる好意にはまったく気付けないし、向けられても受け止めきれてないし、逆に怯んでしまうしで。


(もっと、甘やかしてやりてぇな…。)


と神田は日々思っているのである。
蜂蜜みたいにとろとろになるまで甘やかして、笑わせて、元気にさせて、名前からもっと甘えてくるようにさせて、兄や片割れよりも自分にしか甘えられないようにして、もう自分のことしか考えられないようにして、自分だけがその存在を知らないようにもして、閉じ込めてやりたい。
……話が逸れた。
つまり、名前がどんなに恥ずかしくいらしい体になったとしても、それは神田だけしか知りえないことなのだから何も問題はない。ということだ。


「もっと、乱れてみるか?」

「……っ、」


囁くと、名前が目に見えて緊張し始める。
そろりと見上げられる視線は、期待なのか恐怖なのか興味なのか区別がつかない。


「じゃぁ、ゆっくり、な。」


再度、行為は始まる。
名前の細い腰からスカートを脱がし、オーバーニーを脱がしながら足にキスを落とす。オーバーニーを脱ぐくらい自分で、と言い掛けた名前に、楽しみを奪うなと口付けた。真っ白い足先に口付け、足の甲、足首、ふくらはぎ、膝の裏、内腿。薄いショーツ一枚を壊れ物か何かを扱うように丁寧に脱がし、固く閉じた足を開かせる。


「あっ、待っ…、」


名前の制止も聞かず、そこに指をあてた。花弁を割ると、溢れるように蜜が出てきて、「あ、やだ…っ」と名前が小さく悲鳴をあげた。


「…よく濡れてる。」

「やっ…、はずかしいから…、いわないで……。」


なら、尚更言いたくなる。恥じらう名前の足を割り、閉じさせないよう体を入れる。濡れそぼったそこに指を這わせながら、「目、離すなよ」と言って名前のそこに舌を這わせた。


「あっ、や、だめ………っんんっ、ぁ、ああっ…!」


名前の声が一際高く上がった。小さな肉粒にすいつくと名前の腰が逃げるように後ずさる。もちろん、逃がさないように両足を掴む。


「あっ、だめ、そ、そこ、き、汚…っ、おねがい、ユウ…!」

「駄目じゃねぇし、汚くもないからその願いは聞かん。」


むしろ、むせ返るような甘い香りは麻薬のようで、自分がすればするほど名前がよがるなら気絶するまでしてやりたい。溢れ出る蜜を拭い舐めつくしながら、指で隘路の入口を優しくほぐす。


「はっ…、ゆう、おねがい…っ、あぁっ、んん、」


こんなにも哀願されているのに、一切、まったく、これっぽっちも、聞く気になれないのは名前のせいだというのに、気付けない彼女が可哀想でもある。ゆえにもっと可愛がってやりたい。ぐずぐずに溶けるまで、抗う気力も奪うくらいに。何度も何度も自分が犯した名前の秘所は変わらず慎ましやかだ。それなのに美味しそうな蜜がとろりと神田を誘う。じゅ、と花芯と蜜を一緒に啜ると名前がびくんっ、と大きく跳ねて達した。
はぁはぁ、と涙目にぐったりと倒れ込む名前の体をゆったりと撫でる。線の細い腰のラインを撫でるとびくびくと体が波打った。とろりとした目で見詰められ、神田の喉が上下する。まだ、もう少し。と神田は名前の秘所に再度指を伸ばした。


「あ…っ、も、そ、そこ、や、やぁ…っ」


ここが嫌だと言われても、最終的にはここに挿れたいのだがら無理を言うな。と神田はゆっくりと指を中に沈めた。


「あぁ…んっ、ぁ、」


ゆっくりと埋まっていく自分の指は名前の温かい中に包まれる。少し指を動かすだけでくちゅりと音が鳴り、名前も鳴いた。名前の呼吸に合わせて本数を増やして指を抜き差しすると、せがまれているように指が締め付けられる。それなのに当の本人は蕩けそうな顔をしといて「やだ」とか「見ないで」と言うものだから親指で花芯をいじめてしまうくらい許して欲しい。


「あっ…や、んっ、だ、だめ、ぇ…んっ、んんっ、」

「…可愛い…。」


名前の華奢な手が神田の腕を掴み、弱々しく「もう駄目」と首を振られると思わず「可愛い」なんて言葉が出てしまいそうになる(出ている)。
十分すぎるほど潤ったそこからゆっくりと指を抜くと、名前から「あっ……」と切なげな声があがる。まるで指を抜かれたことに物足りなさを訴えるような甘い声に名前は恥ずかしそうに神田から目をそらした。彼女のいじらしい姿に神田は手早く衣服を脱ぎ捨てた。汗ばんだ体に自分の髪の毛が張り付く。煩わしく肩にかかる髪を背中に投げると、くすりと笑った名前が神田の前髪をかき分けた。


「ゆう、汗いっぱい…かわいい…。」

「お前の可愛い基準がわかんね。」


細い指を取って口付ける。そのまま指先、手首、腕を通って名前へと深い口付けを交わす。何度も重なる唇から名前全身の柔らかさが伝わり、全身が名前を欲しがっているように熱くなった。ちゅ、と短く口付けると、ちゅ、と名前からのキスが返ってくる。小鳥に啄まれているようなくすぐったいキスに小さく笑うと、悪い方に捉えたのか、むっとした表情の名前から何度も何度も口付けられ、その愛らしいキスの雨に神田は「擽ってぇよ」と笑い、彼女へと重くのしかかった。
彼女の細い足を割り、既に破裂してしまいそうな程固く尖った先を彼女に突きつけると、「あ、」とか弱い声が漏れる。恥ずかしそうに名前がこちらを見上げたかと思えば、突きつけたそれに、名前の細い指が重なる。


「あ…わ、わたし、は、ゆうに、し、しなくて…いい…の…?」

「…………………、」


最後の方は、恥ずかしすぎて目を外したのだろう、目をそらしながら名前はそう言った。ぎゅうっと強く瞑って顔を赤くする名前に神田は本日二度目の悶え死ぬ感覚を味わう。神田の頭の中の色んな細い線を、こうも容易く、ぶちぶちと、彼女は千切っていく。千切れていく線をなんとか繋ぎ止め、神田は名前の中に先端を埋めた。


「今日はいい。今は、…早くお前ん中入りたい。」


最後は名前の耳元で囁き、はっと名前が息を呑んだのを感じて一気に腰を進めた。


「あっ、あぁぁっ…!」


彼女が耳と、自分が出す低い声に弱いと知っての行為だ。一瞬だけ無防備になった名前に楔を差し込むと中はきゅうきゅうと神田を締め付け、気を抜くと神田でさえも無防備な声を上げてしまいそうになる。名前は急に押し込んできた神田を涙目で睨んでいたが、ただ可愛いだけで全然怖くない。折り重なるように神田と名前の腰がぴったりと合わさり、奥まで届いたのを知らしめるようにぐっと腰を強く入れると睨んでいた名前が白い喉をあらわにする。


「あっ、んっ、…!」


自分の腕の中でびくびくと震える名前を見下ろすのが、神田は好きだった。挿入時の気持ちよさよりも、自分の腕の中で快感に打ち震えている名前を見ている方がずっと興奮する。いつもの勝気な表情なんてどこにもない、弱々しい名前がそこにいる。自分だけに弱いところを全部曝け出す名前が、すぐそこにいる(詳しくは神田が暴いた、のだが)。愉悦に浸る。彼女のこんな姿を、表情を、声を感じることができるのは自分だけなのだと。ゆえに、誰にも渡したくないと強い独占欲が沸きあがる。彼女の目線を、表情を、声を与えられていいのは自分だけなのだ。ぽっと脇から出てきた名前も知らない男などにくれてやるものか。


「名前、ここに入ってんのは、誰だ。」

「な、に……んぁっ…!」

「誰だ。」


ごりっ、と奥で鳴るように深く、深く抉る。


「やぁぁ…っ、ゆ、ゆう…っ、ゆう、」


訳もわからず神田の名前を言った名前に、彼はうっすらと笑みを浮かべた。


(…俺のモンだっつーの。)


髪の毛一本もくれてやるか。
浮かぶのは、冴えない男がただ可愛いだけのテディベアで名前の気を引く姿。その男が何を思ってぬいぐるみを手渡しているのか、名前は1ミリも理解できずに受け取ろうとしていた(半分受け取ってはいたが)。ぬいぐるみの毛色はその男の髪の色、瞳は名前の色。少し考えれば誰でもわかるだろうその好意を彼女は気付くことができない。何故なら、彼女は他人から好意を向けられるわけがない、と固く戸を閉じているからだ。そんな固い扉にかこつけて、彼女の感情を独り占めしているのが、この神田という男。


「…ぁンッ、やっ、そ、それ、やぁ…!」


ぐっ、ぐっ、と何度も奥を抉ると名前は弱々しく首を振るが、そんな姿はただ神田を煽るだけで何の意味ももたない。


「嫌じゃねぇだろ。こんな顔しといて。」

「んんっ、ぁ、あぁぁっ…!」


ぐううう、と腰を押し付け、奥の奥まで先を埋める。神田の下でか細く震える名前の頬を、唇を撫でると、焦点が定まっているのか怪しい、とろりとした目で見詰められる。ぼんやりと神田を映しながらも、「ゆう…」と甘えた声を出す名前を前に加虐心を煽られない男など居ないだろう(見せる気なんて死んでもないが)。覆いかぶさるよに名前にキスをし、彼女の背中に腕を回し、繋がったまま体を起こした。


「あっ…ん、んんっ、…ぁ、」


すると名前自身の重み(といってもたかが知れているが)で神田のものが再び奥深くに埋る。キスの間から漏れる切ない声が彼女を追い込んでいる証だ。


「…ぁっ、…は、ぁ…、ん、こ、これ…、」


ふ、かい、と神田の耳元で囁いた名前の首筋に顔を埋め、ゆるゆると彼女の細い腰を揺さぶる。優しく揺すると、名前は柔らかな胸を揺らし、甘い声を漏らす。


「あっ…、ぁっ…、ん、ゆう、…ゆう、」


甘えた声で名を呼ばれると、目の前には悩ましい表情を浮かべた名前が居て、神田は思わず誘われるように彼女に口付ける。細い腕が神田の頭を抱き、小さなふっくらとした唇が懸命に神田の口付けに応え、ちゅ、ちゅ、と二人の間に可愛い音が響く。


「んっ、んんっ、ぁ、」

「ばか…、(可愛い、すぎる…)」


キスをしながらも名前の華奢な体を揺さぶり、彼女の中を味わう。温かくて、狭くて、柔らかくて、一度知ってしまったらもう忘れることができないキモチノイイ場所。それは名前も同じらしく、口には出さないが、声が表情が目が、たまらなく気持ちいいと言っている。


「……あっ…、ん、んっ、ぁっ、…!」


薄い唇から漏れる声が、切羽詰まったようにどんどんと高くなっていく。とろりとした目は長い睫毛で伏せられ、彼女がこの体勢での限界を迎えようとしているのがわかった。今一度彼女の体を揺さぶってやり、目の前で達しそうな名前を見詰める。


「…イクか?」

「んっ、ん、」


こくりと素直に小さく頷いた名前にそっと微笑み、神田は名前の腰を掴んで腰の動きを大きくさせた。小さな体に自分の楔が何度も打ち込まれる様子はひどく痛く見えてぞっとするほど気持ちがいい。まるで、彼女に自分を刻み込んでいるようで。


「あっ…、ふ、ふか、いっ…あっ…!」

「…ハッ、奥まで、俺の形覚えとけ。」

「…やぁ…っ、んっ、ぁっ、ゆう、…も、もう…い、いっちゃ…っ」

「ああ、もっとお前の気持ちいい顔、見せろ。」

「やっ、はずかっ…ぁっ、み、ない、でぇ…っ」

「ほら、」

「ーーッ!」


ずん、と深く名前の中を突いたと同時に、たぷたぷと揺れていた白い乳房をくにゅりと揉むと、名前はびくっと体を大きく震わせて達した。


「………ぁ、…はぁ…、」


息と一緒に達した声を呑んだ名前の息遣いでさえ、甘く聞こえる。神田の腕の中でひくん、ひくん、と小さく震える名前を優しく抱きしめながら、神田は名前をベッドへと寝かせた。達したあとの蕩けた表情の名前をいとおしげに撫でながら、再度挿入は始まる。


「もっと、もっと見せろ。」


―俺だけのお前。
聞こえているのか、それとも無自覚なのかわからないとろりとした顔の名前が神田をきゅうっと切なく締め付けた。








***


黒の教団図書室の一隅で、一人の青年に一人の少女が頭を下げていた。


「この間は、ごめんなさい。」


話の途中で…。と謝った名前にあの青年は首が取れるんじゃないかと思うほど横に振った。


「い、いや、いいんです!いいんです!」

「せっかく、ぬいぐるみを頂いたんですけど…、」

「だ、大丈夫!大丈夫ですっ。あの、…ぼ、僕は、貴女とまたこうして話してもらえるだけで……」

「―時間切れ。」


もじもじと指を絡ませた青年と、どんどんと声が小さくなっていく青年に小首を傾げた名前の前にずいっと黒い影が割って入る。


「ユウ…!」

「三分経った。時間切れだ。行くぞ。」

「えっ、嘘!絶対三分経ってない!」

「経った。俺ん中で経った。」

「…俺様…!!わっ、ちょ、」


先日とまったく同じように神田が二人の間に現れ、二人の話もそぞろに名前が神田によって連れ去らわれていく。ただあの日と違うのは、名前が神田に引きずられながらも、ちゃんとその後ろを追い掛けようとしているところだ。神田に手を引っ張られ図書室を出ていく名前は「またお話しましょうね!」と手を振っていたが間髪あけずに神田が「無い。そんな時間はない。」と被せていた。そんな二人をぽかんと眺めた青年は、くすりと苦笑を浮かべた。


「やっぱり、『そう』だよなぁ。」




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